■ 略歴 ■

1941年、ミネソタ州ミネアポリス生まれ。父は化学者、母はソーシャルワーカー。 幼い頃にクエーカー教徒の小さなコミュニティーに連れて行かれ、両親ともどもそこで暮らす。 世間から隔絶した小さな社会で幼年期を過ごしたアン・タイラーにとっては、学校に通いだして から知った普通の人々の普通の生活が、むしろ珍しく、新鮮だった。
19才でデューク大学卒業後、コロンビア大学大学院でロシア文学を研究。 図書館で、ユードラ・ウェルティの短編集を読む。エドナ・アールという愚鈍な女性が、 Coca-Colaのロゴを一日中ながめ、Cの文字がなんでこうもうまくLまで続くのだろうか と思案する話を読んだアン・タイラーは、こんな人物だったら、私もよく知っている、こういう人たちなら 私にも書ける、と作家を目指すことになる。
1964年作家デビュー。アン・タイラーの"Searching for Celeb"に対して、ジョン・アップダイク は、ニューヨーカー誌に「単によいというのではない。病的によい」と絶賛している。さらに、アップダイ クは、タイラーのなかになるアメリカ人のテーマは、「家と脱出」だ、と述べている。
”The Accidental Tourist”は映画化され、”Breathing Lesson”はピューリッツアー賞受賞。 アメリカには、熱烈なファンが多く、アン・タイラーグッズなるものも多数売られている。 タイラーの作風は、フラナリー・オコーナー、カーソン・マッカラーズ、ユードラ・ウェルティなど 南部女流作家の流れを汲むものと言うものも多い。


■ 魅力 ■

若い頃にアン・タイラーを読んだら、ぜんぜん面白くなかった。 それがある程度の年齢になって読み返したら、急に面白くなった。 そんな話をよく聞きます。では、アン・タイラー作品のどこが読者にそう感じさせるのか、 軽く検証してみましょう。

主人公はいつもフラフラ?

アン・タイラー作品の主人公たちは、いつもふらふらと迷っています。 大人にもなりきれず、子供にも戻れず、自分の居場所を見つけられずに、おろおろしてばかりいます。 なんの迷いもなく直線を突き進み、努力はかならず報われる、信念はかならず貫き通せる、そう信じる 若さがあるうちは、そんな登場人物に苛立ちしか感じないのかもしれません。でも、挫折を知り、 人生が思い通りにはいかないことを知ったとき、自分のなかにアン・タイラー作品の登場人物たちとの 共通点を見つけ、たまらなく愛着を感じはじめるのかもしれません。

登場人物は変なやつら?

アン・タイラーの作品には、少しだけ変わり者、でも、どこかで見たような、そんな人物が多数登場 します。でも、普通の人ってなんでしょう。もしも何もかもが標準的で、まったく特徴がない人がいると したら、その人は普通の人でしょうか? 普通の人とは、ちょっとだけ他の人とは違う人、少しは人と 違う行動もするし、個性もあれば特徴もある、それが普通の人ではないでしょうか。そして、だれもが平凡 でつまらない人たちではなく、それぞれが必死に生きて、個性を輝かせている、そう気づかせてくれるのが アン・タイラーの作品です。この登場人物のリアルな肌触りが、作品の魅力を深めています。

こんな人はお嫌い?

じつは、読みはじめは嫌悪感をおぼえてしまう登場人物が多いんです。うわ、こんな人嫌い、きっと 最後まで読んでも好きになれない、なかばまで読んでもやっぱり好きになれない、ああ、とうとうアン・ タイラー本のなかで嫌いな人をつくってしまった、何度そう思ったことか。それなのに、読み終わる頃には 好きになっている。最初に好印象だった人より、好きになっている。絶対好きになれないと思っていたの に……。その繰り返しにはまってしまった読者も多いのではないでしょうか。こんなにも、心を揺さぶられ る相手に次々出会える本を書く作家、そうはいないと思います。

ラストに納得できない?

ラストに納得いかなかった。これも、タイラー作品の感想として、よく耳に、目にすることです。 アン・タイラー作品のラストは、爽やかなハッピーエンドではないものが多い。かといって、悲劇的な 結末のあとに、主人公がすべてを捨て、強く生きようと決意して歩きだす、そんな希望の光の見える ラストでもありません。さんざん迷った末に悩みは完全には解決せず、また日常の生活を繰り返してい くだけ。そんなラストも多く、慣れないうちは、おやっと思われるかもしれません。でも、現実ってそう いうものではないでしょうか。素敵なラスト、強く生きる主人公のうしろ姿、そんな小説を読んで、現実 はこうはいかないものなのよ、そんなふうに呟くようになったとき、アン・タイラー作品のラストが、 あなたを激しく揺さぶってくれるでしょう。どうにもならない問題を抱えながらも生きていく、それが 人生、それが本当の生きる厳しさ、普通に生きることの難しさ。アン・タイラーの作品は、私たちにそう教えてくれます。