ソレスタルビーイング。
四年前、突如として世界に変革を齎そうとし、世界から敵とみなされた彼らは。
ゆっくりと、だが確実に、新たなる一歩を踏み出し始めた。



「お前さん、ミス・スメラギを迎えに行くって本当か?」
食事を終えた刹那に、イアンの問いが届く。テーブルを挟み向かい合わせで座る男の表情には、戸惑いが浮かんでいた。
「ああ、本当だ。スメラギ・李・ノリエガを迎えに行く」
迷いなく言う刹那に、イアンの小さな溜息が漏れる。
「・・・確かに今のソレスタルビーイングには、戦術予報士もいなければヴェーダもない。ガンダムだけで、どこまで戦えるのか分からんが・・・。ミス・スメラギはソレスタルビーイングから離れた。離れたかったんだろうさ。それを連れ戻すってのもな。今のまま、俺たちから離れたままでもいいんじゃないのか?」
刹那の気持ちを確かめるように、イアンの唇が動く。夕食には遅い時間ということもあり、食堂には彼らしかいない。二人だけの会話は、静かに続く。
「・・・余年前、俺たちが世界に対して始めた戦いは、結局、連邦政府に新たな独立部隊を作る口実になってしまったのかもしれない。俺たちが更に世界を歪ませてしまったとしたら、やるべきことは一つだ。始まりが俺たちなら、終わりにするのも俺たちの―――四年前の戦いで生き残った者の役目だ」
揺るぎのない刹那の瞳が、だからお前もここにいるのだろう、とイアンを見つめる。重なる視線。先に逸らしたのはイアンだ。
「生き残った者の役目か・・・。そうだな。俺もそう思う。だから俺はソレスタルビーイングで、ガンダム造っているんだ。四年前から今日まで、世界は変わろうともしなかった。ロックオンやクリス、リヒティが逝っちまったのに、変わりもしない世界は悔しいなんてもんじゃない。それは、ミス・スメラギも同じなんだよ。ただ彼女の場合は、お前さんらの命を預かるようなもんだ。精神的なキツさもあっただろうな」
「精神面を言うなら、誰か一人が特別に辛いわけじゃない。スメラギ・李・ノリエガがソレスタルビーイングにいないということは、世界を諦めたからだ。変わらない世界から逃げている。違うか?」
断定するような刹那に、イアンは息を呑む。それは違う、と否定をしたくても喉の奥で止まってしまった。きっと刹那の言うとおりなのだ。スメラギは世界を諦め、イオリア・シュヘンゲルグの理念も、現実とは遠く離れてしまっていると思ったのだ。ソレスタルビーイングから去った彼女を責める気持ちを、イアンは持っていない。紛争根絶を掲げていても、どれだけ苦しみと哀しみの中にいる人たちのことを想っても、一方通行の叫びで終わってしまった。連邦の独立治安維持部隊「アロウズ」がいい例だ。治安維持の名目での弾圧は、決して表に出ることはない。
意識の違う者は排除する。異議を唱える者も排除する。
これが世界の流れだ。
諦めたくもなる。
実際、スメラギは世界を変えることは無理だと思ったのだろう。無理なのに、仲間の命を預かるのは怖いと―――。
イアンは、世界が変わらなくても、もう少し足掻いてみようと決めた。ソレスタルビーイングは、解散をしたわけではない。組織として、機能している。ガンダムを再度造り上げるための、設備もある。ソレスタルビーイングをバックアップする、エージェントもいる。
イアンとスメラギの差は、諦めたか、諦め切れなかったかの、ほんの小さな溝だ。
そして、もう一つ。
イアンは無機質な天井を仰ぐ。四年前とは比べることさえ難しいほど、鋭さを削ぎ落とし、柔らかな表情を浮かべるようになった少年のことを考える。
今は自分の足で、ちゃんと立っている。未来を、見つめている。
が、それほど遠くない過去は、ぼんやりと虚ろな色の日々の中にいたのだ。少年は、沢山の涙を流した。イアンは、その涙を知っている。もちろん、スメラギも見ている。
彼女は、少年のあまりにも悲痛な悲鳴を何度も聞いているから、ここから去ったのだ。心を壊してしまいそうなほど、少年は泣いたのだから。
「お前さんの言うように、ミス・スメラギは諦めたんだろうさ。俺だって、イオリアの計画もソレスタルビーイングの存在も、意味がないと思った。だから彼女を責めたりせん。それにな、諦めたっていうのは半分は正しいんだろうよ。けど、半分は違う。残り半分は―――」

