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ダニエル・デフォー
日時: 2003/04/30 22:33
名前: グラニット   <wheelie@gf7.so-net.ne.jp>

社会活動家のデフォー(1660-1671)は、500を越える著作があるそうだが、もちろん私が推すのは『ロビンソン・クルーソー』。漂流者の経験談をもとに書かれたとはいえ「孤島もの」というジャンルを確立した功績は大きい。今読んでもちゃんと面白いのは、ここで描かれる生の本能、創造の営みというものが、時代を越えた、人間の本質そのものだからだろう。
メンテ

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意外に ( No.1 )
日時: 2003/04/30 23:21
名前: きゅー  <hisaokanesh@hotmail.com>
参照: http://www.geocities.jp/s_kanesh/main.html

『ロビンソン・クルーソー』はまっとうな小説でした(笑)。先入見から、文明化されたクルーソーが非社会的なフライデーを「教育」する小説だと思っていましたが、たしかにそういう一面もあったのですがさすがそれだけではなかったですね。
ちなみに『ロビンソン〜』を下敷きにした小説がいくつかあります。
ミッシェル・トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』
J・M・クッチェー『敵あるいはフォー』
どうせ読むなら三冊一緒にいかが?
メンテ
うんちく ( No.2 )
日時: 2003/05/01 13:36
名前: こつつぼ

ロビンソン・クルーソーが孤島に辿り着いてからの生活は、
大海原で難破してしまった様な冒険主義的あるいは投機的な行動様式の延長上にあるわけではなくて、
合理的な計画性に基づいたものでした。
乏しい人的・物質的資源を合理的に配分して拡大再生産を行うというのは、
伝統的な呪術性・非合理性を脱した「資本主義の精神」に裏打ちされたもので、
その意味では、孤島でのロビンソン・クルーソーの生活は一般に思われている様な原始生活などではなく、
当時のヨーロッパ最先端のライフスタイルのモデルケースだったわけですね。
というのはいわゆる「大塚史学」の受け売りで、私自身はこの小説を読んだことはございません(笑)。
それとは関係ありませんが、『キャプテン・フューチャー』シリーズの中に、
太陽系の外で隕石に不時着して、素手(!)でロケットを作って戻ってくる話があったなあ。
メンテ

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