上陸 − 沖縄本島と座間味諸島


13:40、那覇港(那覇新港)到着。 東京を出港して44時間40分。長旅もひと区切り。 2000年9月に上陸したのもこの港である。 その時と比べて、特に大きく変わった様子はない。 相変わらず、ここは貨物が主の埠頭である。 大きなフォークリフトが、大きなコンテナーを担いであちこち走り回っている。

船客待合所までのわずかな距離を、マイクロバスに乗って移動。 バスに乗らずに歩いても構わないのだが、 前述したように、大きなフォークリフトが走り回っているのでちょっと怖い。
那覇新港は街の中心から離れており、 ちょっと歩くだけで隣の浦添市へ入ってしまう。
以前はここから市街地まで歩いて行ったりしたのだが、 夜は再び船に戻ってきていた (船が宿泊場所だった)からこそ可能なことであった。 ところが、今日は重い荷物がある。タクシーに乗ってバスターミナルへ行くことにした。 沖縄のタクシーはあまり高くないので、気軽に利用できる。

那覇市内も、以前とほとんど変わっていなかった。 大きく変わった点と言えば、街角に 巨大なゴーヤーマンが立っているということ位だろうか。
「偽ゴーヤーマン」も売っていたが、本物と違って、全然可愛いものではなかった。

瀬長島から見た那覇空港 憩いの海辺
今日のホテルは、バスターミナルの近くに予約してある。 出発前に予約した唯一の宿だ。 荷物は、夕方までバスターミナルのコインロッカーに預けておくのが便利だろう。
市内は夜にでも回ってみることができるので、明るいうちに那覇空港の南の 瀬長島へ行ってみることにした。 持ってきたガイド本によれば、県庁から101系統のバスに乗って 終点で降りればいいらしい。
10分ほど遅れてやってきたバスに乗り、具志営業所で下車。 340円。 最後は私一人だった。
瀬長島は、島といっても本島から歩いて渡ることができる。 時々、頭上を飛行機が飛んでいく。 小型ジェット機は軽々と上昇し、私の上を通る頃には随分と高い所にいるのだが、 ジャンボジェットになるとやはり重いようで、 今にも落ちてきそうな高度で頭上を通過していった。
時折、一段と大きい轟音と共に、見事に編隊を組んだ戦闘機も飛んでいく。 東アジア最大の軍事拠点、沖縄らしい光景かも知れない。
沖縄の人々にとっても気軽に来ることができる憩いの場所なのか、 人も多かった。

ごつごつとした石灰岩の、いかにも珊瑚礁によって作られた海辺を散策したり、 浜辺に腰掛けて、まだ高い太陽に照らされてキラキラと光る海を見たりして 過ごした。
暖かい。コートが邪魔である。

17:00も過ぎた。そろそろ市内へと戻るとしよう。
バス停へ戻り、那覇市内へ向かうバスならどれでもいいや、と、 一番始めに発車する12系統のバスに乗った。
こちらへ来る時のバスとは、通る道が違った。 来る時は随分と遠回りしてきたが、帰りのバスは真っ直ぐに市内へと向かった。 運賃も異なり(12系統は市内線)、200円で牧志 まで来てしまった。