―――ティエリアを見ているからだ

何かをやり過ごすように、イアンは大きく息を吐き出す。ほんの一瞬滲んだ、遣り切れないと言わんばかりの色を、刹那は感じ取っていた。
大切な仲間を失った、あの戦いから四年。刹那の知らない空白の四年が、ここにある。イアンの表情は、スメラギがソレスタルビーイングから去った理由の半分を、物語っているようだ。
ティエリア・アーデ。
自分のことを、生きていると信じていてくれた少年。まだ見つからないアレルヤのことも、生きていると信じている少年。
ロックオン、否、ニール・ディランディを想い続けている少年。
やはり刹那は知るべきなのだ。この四年間の、彼のことを。
「・・・ティエリアに、何があった?」
「それは・・・」
「俺は四年分のティエリアを知らない。だから教えてくれ。俺は、ティエリアのことが知りたい」
本人に問うてみても、正直に話してくれるとは到底思えない。スメラギがここにいない半分の理由がティエリアだというのなら、刹那にはそれを知る権利があるはず。そして、知っていることが、きっと彼を支える力にもなる。
イアンも、一人で必死に立っている少年を支えられるのは、眼の前の男だと思っている。
互いの瞳をぶつけ合い、イアンが過去を語り始めた。



―――ティエリアは、沢山泣いたんだ。泣いて泣いて、泣いてな・・・。誰も何も言えやしなかった。

イアンが語ったティエリアの四年間。それはソレスタルビーイングの四年間でもある。知らなかった事実は、刹那にどうしようもない苦しさを与えた。哀しいよりも苦しいだ。
イアンと食堂で別れてから、刹那の足は目的地を定めることなく、トレミー内を漂っていた。否、意識はしていなくても、ティエリアを捜していたのかもしれない。気付けば休憩室や展望室、居住スペースへと体を向け、結局空振りで終わっている。
何故だか、ティエリアを抱き締めたいと思った。無言で飛びつくように抱き締めたら、ティエリアの機嫌が悪くなるかもしれないが、その温もりを確かめたかった。
見つからない姿を捜していると、いつの間にかガンダムの並ぶ格納庫に来ていた。トレミーの限られた空間を最大限に生かしたこの場所は、忙しなく動くハロの兄弟や人の気配がしなければ、実に静かだ。刹那は格納庫へと、一歩を踏み出した。小さく響く足音は、深い緑色をした機体の前で止まった。
デュナメスの後継機であるケルディムガンダムのマイスターは、まだいない。
が―――。
刹那はケルディムを見上げる。
ソレスタルビーイングから去ったスメラギを迎えに行くと同時に、彼にはもう一つの目的がある。仲間たちはきっと知らない、刹那だけが知るであろう事実を胸に秘め、地上へ降りる。
刹那がこれからやろうとしていることをティエリアに伝えたら、彼はどんな顔をするだろう。
止めさせるだろうか。それとも、一緒に行くと言うであろうか。
いずれにしろ、刹那の心は決まっている。あとは相手次第だ。
―――ケルディムのガンダムマイスターになるべき男
刹那はその男をスメラギと共に、連れて来ようとしている。仲間たちには伝えずに、刹那の判断で行うことだ。答えは相手に任せればいい。しかし、拒否をされるとは思っていない。何故なら、相手も世界を変えたいと願っているからだ。反政府組織、カタロンに身を置く男。
が、ティエリアのことを考えると、彼にどんな影響を与えてしまうのか分からないから、不安になる。

―――四年前のあの戦いで、ティエリアはナドレから太陽炉を切り離したんだ。覚悟ってのを決めたんだろう。秘密保持のためってヤツだ。でもな、そんなことより生きることを、もっと考えるべきじゃねぇか。死なせやしない、死なせなくない。そう願いながら、俺たちはティエリアを見つけた。

