すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「皮膚の下の頭蓋骨」 P.D.ジェイムズ (イギリス)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
行方不明のペット探しが専門となりつつあるコーデリア・グレイの探偵事務所に、元軍人の紳士ジョー ジ・ラルストン卿が訪れた。脅迫状におびえる妻の女優クラリッサの護衛を依頼してきた。 クラリッサは、コーシイ島にある中世風の城の所有者アンブローズが復旧したヴィクトリア朝ふうの劇場で、 「モルフィ伯爵夫人」の主役を演じることになっていた。そこに一緒に行ってほしいというのだ。
にえ この本は、前に紹介した『女には向かない職業』の女探偵コーデリアが主人公。
すみ 若くて猫系の美人、経験不足だけど頭は切れる、愛情たっぷり には育てられてないから、ちょっと内にこもるようなところのある性格の女性よね。
にえ プロとして、感情を抑え、自制することを強く意識してるけど、 本当は他人を思いやろうと一生懸命なのよね。それがけなげで痛々しいほど。でも、若いからまだ他人の心 の底までは見通しきれてないところもある、これはしょうがない。
すみ で、依頼してきたジョージ卿は、元軍人だからシャキッとして て、怖そうに見えるけど、ちょっとやさしそうでもあるよね。
にえ そのへんは、なかなか見えてこないよね。こういう人とは長い つきあいが必要なのかも。いまだに右翼系の組織で活動しているみたいだし、なかなか裏は多そう。
すみ その点、奥さんはわかりやすいよね。わがままで、気分がコロ コロ変わって、視線ひとつで男をおとせると思ってるようなイヤな女。ちょっとパッとしなくなった女優。 勘はいいけど頭は悪い。
にえ P.D.ジェイムズはこういう登場人物が好きだよね。ありが ちな人物設定、あまり奇をてらわない。
すみ ストーリー重視だからだろうね。あまり特徴のある、魅力的な 登場人物はあえて作らないようにしているような印象があるかも。
にえ コーシイ島の城主はちょっと太めの、ユーモアが好きそうな顔 をしたアンブローズ。この人はじつは大ヒットしたミステリーの作者でもある。
すみ で、骨董品蒐集が趣味みたいね。とくに好きなのは、歴史に残 る殺人鬼の遺品とか、デスマスクとか、そういう悪趣味とすれすれの品。
にえ 城じたいも、惨殺事件の過去があったり、大量の頭蓋骨を集め た部屋があったりして、ちょっと不気味よね。
すみ でも、アンブローズはこの城をとっても愛してるの。ちなみに、 クラリッサとは幼なじみ。なんとなく嫌っているようだけど。
にえ あとはアンブローズの執事ムンターとその妻。ムンターも 典型的な執事タイプ。隠した高慢がチラチラ見える慇懃な態度のやつ。
すみ それに、クラリッサのいとこで不美人、教師を辞めて妻子のあ る男性と本屋をやりはじめたけど、うまくはいっていないローマ。じつはクラリッサを恨んでいるんじゃな いかとも思えるけど、感情を出さない付き人トリイ。
にえ トリイは三世代に渡って、クラリッサの家の乳母をつとめてる のよね。根が生えたような主従関係。
すみ ピアニストを目指している、クラリッサの養子サイモン。 サイモンはクラリッサの前の夫の息子。どうやらクラリッサは、サイモンの父親を母親とサイモンから 奪い取った。それがもとで、両親をクラリッサに殺されたようなもの。
にえ でも、今ではお金のかかる学校に入れてもらって、音楽学校に 進学させてくれようとしている。恨みと感謝で気持ちは複雑なのよね。
すみ あとは演劇評論家のアイヴォ。アイヴォは癌で死にかけている のが誰の目にもわかるほど。クラリッサとは過去に愛人関係だったみたいだけど、今じゃ見向きもされてない。
にえ そういう人たちがいる城で、殺人が起こる。言いたくないけど、 表紙の紹介に思いっきり書いてあるからしょうがない。殺されたのは、当然クラリッサです。殺人までに かなりのページが割かれてるから、誰でも予想できることだけど、隠しててもよかったような気はするけどね〜。
すみ まあしょうがないよ。ミステリーだから、なにを推理するのか ぐらいは書いておかないと売れないと思ったんでしょ。
にえ 顔をメチャクチャにされた惨殺。なくなった宝石箱はどこに、 しつこく送られてきていた脅迫状に書かれた文章の意味するものは〜ってな感じの話。
すみ 脅迫状はクラリッサが出た芝居のセリフが利用されてるのよね。 死とか、殺とか、そういう単語が混じったセリフを書いて、棺桶の絵をつけてって、趣味の悪い脅迫状。
にえ それにしてもさ、私は最後の10ページぐらいを読むまでは、 これってもしかして、殺人とか推理とか抜いたら、ただの平凡な小説なんじゃないの?と思ってしまった。
すみ うん、最後の最後でガ〜ンと思ったよね。そうか、それが書きたかったのかって。
にえ ひとことで言えば、罪悪感ともうまく折り合いをつけて生きつ づけることのできる人間の恐ろしさ。言われてみれば、ああ、この人も、この人も〜。
すみ イギリスらしく、「主」と「従」の人間関係の恐ろしさもあっ たよね。崩壊していくことで、本心が見えてくる。
にえ ホント、人間って怖いって思わせる本だったよね。
すみ ちなみに、かためではあるけど、話はわかりやすい。なのだけ ど、600ページ近くあって、ずっと前に出てきた伏線があとで重要になったりするから、読むなら一気に 読んだ方がよろしいかも。