ソレスタルビーイングの新しい母艦に降り立った刹那を出迎えたのは、懐かしい四年前の仲間だった。



「まぁーったく、今まで何処で何をやっていたかは訊かねぇが、ちゃんと生きていてくれて嬉しいよ。またよろしくな」
もう二度と会えないのだと思っていた男から差し出された手に、刹那は自分のそれを重ね、強く握る。四年前、失われていなかった命が、刹那の前にある。
「俺も・・・ラッセと会えるなんて思わなかった」
「まぁな。俺だって、自分はあの世行き決定だと思ったさ。でも生き残れた。きっと、先に逝った奴らが生かしてくれたんだ。俺のことも、お前のことも」
「・・・そうだな」
今、ここに居ない仲間がいる。再会と共に知った彼らの死が、胸に痛みだけを残す。
「イアンは元気なのか?」
「おやっさんは相変わらずだ。すまねぇな、今コンテナから出られなくて、飯の時にゆっくり話すってよ。お前もめでたく二十歳過ぎたからな。これで酒盛り仲間が増えるってわけだ。そっちもよろしく頼むぞ、青年」
にっこりと笑うラッセに、刹那は何故だか眼の前が少しだけ霞を帯びた。
四年前のあの激しい戦闘を、昨日のように覚えている。眼の前の男の名を、何度も呼んだのに応えはなかったのだ。
また失ってしまうのか。
―――ロックオン・ストラトスのように
ラッセの操縦するGNアームズの爆発音は、紛れも無い事実だった。
あれから四年。
刹那は死の淵を彷徨いながらも、生き残った。そして、ラッセも。
再び会えた嬉しさが、体の奥深くから込み上げてくる。その熱を落ち着けるより早く、ラッセの体が動いた。
「じゃあ、フェルト。後は頼む。また飯の時な、刹那。おやっさんと俺とで、お前をとっちめてやるから、覚悟しとけよ」
踵を返すラッセは、ブリッジに戻るようだ。感動の再会ではあるのだが、その嬉しさはじわりじわりと体に染み渡って行くのだろう。刹那は共に残されたフェルトへと、視線を移した。
「・・・フォルト・グレイス。随分大人になったな」
「そういうあなたも。また一緒に戦ってくれますか?」
まっすぐな瞳に見つめられ、刹那は大きく頷いた。
「あぁ、もちろんだ」



コンテナへと続く通路での再会から、二人は場所を移していた。居住スペースにある一つの扉の前で、彼らは足を止める。
「ここが刹那のお部屋です。前のトレミーより、ちょっとだけ広いんですよ」
「そうか・・・。ありがとう。さっそく使わせてもらう」
あの頃と変わらないそっけなさではあっても、柔らかさが含まれている声音に、フェルトは時の流れを実感する。生きて再び会えるとは思ってもいなかった、嘗ての仲間。否、嘗てではなく、これからもずっと仲間であり続ける存在。嬉しさと同時に、失ってしまった大切な人たちの笑顔が、鮮明に思い出される。
沢山、泣いた。
泣いて泣いて、これから先のことなど何も考えられなかった日々。辛さと哀しさで、心が押し潰されてしまいそうだった。けれど、それはフェルトだけではなくて。
傷ついて悲鳴をあげた心が、どうしようもない暗闇から抜け出そうとするのに、四年という月日は短いのだろうか。それとも長いのだろうか。
この四年間、共にいた"彼"の姿を、フェルトは覚えている。
だからなのか、自然と唇が動いていた。
「・・・ティエリアが、刹那はきっと生きているって・・・」
見上げた刹那の瞳が、ほんの一瞬驚きの色を見せた。
「ティエリアが・・・?」
「そう、いつも言っていたの。きっと自分自身に言い聞かせていたところもあるだろうけれど、刹那もアレルヤもきっと生きているって。また会えるって。アレルヤのことは、まだ何も分からないけれど・・・」
「アレルヤ・・・」
不安の色を伴う刹那の呟きに、フェルトは眼を伏せる。
「クリスとリヒティは、トレミーの爆発と一緒に・・・。スメラギさんは、ソレスタルビーイングから離れてる。四年前のみんなが居ないのは凄く辛いけど、四年前から少しも変わらない世界を変えたいっていう気持ちはちゃんとある。だから私は、ここに居る。ラッセさんもイアンさんも同じ。ティエリアも・・・」
「ああ、俺も同じ想いだ」
「うん・・・。刹那も同じだよね。ティエリアは、その想いが強いと思うの。アレルヤのことも諦めていない。自分が生きているんだから、全体に生きているって信じてる。ティエリアね、凄く頑張ってるの。怖いくらいに頑張っている・・・」
両手を重ね胸に押し上げるフェルトは、ティエリアに何かを感じ取っているのだろうか。刹那の知らない、この四年間のティエリア・アーデ。
急ぎ足での再会。まだゆっくりと話しは出来ていない。
「・・・頑張っていても、時々凄く遠くを見てるの。心が何かに引っ張られてしまったみたいに、遠くを見てる。そんなティエリアに出会うと、私は何を話したらいいのか分からなくて、私まで胸が苦しくなるの」
「フェルト・・・」
「だから、刹那が生きていてくれて、また一緒に戦えることが、ティエリアは凄く心強いと思う。今までマイスターは、ティエリア一人だったから・・・。それに、刹那になら私には分からないティエリアのことが、分かると思うの。ティエリアもきっと、刹那になら話せることがあるんじゃないかと思う。だから、だからね・・・」

