すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「リオノーラの肖像」 ロバート・ゴダード (イギリス)  <文藝春秋 文庫本> 【Amazon】
過酷な人生を歩んできたと思わせる老婦人リオノーラは、ひた隠しにしていた自分と自分の両親の過去を娘に話しはじめる。戦死した父とリオノーラを産んで死んでいった母、自分を憎みながらも手放そうとはしなかった継祖母、そこには複雑怪奇な人間関係があった。
すみ 評論家でも何でもない私が、こういう言い方をするのは抵抗がありますが、「千尋の闇」に比べて、ぐっとこなれてきたな、って感じしなかった?
にえ そうね、のちのち紹介していく本のことを考えて、あえてまたこういう言い方をすると、善玉がぐっとよくなった。
すみ ただのいい人じゃなかったよね。もっと複雑。
にえ ただ、悪玉はね、ちょっと薄っぺらいかな。悪女と悪男が出てくるんだけど、もうちょっと厚みのある人間にして欲しかった。迫力不足。 
すみ そうね。でも、ゴシック小説の色合いが濃くなったところは好き系だな。
にえ そうそう、私たちの会話で「ゴシック小説」というのがよく出てくるんで、良い機会だからあらためて説明すると、もとは、18世紀なかばから19世紀初頭のイギリスで流行した、中世の古城などゴシック建築物を舞台にした、恐怖もの、怪奇ものなどのミステリ小説です。
すみ 現代では歴史のある立派な、というか重厚な雰囲気のある建物の中で、外からは計り知れないような複雑怪奇な物語が繰り広げられる小説を、総称して「ゴシック小説」と呼んでるみたい。
にえ 大事なのは建物と雰囲気でしょ。あまり怪奇色が強くなくても、今じゃゴシック小説って言っちゃうからね。 
すみ そうだね。この物語で言うと、主な舞台になる時代に館にいるのが、祖父、祖父の前妻の父、祖父の新しい妻、祖父にとっては戦死した孫の妻であるリオノーラ、つまり、全員が赤の他人ってこと。不思議な人間関係よね。怪奇まではいかなくても、やっぱりゴシック小説と呼びたくなっちゃう。
にえ なんかさ、向こうの立派な家って日本と違って、家族だけでがっちり暮らしてるんじゃなくて、いろんな人が出入りしたり、他人が長期滞在したり、なんか金取らないホテルみたいだよね。んで、ゲストを呼ぶ方も、呼ばれる方もそれをステータスにしてるみたいなところがあって。 
すみ うん。この本の舞台もそんな感じ。リオノーラの父が出征しているあいだに、悪意を持って引っかきまわしに来る男、父が戦死してから、骨休めをしに来る負傷兵たち。そんな中で、女王として君臨しているのが、美しくも妖しいリオノーラの義祖母。
にえ フェロモンたっぷり。対照的に、リオノーラの母は淑女の中の淑女。このもう一人のヒロインは、前作のヒロインより謎もあり、女っぽさもありで、ずっと良くなったよね。  
すみ で、物語が進んでいくと、語り手はリオノーラだけじゃなくて、途中で何人かに入れ替わるのよね。
にえ うん、それぞれが味があって良かったね。そうそう、ゴダードは「千尋の闇」と「リオノーラの肖像」で私たちの好きな老人、2パターンを見せてくれたよね。  
すみ 老人2パターン?
にえ 「強いババア」と「ひょうきんなジジイ」、今回はジジイのほうが出ます。
すみ ああ、そういうことか。たしかにどっちも好き。小説に出てくる老人ってさ、深い経験に基づく英智としたたかさがあって、そのうえで強かったり、ひょうきんだったりするからいいのよね。
にえ そうそう、どっちにしろバカじゃだめよ(笑) 
すみ う〜ん、それにしても、どういう話か説明するのは難しい。この本、何にもわからない状態から始まるから、なにを言ってもネタバレになっちゃいそうなんだもの。
にえ まあ、ようはソンムの会戦あたりの戦争のドイツ軍と戦う辛さと、ゴシックな館と、フェロモン悪女と、苦労した二世代の女の生き様と、出生の秘密と、そんなこんなが盛り込まれたミステリってことで。
すみ それにさ、「千尋の闇」を超えた哀しみがこもっていたよね。
にえ うん。「千尋の闇」のストラトフォードにもヒロインにも想いを遂げられなかった悲しみがあったけど、それでもまだ、やるだけのことはやったっていう慰めがあった。でも、こっちのリオノーラの父と母には、やり遂げられなかったことへの悲しみがあって、それがぐんと胸を打つ。
すみ 読み終わったあと、「ほぅっ」ってため息が出ちゃう。
にえ 最後のネタはあいかわらずバレバレ気味だったけど(笑) 
すみ まあ、それはそれでいいじゃない。読み終わって考えさせられることは多かったよ。
にえ さて、来週は私たちの大好きな「闇に浮かぶ絵」。盛り上がっていきましょ〜(笑) 
 週刊ロバート・ゴダード 2001年1月26日号