短編集
長編が多い作家なのに、レンデルの短編は非常に評価が高い。それどころか、 レンデルの長編は嫌いなのに短編は好き、長編よりも短編のほうが優れている気がする、 という読者も多くいます。 これは、レンデルの長編のとっつきづらい面がすべて削ぎ落とされ、いい部分は欠けることなく すっきりとまとまっているからでしょう。 狂気に落ちていく人々、皮肉なストーリー展開、などなど短くなってもレンデルの魅力は遺憾なく 発揮されています。
ここに挙げる本以外にも、 何人かの作家が書いた短編を集めた本の中にレンデルの作品が1作だけ入っている、というのも 何冊かありますが、ここではレンデルだけの短編集をご紹介しています。

 

カーテンが降りて

カーテンが降りて
リチャードは子供の頃、誘拐されたが無事に帰ってきた。その時の記憶は、頭にカーテンが 降りたように、記憶の底に隠れてしまっている。 その隠れた記憶は、リチャードをどこに導くのか。
誰がそんなことを
乾いた口調で語る男の、親友と妻と自分の関係の清算方法とは。皮肉な結末。
悪い心臓
森の中の一軒家で暮らす夫婦は、夫を頸にした社長を夕食に招いた。その目的は何なのか。 ブラック・ユーモア。
用心の過ぎた女
ベラはとても用心深い。だから、自分が用心深いことを、用心深くまわりに隠している。 そんなベラが同居人を置くことになり……。皮肉な結末。
生きうつし
ホランド・パークで自分の生きうつしを見たものは、一年以内に死ぬという。 見てしまったリザはどうなるのか。オカルトもの。
はえとり草
一見すると仲が良さそうに見える二人の老女の暗い心の底を、会話と行動だけで鮮やかに描き出す。 皮肉な結末。
しがみつく女
自殺しようとしているところを助けた女は、男にとってまさに理想の女だった。 幸せな結婚生活をはじめた彼らだが。狂気と悲劇。
酢の母
友達の家の別荘で過ごした少女時代の思い出は、ワインと同じ赤い血の色に染まっていた。 甘いノスタルジーと凄惨な悲劇のコントラストが美しい。
コインの落ちる時
愛の冷めた夫婦が、他人の結婚式のためにホテルに泊まる。夫の死を願う妻のとった行動は。 皮肉な結末。
人間に近いもの
人間を憎み、犬を愛する殺し屋が受けた依頼は? 異色作。
分裂は勝ち
妹に年老いた母の面倒をみさせている姉。文句ひとつ言わない妹だが。狂気もの。
余談だが、邦題のつけかたにはもう少し神経を使って欲しかった。
 
<にえメモ>
いろいろなテイストの作品がほどよくブレンドされた短編集。設定も多種多様、 登場人物も少女から中年男、老婆までとバラエティーに富み、レンデル作品の幅の広さを 実感させられます。単純に物語を楽しめる作品が揃っています。

 

熱病の木
熱病の木
アフリカで旅行をする夫婦の心は離れていくばかり。 ストーリー自体より、二人の腹の底が恐ろしくも悲しい。
最後の審判
墓場で作業をする三人の男。おしゃべりな男、大学を出たプライドにしがみついている男、 知恵遅れの子供のような男。三人の人間関係のバランスは、一人が欠けて崩れていく。
私からの贈り物
利用され、玩ばれて捨てられる女が思いついた、皮肉めいた復讐とは。
女を脅した男
薄暗い森の小道で待ち伏せをして、女を脅かすのが趣味の男。危害を加えるつもりはないが、 その行為が悲劇を招く。
不幸な暗号
連続殺人犯が最後に絞殺したのは、著名な医師の妻。遠い昔の事件にかかる靄は晴れるのか。
毒を愛した少年
摘んできた草で毒を作る。危険かもしれないが、学究好きな少年にはありがちな遊戯。 それに、少年には悪用しないだけの分別がある。だが……。
メイとジェーン
妹に婚約者を奪われた女は、四十年も経てば許すことができるのか。
悪魔の編み針
生まれたときから暴力に惹かれる性格のアリスは、編み物を趣味にすることでようやく落ち着いた。 素敵な夫を見つけ、そのまま平穏に暮らせそうだったが。
思い出のベンチ
公園の、決まったベンチに毎日座っている老女。そのベンチは殺人を疑われた男の寄付したものだった。 そこに、どんな真実が隠されているのか。最後の一行を読んだあと、貴方は読んだページを戻るはず。
絵具箱の館
窓から向かいの建物を観察する老女。老女は何を見たのか。 ミステリーの新女王と言われ、作風はまったく似ていないのに、常にアガサ・クリスティと比べ 評されてしまうレンデルが作ったミス・マープルを夢見る老女探偵は、そのまま痛烈なジョーク。
タイプがちがう
同じような容姿の男ばかりが被害者の連続殺人事件に異常なほど興味を抱く青年。 彼の容姿は被害者たちの特徴とはおよそかけ離れていたが。
 