―――ティエリアを、ちゃんと掴まえていて

フェルトの願いが、仲間を想う素直な心が、刹那に届いた。



嘗てのトレミーと同じで、この新しい艦にも展望室があると知り、刹那の足は自然とそこへ向かった。部屋に用意されていた真新しい制服に腕を通すと、改めて気持ちが引き締まるのを感じた。
世界への戦いは、まだ終わらない。終わってはいない。
何故なら、世界は何も変わってはいないのだから。
展望室には、先客がいた。
四年前と何ら変わらない細い背中は、まるで刹那を待っていたようでもある。刹那は躊躇うことなく、彼の名前を呼んだ。
「ティエリア」
静かな空間に低音が響く。名前を呼ばれた少年がゆっくりと振り返り、刹那を暫し見つめた。
「・・・その服、意外と変ではないな」
ティエリアの口の端が上がる。小さな笑みを視界に収めながら、刹那は彼に近づいた。
「褒め言葉として受け取っておく」
「似合っているといった方が良かったか?」
「お前が素直にそれを言うとは思えない」
たわいないとも思える制服の話題から、二人の会話が始まる。きっとこのくらいがちょうどいい、会話の糸口なのだ。互いの生死さえ分からなかった四年分の想いは、簡単に伝えられるものではない。
「・・・ダブルオーガンダム、見たか?」
「ああ、ここに来る前に。あの機体にエクシアの太陽炉を、搭載するのか?」
「そう・・・。あのガンダムは、エクシアを待っていたんだ。良くエクシアも太陽炉も護ってくれた。君自身がいきていてくれたから、護ることが出来たことだ。ありがとう・・・」
ティエリアからの感謝の言が、刹那の胸に染み込んで来る。
記憶に鮮明に残るアレハンドロ・コーナーと、ユニオン軍パイロットとの戦い。刹那もエクシアも、あとは宇宙に漂いながら無に還るのだと、途切れる意識の中でそう思っていた。
けれど、刹那は生きた。生き抜いた。
太陽炉は、ガンダムの起動力そのものだ。それをソレスタルビーイング以外の者たちが手にすることのないよう、エクシアと共に世界を見ていた。エクシアの太陽炉は、新しい機体に受け継がれる。刹那がこの四年間、エクシアと共にいた証だ。
「・・・俺には、エクシアしかいなかったから」
たった一人で見続けた世界。しかし、世界は刹那の求める答えに、辿り着いてはいない。
「きっとエクシアも君を護っていた。そうでなければ、こうして再び会えることは出来なかった」
見上げていたばかりだった紅い瞳が、今は刹那の前にある。穏やかに、けれどどこか淋しそうな色が、浮かんでいる。刹那の知らない月日の中で、ティエリアが得た色だというのなら、それはとても哀しい。
「アレルヤ・ハプティズムのことは聞いた」
「そうか・・・」
ティエリアの視線が外される。少しだけ揺れた紅い瞳に、刹那は言った。
「でも、お前はアイツが生きていると、信じているんだろう。俺もアイツを信じる。俺たちが生きているんだ。アイツも生きている。そうだろう?」
「刹那・・・」
「フェルトから聞いた。お前が信じてくれたから、俺はまたここに帰って来られた。アレルヤは、俺たちが迎えに行けばいい。今はどこにいるのか分からなくても、アレルヤは俺たちを待っている」
信じるということは、それだけ相手を想うこと。それだけ心を強く持つこと。
それでも、時折不安になったであろう。信じて待つことの辛さを、覚えたであろう。
が、今度は刹那もいる。同じマイスターの刹那が、ティエリアと共にいる。
「アレルヤのこと、俺も諦めない。諦めたくはない。絶対に会える」
きっぱりと言い切れば、ティエリアの眉根が寄せられた。泣き出してしまいそうな表情に、刹那は戸惑う。
「ティエリア・・・?」
「ごめん・・・。嬉しいんだ。刹那とこうして会えたからアレルヤとも会えると、今まで以上に強く思える・・・。本当は怖かった。刹那もアレルヤもあの人のようにって、思わなかったわけじゃないから・・・」
「ティエリア」
刹那の腕が、意識をする前に伸びでいた。ティエリアの頭を抱えるように引き寄せる。
「大丈夫だ。俺はもうどこにも行かない。お前と一緒に、アイツが望んだ世界のために戦う」