あの戦いで、刹那自身もう駄目なのだと、自分たちが選んだ道はここで終わるのだと、ぼんやりとした意識の中でそう思っていた。けれど、命の灯火は消えなかった。まだ自分にはやるべきことがある。だから生きている。実際、何も変わらない世界を見てしまえば、再び挑戦者としての熱い塊が体の奥深くで芽生えたのだ。
でもこれは、刹那の強い心だ。ティエリアのそれとは違う。
ティエリアは、今でこそ刹那と同じ眼線で立っているが、イアンの話しを聞いてしまった後では、危うさを感じずにはいられない。

(強がっていても、あいつは脆いからな)

懐かしい声を思い出す。本当にそうだ。その通りだ。その通りすぎて、怖い。
「彼」が教えてくれたティエリアの強がりは、今も続いている。
自然と不思議なほどに湧き上がる、感情がある。「彼」の代わりにはなれないし、なろうとも思わないが、自分なりの心を向けたい。ティエリアのために、自分のために。
刹那は物言わぬケルディムに言う。
「お前の主となる男は、きっとあいつを泣かせる。それでもお前のマイスターは、あの男だ。待っていろ、俺が連れて来る」
小さな呟きが、格納庫に溶け込んで行く。このコクピットに座るはずの男の顔を脳裏に浮かべていた刹那は、人の気配に視線を動かす。
紅い瞳が、そこにあった。
左手でノートパソコンを抱えている彼は、刹那の声に応えるように眼元を和らげたが直ぐに硬さを含んだ表情となる。二人の距離を縮めるため、彼は刹那に近づいた。
「こんなところで、どうしたんだ?」
ティエリアからの問いに、刹那は言葉を濁す。お前を捜していた、とは言えない。
「・・・別に、機体を見ていただけで・・・。それよりお前は?」
「僕はダブルオーのプログラムの確認だ」
左手で持つパソコンに瞳を移すティエリアに、刹那はそうかと頷く。肩を並べて立つ二人を、暫し沈黙が包む。格納庫内に伸びる通路の手すりに背を預けたティエリアは、少し眼を伏せて持っていたパソコンを両手で抱える。白い頬は、どことなく緊張をしているように見えた。巨大な格納庫の中で、静けさだけが二人に纏わり付く。先に口を開いたのはティエリアだ。
「・・・スメラギ・李・ノリエガは、もどって来るだろうか・・・」
俯いた彼から発せられた名前に、刹那の胸がトクンと鳴る。
彼は。
彼女がソレスタルビーイングから離れた理由の、半分かもしれない。
そのことを本人は知りようはずもないし、あくまで仮定の話しではあるのだが、真実味は大いになる。だからやはり、理由の半分は彼なのだ。
白い頬は下を向いたまま。
もしかしたら彼は、自分が原因で彼女がここから離れた、と感じているのだろうか。

―――眼に見える傷は、時が過ぎれば完治する。でもな、眼に見えない心の傷ってやつは、実に厄介だ。本人もどうしたらいいのか分からないし、周りも何をどうすればいいのか分かりはしない。ティエリアの体の傷が治るのに、約四ヶ月。問題は、そこから先だった。

少年の横顔に、イアンの声が重なる。

―――体の傷が治っても、ティエリアには生きる気力っていうのか、気持ちが見えなかった。一ヶ月ほど意識が戻らなくてな。ようやく眼を開いたと安心したら、あいつの見ている世界には、ロックオン・ストラトスしかいなかったよ。記憶障害とかじゃなくて、ロックオンがいない事実を受け止めるには、あいつは幼過ぎたんだ。乗り越えられない壁を前にして、あいつは自分と俺たちとの繋がりを切った。俺たちの声を聞かず、俺たちの手を拒む。それでもミス・スメラギは、一日の大半をあいつと過ごしていたんだ。

人は強い分だけ弱さもある。しかし、ティエリアは弱いというより、脆い。突然、精神面で不安定になる。
例えば、"ヴェーダ"を失った時のように。
ティエリアの脆さを誰よりも先に気付き、誰よりも心配をしていたのがロックオンだ。何かと声を掛け、慈しみの眼差しを向けていたことを、刹那は覚えている。