結論:ガイド本の嘘つき!
瀬長島へ行くときは、12系統に乗るのがお得である。

とにかく、無事にバスターミナルへと戻ってきた。 …いや、無事ではなかった。

か、鍵がない!
コインロッカーの鍵がない。 ポケットをひっくり返しても出てこない。 もちろん、かばんになんか入っていない。
…あぁ、どこかで落としてしまったのか。 あのゴツゴツした海辺を歩いていた時、 何かの拍子で落してしまったのかも知れない。
せっかく和んだ心も、あっと言う間に曇ってしまった。
このままため息を吐きながら沈んでいても仕方がない。 ロッカーを開けてくれるところを探さなければならない。
しかし、不運というのは連続するものである。 もう夕方も6時近くなので、バスターミナルの事務所は無人。 困った末に、駐車場の入り口に立っていた警備員のおじさんに聞いてみた。 この人なら何か知っているかも知れない。
事情を説明すると、おじさんは
「ちょっと待ってね」
と言い残し、小屋に入っていった。 しばらくして、小さな紙切れを私にくれた。 携帯電話の番号らしき数字が書いてあった。
「ロッカーの鍵屋さんの番号教えてあげるから、電話してみたら」
電話をかけてみた。電話の向こうからは「ちょっと困ったぞ」 と言いたそうな調子の声が聞こえる。それでも、最後に
「…じゃぁ、ちょっと待っててください。今行きます」
と、親切にも取り合ってくれた。
ロッカーのある場所は、暖かい南国の空気とは対照的な、 冷たいコンクリートの階段の踊り場。 さっきまで強い光を放っていた太陽も顔を隠し、 空は赤く染まり、そして終いには暗くなった。
雑踏の中で一人、ロッカーの前に立って待っているなんて、ちょっと怪しい。
待つこと約30分。一人のお兄さんがやってきた。 鍵の交換代金2,500円はちょっと痛かったが、 嫌な顔一つせずに対応してくださったお兄さんにはちょっと救われた気分がした。 もし、鍵をなくしてションボリしている上に、 いかにも「面倒だなぁ」なんて対応をされていたら、 ますます心が沈んでしまっただろう。

気を取り直し、荷物を抱えてホテルへと向かった。
途中、ベンチに座ってバスを待っているおばぁに話かけられた。
「どこからいらっしゃったんですか?」
「東京から来ました。明日石垣まで行ってきます」
…おばぁに驚かれた。
そんなに驚かなくてもと思ったが、考えてみれば石垣まで450kmはある。 東京から新幹線に乗って 北へ向かえば一の関近辺まで、 西へ向かえば米原近辺までが450kmという距離だ。 石垣も那覇もどちらも沖縄県であるが、思いの外、 この2つの都市の間には距離があるのである。

19:00、ホテル「やぎ」にチェックイン。 八木さんなのか山羊さんなのかは知らないし、 そんなことは重要な問題ではない。
荷を解いて一息ついた後、市内へと出かけた。

夕食を何にするのかは、もう決めてあった。 以前那覇に来た時はN君と出かけた ジャッキーステーキハウス である。もとは、白鳳丸で一緒に乗船したTさんのお勧めであった。 このステーキハウスは、戦後の占領下時代に、 嘉手納基地から「Aサイン」(米兵が立ち寄れる許可証)を受けた店である。 那覇市内にはステーキハウスが数多くあるが、この店の歴史が最も古い。
一度、はるばる自分の足で歩いて来た店である。場所は覚えていた。 …はずだった。 しかし、記憶していた場所に、その店はなかった。 「?」と思いながら、近辺をうろうろ。 この周辺、怪しげな店も多い。 お姉さん(とは言い難い女性も数多いのだが)にたくさん声をかけられ モテモテ(?)の私だが、全然嬉しくないし、そういうお店に行きたくもない。 しまいにはタクシーの運転手さんにまで
「お兄さん、乗る?」
なんて言われたのには参った。
めげずにもう一度、店のあったはずの場所に戻って、周囲をよく見回してみた。 そして、路上に停められた車の陰に、一枚の看板を見つけた。

店舗を移転し、新装開店しました。
どうりで、いくら探しても見つからないわけである。
新しい店の場所が、略図で示してあった。 かばんがらガイド本を取り出し、那覇市内の地図のページを開き、 暗い中、看板の地図とにらめっこ。
…なんだ、泊っているホテルのすぐ近くだ。
21:30、ようやく新しくなったジャッキーステーキハウスに到着。 入り口の"信号"は健在。 店の中も、うまい具合いに以前の雰囲気が残されていた。
以前は、メニューの「ランチ」が「RANCHI」と表記されていたのだが、 今回は、残念なことに「LUNCH」になっていた。
それほど値段は高くはないが、満足感の得られる店である。

その後はまっすぐホテルへ戻り、次の日の計画を立てた。 泊港から船に乗り、 久米島にでも行ってみようと思う。 船は9:00出航、朝食後すぐにホテルを出なければならない。


2月22日。6:00起床。
出発の準備を整え、7:30からの朝食後、すぐ出発できるようにしておいた。
ごく普通の日本風の朝食を食べ、出発。
歩いていくほどの時間はない。 国道58号線まで出て、タクシーに乗った。 10分程度でとまりんに到着。 500円を払ってタクシーを降りた。

