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ルース・レンデル「ハート・ストーン」
日時: 2006/04/18 10:19
名前: 主婦15

先日「ハート・ストーン」を読みました。

私はレンデルの単発物は長編より短編が好みですが、これは長からず短からず
というところで読みやすかったです。

主人公エルヴィラの雰囲気はビクトリア調というより、16世紀の女王ジェーン・グレイを思いだしました。
一人古典を読み、父からラテン語を学び、夢見るような長いマントのような
ブロンドが背中をおおう。
・・その姿は、ただただ肉体を軽んじて、天国を夢見ていたジェーンを強く連想させます。
ここにはシェークスピアを生んだ16世紀の英国が息づいているようです。

窓から見える大聖堂、ウェスト・フロントの石壁を照らす夕日、花々・・・
読みながら、頭の中をシターやマンダリンの古いダンス音楽が流れます。
異常とはいいながら、その美しさにうっとりしました。

この調子で最後まで行ってくれるのかと思いきや、ギリギリのところでエルヴィラが、
恥ずかしいほど赤裸々に、事実をうちあけてしまいます。

あのルネサンスと見まごう特異な世界観、父と娘が
作り出した幻覚に過ぎなかったこと。
ヒロインチックな思いこみに過ぎず、世界の片方を支えていた父が死んだことで、
一気に崩壊してしまったこと。
しかし、エルヴィラがその世界から脱したとしても、狂気は埋もれ火のように、
静かに妹のスピニーの中で生き続け、成長していきました。

16世紀の幻影から、21世紀へと引きずり戻されたにもかかわらず、読者には
不思議と違和感を与えていません。

そのあたりの、一気に場面を転換するタイミングや緊張感はさすがにレンデルだと思いますが、今回はそこに、今までの単発物にはない「視覚的美意識」を盛り込んで、「レンデルの美」ともいうべき作品に仕上がっています。

後妻になるはずだったメアリーの、描写は短いながらも、「専門バカ」と
言ってもいいような鈍感さや素朴な人柄も活き活きとしていて、相変わらずの秀悦な人間描写といったところでしょうか。

単発物が苦手だった私ですが、この作品だけは惚れ込んでしまいました。
メンテ

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Re: <ネタばれ>ハート・ストーン ( No.1 )
日時: 2006/04/19 00:59
名前: ぱらん

レンデル好きの方が結構いらっしゃるのはうれしい限りです。
私もすべて読んでいるわけではないですが、どちらかといえばノン・シリーズもののほうが好きなんです。もしよろしければもう少しあらすじを解説していただければ山積みの待機本の合間をぬって順次シリーズにも手をつけていきたいと思っています。

イギリスがかなりお好きなんですね。(物語の背景に見え隠れする歴史や自然風土など)わたしはジェーン・グレイとくると漱石の「倫敦塔」をすぐ思い出してしまいます。
メンテ
Re: <ネタばれ>ハート・ストー ( No.2 )
日時: 2006/04/19 10:39
名前: 主婦15

こんにちは、ぱらんさん、レスありがとうございました。
あらすじ、うまく書けるか自信がありませんが、こんな感じです↓

<街はずれにあるゴシック大聖堂に接した、中世に建造された館>それが舞台です。
その壮麗な屋敷には、16世紀魔女として処刑された女性が、壁に死んだ猫を
塗り込めたという伝説がありました。
夜な夜な歩き回る足音と猫の幻影が跋扈する家の中に、一家は住んでいました。

司祭の資格を持つ大学教授の父ルーク、母、そして姉娘エルヴィラと妹スピニー。
娘たちは父を「ルーク」と名前で呼び、とりわけエルヴィラは、父と激しい精神の絆で
結ばれていると固く信じ、父と古典を読みラテン語を習う、チューダー王朝のような生活
を頑なに守り続けていました。

母が癌で亡くなってからは、エルヴィラはいっそう自分の特異な世界に溺れていき、
外の世界を拒み、やがて食べることさえ拒否していきます。

そんな生活に亀裂が入ったのは、父ルークが恋人として、同僚の研究者メアリーを
連れてきたことでした。父との絆を断ち切られ、己の世界が崩壊する予感におびえた
エルヴィラは、密かにメアリーを亡き者にしようと、青酸カリを入手し、父の書斎に隠しました。