―――ミス・スメラギは母親のように、ティエリアを護っていた。ティエリアが泣けば抱き締めて、一緒に泣いて・・・。あれは彼女の・・・彼女なりの償いだったのかもしれんな。ロックオンやクリス、リヒティへの償いっていう意味もあったのかもしれん。せっかく助かった命なのに、生きていることが苦しいと泣くティエリアに、失わなければならなかった命の重さを、伝えたかったんだろう。ロックオンたちのことを胸に刻みつけて、想いを共有して俺たちは生きていく。あいつらのことを忘れたりしない。心はいつだって、一緒なんだよ。仲間なんだ。死んじまったら、はい終わりじゃねぇだろ。ミス・スメラギはティエリアの知らないロックオンの姿を、いろいろ話していた。ロックオンと酒を呑んだ時のこととか、地上での買い物とかな。ティエリアの眼がミス・スメラギを映すことはなかったが、彼女は淋しそうに笑いながら話していたんだ。

ティエリアにとってロックオンの存在が大きかったように、ロックオンにとってもそれは同じ。大切な仲間の一人ではなく、一番大切な人。そういう位置で、あなたを見ていた。
スメラギは、そう話したのだと言う。

―――ミス・スメラギの昔話を聞いていたティエリアが、ある日、ロックオンは自分のことが嫌いなんだと零してな。俺は彼女から聴いたことだから、その時のティエリアの様子っていうのは詳しく分からないんだが、随分取り乱したようだ。彼女が何故そう思うのか訊いたら、お前やアレルヤがいないのは、ロックオンが一緒に連れて行ってしまったからだと言い出したんだな。自分だけ残してってさ・・・。まったく極論にもならん。なんでそういう思考になるのか、あのティエリアがって驚きもしたし、哀しみもあったし戦いを憎んださ。ティエリアは、四年前の犠牲者の一人だ。お前やアレルヤが生きているのか、それとも最悪のことになっちまっているのか分からなかったのもあるが、ミス・スメラギは自分の話が呼び水となって、ティエリアを追い詰めたのかもしれないと悔やんでいた。決してそうじゃない、そんなことはないと言ったんだがな。ぼんやりと虚ろさを増すばかりのティエリアを、見ていられなくなったんだよ。ごめんなさい、と言い残して彼女は消えた。