窓口へ行き、久米島往復の乗船券を申し込んだ。

窓口のお姉さん: 「お帰りは何日ですか?」
私: 「日帰りしたいのですが」
窓口のお姉さん: 「この時期、日帰りは無理ですよ」
おっと、危ない。 夕方までに帰ってこないと、今回のメイン、八重山へ行けなくなる。
ここから行ける所で、日帰りが可能なところを探した。
そうだ、座間味諸島に行こう。 この時期なら、クジラが見られることだろう。 私は、小笠原でもクジラを見てきたが、何度見てもいいものである。
座間味諸島までの往復乗船券を買い、とまりんのコインロッカーに荷物を預けた。 今度は、鍵をなくさないように気をつけなければ。
空が曇っていた。 雨が降らないことを願いつつ、高速船「クイーンざまみ」に向かう。 「クイーンざまみ」は、泊港の北岸から出航する。 目の前に外人墓地が広がっている。 この近辺も、以前と変わらない。
9:00ちょうど、出航。 空はどんより曇っている。 雨が降らないかどうか、気にかかる。 波はそれほど高くないが、小さな高速船なので揺れやすい。

1時間ほどで座間味島に到着。
ホエールウォッチングのボートには午後から乗るとして、 午前中は島の中を散歩。
古ザマミビーチへ向かう山道の途中、 綺麗な花が咲いていた。
浜には、人気がなかった (ないのはヒトケで、ニンキはある)。 とても静かな浜。 遠くで、小さな子供達がシュノーケリング教室をやっている。
さっきまで曇っていた空も少しずつ晴れてきて、太陽が顔を出す。

flower クジラ 古ザマミビーチ 工事中
道端の花 くじら公園のクジラ 古ザマミビーチの入り口 工事中の標識

港へ戻り、ホエールウォッチングの申し込み。 港近くの食堂で沖縄そばを頼んだ。 沖縄そば、うどんのような、ラーメンのような、不思議な食べ物である。
残念なことに、正直、あまり美味しくなかった。 以前食べたものは美味しかったのだが、 ラーメン同様、美味しいものとそうでないものの差が大きいようだ。

12:40、ホエールウォッチング開始。 まず、陸の上で基本的な説明を受けた。
どうやら、今日はあまりよい日ではないらしい。
地元の人が「こんなに晴れるのは久しぶりだねぇ」と話すくらい、 天気は回復したのは嬉しいのだけれども。

同じボートに乗ったのは、大学生のグループらしき5人組、 男女2人の組み、女性1人、そして私。
まずは、座間味諸島の北側へ。 一瞬、小さくブローが見えた。 話を聞くと、どうやらこちらは親子連れらしい。 親子連れは、自主ルールによって接近が禁止されている。 というのも、不用意に接近すると 親クジラがびっくりしてまだ泳げない子クジラの世話を放棄してしまい、 死んでしまうことがあるらしい。
何かと世界の話題になるクジラである。 私は捕鯨禁止論者ではないのだが、やはり、 むやみやたらと自然界の動物を追い掛けるのは、良いことではないだろう。
海は、私たちだけのものではないのだ。
その後も、座間味諸島近辺をあちこち走り回ったが、 時々、遠くにちらりと見える程度。 当初予定されていた時間を大幅にオーバーしてクジラを探してくれたが、 結局、隣のボートの船腹に描かれたクジラが一番良く見えて終わった(笑)。
まぁ仕方がない。 自然は、人間の意図なんかお構いなしなのである。

ボートを降りれば、那覇行き高速船の出航時間も間近だった。 那覇から日帰りの座間味往復も可能だけれども、 じっくり楽しむのなら、やはり一泊はしたいと感じた。
16:25、泊港に向けて座間味を出た。

