=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「学寮祭の夜」 ドロシー・L・セイヤーズ (イギリス)
<東京創元社 文庫本> 【Amazon】
ハリエットは、長く遠ざかっていた母校オクスフォードの学寮祭に出席した。懐かしい恩師、絶え間 ない噂話、懐かしさに心地のいい思いをしだしたハリエットだが、汚らわしい絵が描かれた紙を中庭で拾い、 その翌日にはハリエットを中傷することが書かれた紙片を見つけ、失望する。ところが、それで終わりで はなかった。学寮祭の数ヶ月後、オクスフォードの女子学寮で、たちの悪い嫌がらせや悪意のこもった匿名 の手紙が多発していると連絡を受ける。恩師に頼まれ、調査に乗りだすハリエットだが……。 | |
この本、予想していたのとは違ってて、私はかなり戸惑ってしまった。 | |
そうだね、まず、いくら待っても死体は出てこない。殺人なき推理小説だったよね。 | |
それから、とってもシリアス。ミステリー部分のラストは、 胸にナイフを刺されて、えぐられてるみたいな凄み。もっと楽しい感じかと思ってたのに。 | |
で、ピーター卿の出番が最後の最後のほう、ほとんどハリエットが主人公。 | |
ハリエットは、探偵小説の作家で、『毒をくらわば』であや うく殺人の罪を着せられるところをピータ−卿に助けられ、『死体をどうぞ』でピーター卿にプロポーズ されまくり、『忙しい蜜月旅行』でピーター卿と新婚旅行に行く女性。 | |
この作品は『死体をどうぞ』と『忙しい蜜月旅行』のあいだに あたります、ってことは、そうなんです、そうなります(笑) | |
ただ、この本は他の作品読んでない人でも、そういう事情さえ 知っていれば、充分楽しめるんじゃないかな。 | |
そうだね、ピーター卿との結婚を悩みつづけるハリエットが、 ちょっとうざったいような気がしちゃうかもしれないけど。 | |
うわ、トゲトゲしい(笑)。恩のある男性と結婚するのは難し いと思うよ。それはわかってあげなさいよ。 | |
だって〜、私は今でもピーター卿には、ピーター卿のためにある ような言葉どおり独身貴族でいて欲しかったし、ハリエットはちょっと普通の感覚を持ちすぎてて、ピーター 卿の相手としては物足りなく感じちゃう。 | |
そりゃひがみでしょう。私はいいと思うよ、ハリエットって頭も いいし、自立した女としての生き方もすごく共感できる。だいたいこの本の主題のひとつに、女にとっての 結婚とはってのが含まれてるんだから、ハリエットが悩むのも意味があるのよ。 | |
でもさ、だいたい、この本のピーター卿、ちょっと人間っぽす ぎたり、時には惨めったらしくさえ見えてきて、私は辛かった〜。 | |
人間味があっていいじゃない。結婚する相手が、人間離れして てどうすんのよ。「美女と野獣」じゃあるまいし。最後のほうではバシッと決まってたし、知的な会話も冴え わたって、じゅうぶん素敵だったでしょ? | |
そうそう、知的な会話はボリューム満点。なにしろ舞台が、 オクスフォード大学ですから。しかも第一次世界大戦後、第二次世界大戦前の、大学というところが、 もっともっとアカデミックな雰囲気のあった良い時代。 | |
怪文書や悪戯の容疑者になるのは、アリバイの関係からほと んどが学寮長やら教官やら、あとはほんの一部の学生、すべて女性です。 | |
学識深い知的な女性たちが、互いに疑心暗鬼になり、知的な 会話で意地汚く罵りあい、ハリエットもかつては学寮にいたわけだから、深い知り合いだったりして達観 はできないから巻き込まれる。このへんの諍いはかなり濃厚。 | |
これ読んでて、P.D.ジェイムズの『ナイチンゲールの屍衣』 はこの作品の影響を受けてるのかな、なんて思ったりしたけど、諍いだけで見れば、こっちのほうが露骨な 皮肉に、相手の人間性のとっちめあい、と、もっと強烈。 | |
そんな中で、怪文書も悪戯もどんどんエスカレートして、悪質 になっていき、被害を受ける人の精神的な苦痛も、スゴクなっていく。人が死ななくても、そのえげつなさ に充分驚かされるよね。 | |
で、私たちはページが進んでいくにつれ、あの人が疑わしいと 思い、やっぱりこの人だと思い、うまいこと翻弄されて、つまりは最後までいい緊張感が続いて、長さを 感じさせないストーリー。これはお見事、さすがセイヤーズ。 | |
あいかわらず、古さをまったく感じさせない新鮮味に溢れてた。 古典文学などからの引用も多くて、イギリスミステリーの神髄を見せられたって感じだし。 | |
家庭を大事にするか、仕事を大事にするかっていう、当時の インテリ女性たちの生き方が強く問われる内容なのだけど、今、私たちが読んでも痛みを感じながら読めたよね。 | |
登場人物はちょっと多いけど、出てくるたびにメモをとって おいたら、あとはメモを見なくても、だれだっけと悩まず読めた。 | |
意地が悪い人はあくまでも意地悪く、好奇心の強い人はあくま でも好奇心強そうな話し方をしてくれるから、ごっちゃになるってことはなかったよね。 | |
なんだかんだと言いましたけど、ピーター卿とハリエットの 結婚問題は全編に出てくるけど、事件が解決したあとのエピローグは短くスッキリまとめてくれてて、 あくまでも本筋部分をメインにしてくれてるから、推理小説を楽しみたいって気持ちが削がれることはないし。 | |
あ、ピーター卿にそっくりな甥の学生なんて出てきて、シリ ーズのファンへのサービスも満点だよね。 | |
イギリスの女流推理作家を読むのなら、まずこれを読んでない とまずいんじゃないってくらい、あとあとの作家も影響を受けるような高水準な出来。 | |
これは読んでおかないといけない作品だよね。まあ、シリーズ のファンなら、これでやっとハリエットとピーター卿の恋愛劇がつながってくれるわけだから、とうぜん読む でしょうけど。ファン以外にもオススメ。 | |