それは、あの戦いの後、常にティエリアの傍にいた温もりが、消えた瞬間でもある。その日を境に、ティエリアの様子にほんの少し変化が現れた。ロックオンを求めるように、今まで傍にあった温もりを、おぼつかない足取りで捜す。泣きそうになりながらも涙は見せず、自ら切り離した世界へ再び手を伸ばした。
また置いて行かれたと思ったんだろう、とイアンは話していた。多分、そうなのだろう。いつでも包んでくれていた温もりを追い求めて、長い長い夢から現実世界に戻って来た。スメラギに置いて行かれたという意識は、ティエリアにはない。ただ、何かがいつもと違うとは感じたのだ。その違いを埋めたくて、止まっていたティエリアの世界が、ゆっくりと動き始めた。
ロックオンの死を、受け止めたわけではない。乗り越えたわけでもない。処理しきれない感情に蓋をして、彷徨い続けた夢から抜け出して来たのだ。危うさは、充分過ぎるほど残っている。
が―――。
ティエリアは、自分の足で立っている。立ち上がっている。刹那とティエリアの時間が、再び交差した証拠だ。
脆い心を支えたいと、強く想う。
四年間の時の流れを取り戻すべく、不安げな少年に刹那は言う。
「大丈夫だ。絶対に連れて来る」
「彼女が嫌だと言ったら・・・?無理矢理連れて来ても・・・」
「無理にでも、俺はスメラギ・李・ノリエガを連れて来る」
ティエリアの言葉を遮るように言えば、彼の戸惑いを滲ませた瞳が向けられる。しかし刹那には、不安も迷いも打ち砕くだけの"自分たちのやるべきこと"を見つけていた。
「世界は俺たちが望む形になっていない。四年前と何も変わっていない。ならば、あの戦いで生き残った俺たちがやるべきことは、もう一度世界を相手に戦うことだ。俺たちは生きている。スメラギ・李・ノリエガも生きている。生きているのなら、俺は四年前と同じ仲間で戦いたい」
「刹那・・・」
「俺たちは、ツインドライヴと同じだ。どちらかが欠けても駄目なように、俺たちの誰かが欠けても駄目なんだ。スメラギ・李・ノリエガは絶対に連れて来る。ここに来てから、改めて世界を見ても遅くはない。彼女は俺たちと戦ってくれる」
スメラギが抱いた諦めを変えるものが、ここにはあると刹那は信じている。何よりティエリアがいる。泣いてばかりの夢の日々から、危うさを残しても尚、抜け出した彼がいるのだ。スメラギは、きっと戦術予報士の顔になる。
「大丈夫だ。俺を信じて待っていろ」
力強く伝えれば、ティエリアがわかったと小さく笑った。
「アレルヤも、僕たちと一緒に戦いたいと、思っているだろうか」
「ああ、思っている。あいつは仲間を大切にする優しいやつだ」
「そうだな・・・」
ティエリアは背を預けていた手すりから離れると、体の向きを変える。見上げる期待のマイスターは、まだ決まってはいない。ティエリアの唇が、何かを言いげに微かに震えたが、音を伴いはしなかった。
ロックオン・ストラトス、いや、ニール・ディランディはもういないけれど、彼の意志を受け継いでくれるであろう男を、刹那は知っている。その事実を隠したまま、スメラギと共にここへ迎え入れようとしている。
四年前、ティエリアが心に負った傷の深さが、刹那の行動を怒るかもしれない。また泣かせてしまうかもしれない。だからといって、躊躇いはない。躊躇いのない分、刹那は謝りの言葉を口にした。
「すまない・・・」
「ん・・・?」
「すまない。先に謝っておく」
「刹那・・・?」
不思議そうに首を傾げるティエリアを、そっと抱き寄せる。
「刹那・・・。どうしたんだ?」
困惑した彼の声には応えず、大切な宝物のように優しく抱く。
ティエリアは、暗いくらい闇の底から這い上がり、ソレスタルビーイングの再建に奔走したのだ。刹那が世界中の現状を己の眼で見つめながら、自分に出来ること、やるべきことを再確認している時間を、ティエリアは宇宙で道標となるものをよすがとしながら。

―――すべては、ロックオンのために

それが唯一、少年を現実世界に繋ぎとめている想いだ。
刹那はその想いさえも包み込んで、二つの鼓動が重なり合うまで細い体を離さずにいた。ティエリアは何も言わず、四年前よりもずっと逞しくなった腕に、身を任せている。
この温もりは、刹那が決めたケルディムのマイスターを前にしたら、離れてしまうだろうか。もう、触れることも出来なくなってしまうだろうか。
否、そうではない。自分が掴まえればいいことだ。

―――なぁ、刹那。俺は怖いんだよ。あいつは・・・ティエリアは、ロックオンのために、ロックオンが望んだ世界を創るために必死だ。この戦いが、再び始まる戦いが、いつ終わるのか俺には分からん。でもな、その終わりが見えた時、終わったと感じた時、あいつはロックオンのところに逝っちまいそうだ。もう充分だって、勝手に自己満足して逝っちまいそうで、俺は怖いんだよ・・・。

刹那の胸に深く残る、イアンの不安。決して微かなものではなくて、確信のようにあるのかもしれない。四年間のティエリアを見ているから、より強く思うのだ。
でも、そんなことは絶対にさせない。本人が無意識に望んでいたとしても。
掴まえている。離したりはしない。護ってみせる。生きるためにだ。
そう、自分たちはツインドライヴと同じ。
スメラギもアレルヤも共にいるから、本来以上の力が出せる。生き残った者、全員が揃ってソレスタルビーイングと言えるのだ。
そして。
ケルディムのマイスターになるはずの男もまた、想いを共有して四つ翼の一つとなる。
最後まで、四つの翼を折らせはしない。
腕に抱く彼から離れたくなくて、何も言われないことを理由にして、もう少しだけこの温もりを体に刻み込む。
新しい仲間と戦術予報士を迎えに行くことは、間違いではないから。
刹那は、地上を目指す。