「僕は・・・自分が生きていたことが、信じられなかった。だって僕の隣に、刹那もアレルヤも居ない。あの人が、二人を連れて行ってしまったんだと思った。僕だけ連れて行ってもらえなかったんだと、悔しくて悲しかった・・・」
刹那の肩口に、ティエリアの額が押し付けられる。
四年という月日の流れ。
ティエリアが自らの意思で再び前を向けるようになるまで、どのくらいの時間を要したというのか。否、まだ足元は不安定なのだ。それを無意識のうちに隠し、誰より強くあろうとしている。
いつもはピンと張り詰めている糸が、刹那に会えたことでバランスを崩したのかもしれない。彼の気丈さは、脆さの裏返しだ。ティエリアを抱き締める腕の力が、強くなった。
「アイツが俺たちに、そんなことをすると思うか?逆に、もっと真剣に生きろと突き放す。だから俺たちは生きている。俺たちが再び会えるように、アイツが何処かで護ってくれたんだ。そして、これからも護ってくれる。俺たちの戦いを、ちゃんと見ていてくれる。アイツは・・・ロックオン・ストラトスは、そういう男だ」
もう会うことの出来なくなってしまった男の名を口にすれば、ティエリアが息を呑むのが分かった。刹那の胸元で、少年の白い手がきつく握り締められる。
―――ロックオン・ストラトス
失ってしまった仲間の一人であり、ティエリアとの深い繋がりを持つ人。
ロックオンとティエリアの間に、仲間以上の特別な感情が存在していたことを、なんとなくではあったが刹那も気付いていた。
けれど、彼はティエリアを残して逝ってしまった。崩れ落ち、嘘だ嘘だと泣いたティエリアを、刹那は知っている。覚えている。
共に行方知れず、離れてしまっていたこの時間の流れは、やはり長すぎた。ティエリアは、沢山泣いたのだろう。その涙の数を刹那は知らない。知らない分、哀しみに囚われ続けながらも、戦うことを選んだティエリアを支えたいと思う。ロックオンの代わりではなく刹那の手で、脆さを秘めた心を護りたい。
―――ちゃんと掴まえていて
本当にフェルトの言うとおりだ。ちゃんと掴まえていなければ、ふいに何処かへ行ってしまうかもしれない。
ロックオンのために、ロックオンが望んだ世界のためにと、暗い闇から一人で立ち上がったのだろう。刹那やアレルヤは生きていると信じることで、前に進み始めた歩みを止めることもなく。何もかもを、一人で抱えて。
刹那は、腕の中のあの頃と変わらぬままの少年に、囁いた。
「・・・今まで頑張ったな。辛くなかったか?」
小さくかぶりを振るティエリアの髪に、キスを一つ落として。
「これからは俺も居る。だから、お前の頑張りを、半分俺に貰えないだろうか」
ティエリアの双眸が、刹那を見上げる。涙の幕に覆われたそこから、これ以上の雫が落ちることのないよう、刹那は言葉を続ける。
「お前が望むものは何だ?」
「・・・世界を、変えたい」
「ああ、知ってる。俺も同じだ。他には?」
「この艦を護りたい。ここは、みんなが帰ってくる場所だから・・・」
「分かった。俺もこの艦を護る。そしてお前たちも護る。護り抜いてみせる」
瞬きをしたティエリアの瞳から、ぽたりと雫が頬を伝った。
「刹那・・・」
「こうやって二人で頑張ればいい。ここにアレルヤが加わる日も、きっともうすぐだ」
ソレスタルビーイングが、再び動き始める。ソレスタルビーイングは、世界をまだ諦めていないからだ。変わる望みを、捨ててはいない。
「まだちゃんと伝えていなかったな。俺もお前たちと、一緒に戦いたい」
「・・・僕は君を待っていた。そんなの、今更だ」
ティエリアの眼が細められる。もう一度、刹那の肩に顔を埋めた彼に、そっと未来を紡ぐ。
「この戦いの終わりのその先まで、お前と一緒にいる」
「それは生き残ってからの科白だ」
「俺は生きる。お前もみんなも生きるんだ」
「・・・凄い自信だな」
「気持ちで負けないためにも、今お前に誓う」
「そうか・・・。その誓いを護ってくれたら、最高だ」
離れていた時間を埋めるように、ぴたりと寄り添って。
彼らは自ら選んだ剣で、世界に再臨する。