差し出した手を、握り返してはくれなかった。代わりに短く「よろしく」と答えてくれたものの、あっさりと外された視線。最初の印象は、決して良くはなかった。



ソレスタルビーイング。
ガンダムと呼ばれるモビルスーツで、全世界の紛争、テロ行為への武力介入を目的とした、私設武装組織。
誰にも気付かれることなく、息を潜め、彼らは時が満ちるのを待っていた。



職業軍人ではなく、自らが望み強い意志を持ち、この場にいる。
ガンダムのパイロット、ガンダムマイスターと呼ばれる者は四人。互いの過去は知らず、語ることもなく、与えられたコードネームが真実のように浮かんでいる。けれど同じ場所に立つ者。仲間であることに変わりはなく、共に過ごせばそれぞれの個性も見えてくる。
無口な者もいれば、気さくな者もいる。
が―――。
そんな中でも極めて協調性がなく、独りを好む者は、ある意味目立つし、一緒にいるだけで気まずい。同じ目的を持つ仲間なのに、苦手意識ばかりが大きくなる。
ソレスタルビーイングの母艦、プトレマイオスでは、溜息と親友になりかけている男がいた。
「はぁ〜」
溜息とは無意識のうちに漏れるものだ。ロックオン・ストラトスは本日、何度目になるのかわからない、力の抜けた息を吐き出していた。
「二十三回目」
「・・・はい?」
「二十三回目よ」
プトレマイオスの共有スペースにある椅子に座っていたロックオンの後ろから、声が落ちてきた。振り返るようにして見上げると、ソレスタルビーイングの戦術予報士である、スメラギ・李・ノリエガが小さく笑っていた。
「・・・スメラギさん」
「隣、いいかしら」
「どうぞ」
長い赤みがかった茶色の髪を揺らし、スメラギはロックオンの左側に腰を下ろす。微かに甘い香りが流れた。
「今日、私が気付いただけで、二十三回目の溜息だわ。よっぽど深刻な悩みを、お持ちなのかしら?」
「そ・・・そんなに、溜息してましたか?」
「いやぁ〜ねぇ。自分で気付いていないの?安心して、立派な溜息男よ」
安心して、と言われても、あまり嬉しくな呼ばれ方だ。ロックオンは立ち上がり、さほど離れていない目の前の壁に沿うように備わっている椅子へ、スメラギと向かい合うように座り直した。
「・・・まぁ、別に深刻っていうほどの、悩みってわけじゃないんですけどね」
「私が訊いても、いいかしら?」
まっすぐな瞳にロックオンが映っている。プトレマイオスの艦長でもある彼女は、ちゃんと人を見ている。ロックオンは降参とばかりに、頷いた。
「・・・これは俺が勝手に思っていることで、他の連中は気にしていないのかもしれない。個性といえば個性だし・・・、でも俺としては、気になるんですよねぇ」

―――ティエリア・アーデ

ぽつりと呟いたそれに、スメラギが数回瞬きを繰り返してから、ふわりと笑った。とても優しい眼差しだ。
「・・・スメラギさん?」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと意外っていうのもあるけど、嬉しかったから」
「嬉しい・・・ですか?」
ロックオンは首を傾げる。意外と言うのなら、嬉しいと言われる方が意外だ。
「そう、あなたがティエリアを気にしてくれて、とても嬉しいってことよ。一体、どんなふうに気になるのかしら?」
「どんなふうにって言われても・・・」
あまり深い意味があって、ティエリアが気になると言ったわけではない。ただ、なんとなく気になる。理由はあるのだけれど、言葉に詰まった。
「そうね、難しい質問よね。他人を気にするって、人それぞれだもの。確かに個性っていうなら、あの子は無口だし愛想はないし・・・。刹那も同じだけど、刹那とも違うのよねぇ。なんて言うのかしら、CBはみんな同じ場所に立っている。仲間意識をみんな持っている。でもあの子、ティエリアは一人で違う場所にいるの。私たちとは違う位置にいる。そんな感じが強い。自分にも厳しいし、他人にも容赦ないから、苦手だと思っているクルーは少なからずいるわ。だから、あなたがあの子のこと、気にしてくれて嬉しいのよ。何かと独りになりがちだから・・・」
困ったように肩をすくめる彼女に、ロックオンはなるほどと思う。やはり良く見ている。そして、ロックオンも彼女と同じ考えだ。
ティエリア・アーデ。
ガンダムマイスターの一人。
無口で愛想がないのは、同じマイスターである、刹那・F・セイエイと共通している。が、協調性のなさは、マイスターの中でも優等生すぎて、頬が引き攣るほどだ。もう一人のマイスター、アレルヤ・ハプティズムは気さくな好青年で、ロックオンと年齢が近い分、良く話をする。刹那も無口ではあるが、話しかければ応えを返してくれるし、短くはあっても会話になる。だから、話しをすることで相手のことが、少しずつ少しずつ分かってくることは多い。これから背を預ける仲間である。信頼を築ける存在でありたい。そう思うことは、決して間違ってはいないはず。
なのに、ティエリアは、ぽつんと独りで、みんなとは違う場所にいる。彼のことは分からないことだらけだ。
「・・・まぁ、孤独を好むってワケでもないと思いますけど、独りでいるの多いですよね。他人に興味がないのか、CBの任務以外はどうでもいいのか、判断したくはないところですけれど、あんなに人と交わりを持たないのはどうしてだろうって、気になったんです」
「気になる理由は何でもいいのよ。その中に、少しでもあの子を心配してくれる気持ちがあったら、もっと嬉しいわ」
「心配・・・ですか?」
「そうよ。誰だって、自分の弱さを人には見せたくはないでしょう。あの子はきっと、それが人一倍強いと思うの。絶対、言いそうにないわ。だから、ぽきんって折れてしまったら怖い。そういう心配。なかなかね、女の言うことは右から左で、全くの無視なのよ」
可愛げがなさすぎるのよね、と結ばれたスメラギの言葉は、過去の経験を含んでいるようだ。ロックオンは苦笑する。
「分かりました。あいつのことは、今まで以上に気をつけて見ます」
「そう言ってもらえると、嬉しいし安心だわ。ふふ・・・あなた、あの子に甘いのね。というより過保護なのかしら」
「それはスメラギさんも同じでしょう?」
甘いとか過保護とか。
マイスターである少年に向けるには、無必要な感情なのだろう。けれど、数少ない仲間を大切に想う気持ちを大事にしたい。
たとえ戦場には、似つかわしくない心の動きではあっても。

―――俺はお前のことが、とても気になるんだ。

眼鏡の下に隠された本当の姿を知りたいと思ったのは、ロックオンの本能かもしれない。