やがて隣接する大聖堂が修復工事に入ります。
中世の彫刻に激しく惹かれていたメアリーは、無謀にもドレス姿で足場をよじのぼり、あえなく落下して死亡します。
「メアリーとルークが結婚して新しい母ができる」と喜んでいたスピニーも
激しい失望を味わいました。

エルヴィラはまるで自分が殺したような感覚に囚われ、ますます食事を拒否し、
一方恋人を亡くした父は、ショックから立ち直れず、エルヴィラにだけ遺書をたくすと、
古い真珠をはめ込んだ剃刀で手首を切って自殺をします。
その遺体を最初に発見したのがスピニーでした。

エルヴィラは妹に呼ばれて父の書斎に入っていって、初めて事実を知りました。

その瞬間、エルヴィラをとらえて放さなかった呪縛が解けてしまいます。
エルヴィラは今までの生活がルークとの愛情というより憎悪の中で作られた
幻想だったと自覚し、外の世界へ出て大学へ通い、ごく平凡な女の子として
生きるようになります。

一方、親から徹底的に無視され、姉の狂気の世界に巻き込まれていたスピニーは
猫の幻覚に取り憑かれ、激しい過食に走ります。
エルヴィラが脱した狂気に、今度はスピニーが囚われてしまったのです。
やがて静かに、スピニーは姉へ殺意をつのらせていき、そして・・・・(後はお楽しみ)

ジェーン・グレイは漱石の描いた作品のお陰で日本でも知られるようになりました。
もともとジェーンは狂信的ともいえるプロテスタントの信仰を持ち、
ただひたすらラテン語や聖書の勉強に埋没した青春を送りました。
そして政争に巻き込まれ「信仰を捨てれば一命を助ける」との言葉にも耳をかさず、
自ら処刑を選びます。
ふと、私の中ではこのジェーンの姿がエルヴィラと重なってしまいました。
ジェーンもまた悲劇の人だと思います。

毒薬、ラテン語、長い美しいブロンド、大聖堂といった<小道具>が、とてもルネサンス的
作品でした。
でも、きっと読まれる人によって印象は異なると思います。
ちなみに私は16世紀英国史専門のサイトを持っています。
ここで書くと宣伝になってしまいますので、またの機会に(^^)
メンテ
Re: <ネタばれ>ハート・ストーン ( No.3 )
日時: 2006/04/20 01:24
名前: ぱらん

テューダー朝の薫り高い物語なんですね。壁に塗りこめられた猫とくれば、ポーの「黒猫」へと連想がつながります。よく西欧の歴史には壁に塗りこめるというのがでてきますが、木造家屋に住んでいる日本人からすれば一種異様で独特な世界ですね。
英国史でいえば、倫敦塔の二王子もたしかそれらしき白骨が階段下の壁から発見されたんではなかったでしょうか。
壁に塗りこめるって完全な埋葬とは異なり、死者がそこにいることを知っているひとからみれば、冷たい土のなかではなくいつも自分の手の届く家の中に存在するという意味あいなんでしょうか。そして自分も死者の呪縛から逃れられないというような。

ぞくぞくしてきました。ぜひ読んでみます。
ちなみに私も英国史には興味がありますので、ぜひサイトにもお邪魔させていただきたいです。
メンテ
Re: <ネタばれ>ハート・ストー ( No.4 )
日時: 2006/04/20 02:50
名前: 主婦15
参照: http://kuni.milky-web.net/

ぱらんさん、レスありがとうございました。
15世紀末の建物の連想から来たものかもしれません。
>チューダー(テューダー)王朝
ビクトリア朝と思しき表現もあるので、読む方によって、もしかしたら
想像する時代は違うかもしれません。
壁に人を塗り込めるという習慣は、インドやイタリアでもあったそうで
(ただし生きたまま)今でも旧家では壁から骨が出るとか・・・(悪寒)
毒薬というイメージは、「ボルジア家の毒薬」とか
バチカンの壁画で、美しいブロンドで知られるピントリッキオの
「聖カトリーヌ」をイメージしました。
これは原画からイメージして描かれた絵ですが、確かにこんな感じ???
のイメージかも??
http://www.sutv.zaq.ne.jp/randokku/E12.htm
(他人様のサイトを勝手にリンクしてすみません)

私のサイトに興味を持っていただいて、ありがとうございます。
ぜひぜひお時間のある時にでも、覗いて見て下さったら、嬉しいです。
(参照URL欄のリンクがそうです)
メンテ

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