<にえメモ>
いろんな楽しみかたのできる短編が盛りだくさん。推理、心理描写、皮肉なプロット、などなど レンデルの魅力たっぷりです。同じ本に収まっているとはいえ、作品の方向性がかなり違うので、 すべてを堪能するには、画一的な期待だけをせず、話ごとに視点を変え、読む喜びを見いだすことが 大切かもしれません。

 

女ともだち
女ともだち
友人の夫とはじめた二人だけの秘密の遊戯が悲劇を招く。
ダーク・ブルーの香り
六十五歳の彼には、長い年月を経ても忘れられない女がいた。故郷に戻り、会わずにはいられない彼だが。
四十年後
十四歳で疎開した先の叔母の家で起きた出来事は、今でも私の心に暗い影を落とす。
殺意の棲む家
十二年前に殺人事件があった家に移り住んだノーマン夫婦。事件の経緯は耳に入れないように心がけていたのだが。
ポッター亭の晩餐
地味な名前に似合わず金がかかることで有名なレストランポッター亭で見たものが、ニコラスをにとんでもない結末に招く。
口笛を吹く男
アメリカでマニュアルという男のもと、塗装の仕事をするジェレミーは、マニュアルの 彼女に手を出した。マニュアルは笑って水に流そうと言ってくれたが。
時計は苛む
欲しかった時計は売約済みだった。そんな些細な出来事が老女を狂気に導いていく。
狼のように
エディプスコンプレックスのコリンは四十歳を過ぎても母親から離れられない。コリンは芝居で着た狼のぬいぐるみに執着し、狂気の坂を転げ落ちていく。
余談ですが、本文中、一人称が「ぼく」になったり「わたし」になったりしています。 訳者の山本俊子さんは翻訳界の大御所で上手な方なんですが、いつもこの調子で雑なところがあるんですよね。
フェン・ホール
フェン・ホールという館の敷地内で、キャンプをさせてもらうことになった三人の少年たちは、思わぬ悲劇に出くわした。
父の日
異常なまで子供に執着する父親が狂気に滑り堕ちていく。
ケファンダへの緑の道
友人のアーサーは作家だった。だれにも認められず、正しく理解されず、評論家の相手にもされず、苦しんでいた。悲しくも美しい幻想小説。
 
<にえメモ>
ミステリの枠を超え、文学としても最高水準に達していると思われる傑作揃いです。 狂気ものも、ノスタルジックな悲劇ものも、みな総じて美しい。ゆっくり、そして何度も読み返したくなる余韻の深さ。短編を読む喜びを感じさせてくれます。

 

女を脅した男
女ともだち
短編集「女ともだち」に入っているのと、まったく同じ作品です。
女を脅した男
短編集「熱病の木」に入っているのと、まったく同じ作品です。
父の日
短編集「女ともだち」に入っているのと、まったく同じ作品です。
時計は苛む
短編集「女ともだち」に入っているのと、まったく同じ作品です。
雑草
田舎のありふれた雰囲気を毛嫌いする男が、田舎のありふれたガーデンパーティーで、 田舎のありふれた(?)悲劇に驚愕する。
愛の神
新聞の載っているクロスワードパズル、そんなものが夫婦の間で保たれていた均等を崩し、 愛し合う二人を狂気に導いてしまうとは。
カーテンが降りて
短編集「カーテンが降りて」に入っているのと、まったく同じ作品です。
ウェクスフォードの休日
アドリア海に浮かぶ島で休日を楽しむウェクスフォードが、なにやら妖しげな夫婦と出会う。 妻ドーラとの会話も楽しい、異国のリゾート気分たっぷりの作品。
藁をもつかむ
92歳の老女が脳卒中で亡くなった。証拠もない老人たちの噂話のために、ウェクスフォード は殺人事件として調べる羽目になった。毎度おなじみウェクスフォードの幼なじみ、クロッカー医師 が登場するのもうれしい。
もとめられぬ女
ウェクスフォードものだが、主役はバーデン。妻ジェニーの女友達が娘の家出の相談に来る。 それ自体は、事件性のないものだったが……。相変わらずバーデンはレンデルのからかいの対象か。
追いつめられて
トレーラーハウス暮らしという最低の生活をしながらも、アーリーンは賢い女。 アーリーンの父の死を調べるウェクスフォードは、アーリーンの真意を見抜けるのだろうか。
 
<にえメモ>
これまで発表されたレンデルの短編を日本で再編集したものです。すでに邦訳され、発売された 短編集に収録され、お目にかかった作品も混じっていますが、日本ではウェクスフォードの 人気がいまいちなためか、未翻訳だったウェクスフォードシリーズの 短編集からいくつかの作品が入っているのが、ファンとしてはうれしいところです。