すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「学寮祭の夜」 ドロシー・L・セイヤーズ (イギリス)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
ハリエットは、長く遠ざかっていた母校オクスフォードの学寮祭に出席した。懐かしい恩師、絶え間 ない噂話、懐かしさに心地のいい思いをしだしたハリエットだが、汚らわしい絵が描かれた紙を中庭で拾い、 その翌日にはハリエットを中傷することが書かれた紙片を見つけ、失望する。ところが、それで終わりで はなかった。学寮祭の数ヶ月後、オクスフォードの女子学寮で、たちの悪い嫌がらせや悪意のこもった匿名 の手紙が多発していると連絡を受ける。恩師に頼まれ、調査に乗りだすハリエットだが……。
にえ この本、予想していたのとは違ってて、私はかなり戸惑ってしまった。
すみ そうだね、まず、いくら待っても死体は出てこない。殺人なき推理小説だったよね。
にえ それから、とってもシリアス。ミステリー部分のラストは、 胸にナイフを刺されて、えぐられてるみたいな凄み。もっと楽しい感じかと思ってたのに。
すみ で、ピーター卿の出番が最後の最後のほう、ほとんどハリエットが主人公。
にえ ハリエットは、探偵小説の作家で、『毒をくらわば』であや うく殺人の罪を着せられるところをピータ−卿に助けられ、『死体をどうぞ』でピーター卿にプロポーズ されまくり、『忙しい蜜月旅行』でピーター卿と新婚旅行に行く女性。
すみ この作品は『死体をどうぞ』と『忙しい蜜月旅行』のあいだに あたります、ってことは、そうなんです、そうなります(笑)
にえ ただ、この本は他の作品読んでない人でも、そういう事情さえ 知っていれば、充分楽しめるんじゃないかな。
すみ そうだね、ピーター卿との結婚を悩みつづけるハリエットが、 ちょっとうざったいような気がしちゃうかもしれないけど。
にえ うわ、トゲトゲしい(笑)。恩のある男性と結婚するのは難し いと思うよ。それはわかってあげなさいよ。
すみ だって〜、私は今でもピーター卿には、ピーター卿のためにある ような言葉どおり独身貴族でいて欲しかったし、ハリエットはちょっと普通の感覚を持ちすぎてて、ピーター 卿の相手としては物足りなく感じちゃう。
にえ そりゃひがみでしょう。私はいいと思うよ、ハリエットって頭も いいし、自立した女としての生き方もすごく共感できる。だいたいこの本の主題のひとつに、女にとっての 結婚とはってのが含まれてるんだから、ハリエットが悩むのも意味があるのよ。
すみ でもさ、だいたい、この本のピーター卿、ちょっと人間っぽす ぎたり、時には惨めったらしくさえ見えてきて、私は辛かった〜。
にえ 人間味があっていいじゃない。結婚する相手が、人間離れして てどうすんのよ。「美女と野獣」じゃあるまいし。最後のほうではバシッと決まってたし、知的な会話も冴え わたって、じゅうぶん素敵だったでしょ?
すみ そうそう、知的な会話はボリューム満点。なにしろ舞台が、 オクスフォード大学ですから。しかも第一次世界大戦後、第二次世界大戦前の、大学というところが、 もっともっとアカデミックな雰囲気のあった良い時代。
にえ 怪文書や悪戯の容疑者になるのは、アリバイの関係からほと んどが学寮長やら教官やら、あとはほんの一部の学生、すべて女性です。
すみ 学識深い知的な女性たちが、互いに疑心暗鬼になり、知的な 会話で意地汚く罵りあい、ハリエットもかつては学寮にいたわけだから、深い知り合いだったりして達観 はできないから巻き込まれる。このへんの諍いはかなり濃厚。
にえ これ読んでて、P.D.ジェイムズの『ナイチンゲールの屍衣』 はこの作品の影響を受けてるのかな、なんて思ったりしたけど、諍いだけで見れば、こっちのほうが露骨な 皮肉に、相手の人間性のとっちめあい、と、もっと強烈。
すみ そんな中で、怪文書も悪戯もどんどんエスカレートして、悪質 になっていき、被害を受ける人の精神的な苦痛も、スゴクなっていく。人が死ななくても、そのえげつなさ に充分驚かされるよね。
にえ で、私たちはページが進んでいくにつれ、あの人が疑わしいと 思い、やっぱりこの人だと思い、うまいこと翻弄されて、つまりは最後までいい緊張感が続いて、長さを 感じさせないストーリー。これはお見事、さすがセイヤーズ。
すみ あいかわらず、古さをまったく感じさせない新鮮味に溢れてた。 古典文学などからの引用も多くて、イギリスミステリーの神髄を見せられたって感じだし。
にえ 家庭を大事にするか、仕事を大事にするかっていう、当時の インテリ女性たちの生き方が強く問われる内容なのだけど、今、私たちが読んでも痛みを感じながら読めたよね。
すみ 登場人物はちょっと多いけど、出てくるたびにメモをとって おいたら、あとはメモを見なくても、だれだっけと悩まず読めた。
にえ 意地が悪い人はあくまでも意地悪く、好奇心の強い人はあくま でも好奇心強そうな話し方をしてくれるから、ごっちゃになるってことはなかったよね。
すみ なんだかんだと言いましたけど、ピーター卿とハリエットの 結婚問題は全編に出てくるけど、事件が解決したあとのエピローグは短くスッキリまとめてくれてて、 あくまでも本筋部分をメインにしてくれてるから、推理小説を楽しみたいって気持ちが削がれることはないし。
にえ あ、ピーター卿にそっくりな甥の学生なんて出てきて、シリ ーズのファンへのサービスも満点だよね。
すみ イギリスの女流推理作家を読むのなら、まずこれを読んでない とまずいんじゃないってくらい、あとあとの作家も影響を受けるような高水準な出来。
にえ これは読んでおかないといけない作品だよね。まあ、シリーズ のファンなら、これでやっとハリエットとピーター卿の恋愛劇がつながってくれるわけだから、とうぜん読む でしょうけど。ファン以外にもオススメ。