泊港まで約1時間。
今日はもう、5時間くらい船に乗っている。 しかも、全て揺れる船ばかり。 頭が重い。ちょっと痛みも感じる。 軽い船酔いだ。
預けた荷物を取り出しに、コインロッカーの前へ。 ポケットへ手を入れてみると、今日はちゃんと鍵がある。 よかった、よかった。
と、隣で、ロッカーが開かなくて困っている女性を発見。 「何処かで見かけたような?」 と思ったら、ホエールウォッチングで同じボートに乗っていた人だった。
どうやら、鍵が回らないらしい。
きっと、大きな荷物を詰め込んでいるのだろう。 荷物を詰め込むと、こうなることが多い。
「こうすると開きますよ」と、扉を少し押しながら鍵を回すと、 コインロッカー特有の「カチャン」という音と共にドアが開いた。 めでたしめでたし。
話を聞いてみれば、彼女は埼玉から来たそうだ。 「これから石垣まで行くんです」という話をしたら、 またまたびっくりされた。
さて、自分の荷物を取り出さなければならない。 しかし、扉が開かない。 もちろん、押しても駄目である。 なんてこった!
すっかり困ってしまったのだが、次の瞬間、開かない原因がわかった。 延長料金の所に、金をもっと入れろと表示が出ている。 ロッカーには、

「8時間を越えると、追加料金が必要です。」
…ケチなロッカーだ。
荷物も取り出せたところで、夕食。
お昼の沖縄そばが残念だったので、再挑戦。 でも、これも、10点満点で5点かな…。

18:00過ぎ、とまりんを出発。那覇新港船客ターミナルへ。 時間があるので歩いていくことにした。
白鳳丸を降りた時と同じように、那覇新港には大きな豪華客船が停泊していた。

一度は豪華客船に乗ってみたいと思う一方で、 「果たして、豪華客船の旅は楽しいのだろうか?」 という疑問も持っている。 豪華客船には、多くの設備があるだろう。 しかし、海の上の旅である。 海を見て楽しむのが、一番ではないのか? ならば、豪華なサロンやプールなんていらないと思うのである。

今回持ってきたガイド本は、実は、2000年秋に 那覇に上陸した後にコンビニで買ったものである。 宿泊場所を考える必要がなかったので、それで十分だった。 今でも、当時の精算済シールが貼られたままである。 しかし、その店はもうなかった。
なつかしい風景に目を奪われながら、那覇新港に沿うように北上。
当時のことが、鮮やかによみがえる。 そう昔の話でもないのだが、とても懐しい。 あの航海を境にして、 ちょっとばかり自分が変った気もしたものだ。
18:50頃、待合所に到着。 既に乗船手続きは始まっていた。 乗船券を買うために窓口へ並んだ。 東京−那覇の「ありあけ」と異なり、乗客も多いようだ。
と、誰かに肩を叩かれた。 振り向くと、「ありあけ」で一緒だったS君だった。 元気そうで何よりだ。
ここから石垣島までは、「飛龍21」 というフェリーに乗る。 名古屋から沖縄を経由して台湾まで行く、 なかなか豪華な国際フェリーである。 フェリーは豪華だが、那覇−石垣間の料金は学割で4,690円とお手頃である。 そのためかどうかは知らないが、このフェリーを運行している有村産業は、 一度倒産したらしい。

石敢当 さて、19:10を過ぎると順次乗船が始まった。
マイクロバスで乗船口へ。
話に聞いていたように、内装もなかなか綺麗である。 2等船室は全て寝台。 寝台列車のベッドよりも幾分広い気もするが、荷物を置く場所がない。
荷物を整理し、船内を探検。 国際航路ということで、日本用と台湾用に、時計が2つ掛けてあった。 驚いたことに、通路の突き当たりに、律儀に「石敢当」が立ててあった。 沖縄らしさ満点。
デッキに出てみると、壁によりかかって、ひとり三線の練習をしているお兄さん、 コンビニの弁当を広げているグループ、 なぜか階段の下の暗いところでヒソヒソ話をしている女性2人組などなど、 いろいろな人が思い思いに時を過ごしている。
20:00(日本時間)、出航。 ライトアップされた泊大橋の下をくぐり、港を出た。 だんだんと那覇の灯が小さくなっていく。 次に来るのは、何時だろうか。 (まぁ、帰りの飛行機の乗り継ぎはあるが。)

シャワーを浴び、寝台へ。 既に寝ている人も多いのか、あちこちのカーテンが閉まっていた。
しかし、子供達は元気だ。 夜遅くまで騒いでいた。

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Last Modified: 9 Jun 2002
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