すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 スティーヴン・ミルハウザー 「三つの小さな王国」 (アメリカ)  <白水社 白水Uブックス> 【Amazon】
テイストの違う3つの中編を収録している。
にえ 全体的に、ちょっと文章が硬質的な気がしたけど。
すみ 『イン・ザ・ペニー・アーケード』に比べると、ちょっとかたいかもね。でも内容としては、いかにもミルハウザー的といえる3編、ミルハウザーっていうのは、 こういう作家かってわかりやすいと思うよ。
にえ ファンタジックな感じのする題名のわりに、ストーリーも 他の本で感じたような幻想的な柔らかさは少なめだったけどね。
すみ そうだねえ、少年が主人公の作品がなかったからね。
にえ とはいえ、ちょっと冷たい印象もあったけど、研ぎ澄まされた、 完成度の高い中編3編でした。
<J・フランクリン・ペインの小さな王国>
写真の現像師を父に持つジョン・フランクリン・ペインは、幼い頃から絵を描くことが好きだった。 彼はやがて似顔絵描きになり、十セント博物館のポスター描きとなり、新聞に連載漫画を持つまでになった。 愛する女性と結婚し、娘を持ち、郊外に家を持ち、親友をつくり、ジョンの生活は充実しているはずだっ たが、ジョンは漫画の新しい表現方法であるアニメーションに惹かれていく自分をとめることはできなかった。
にえ これはちょっとだけ昔、普通の映画の前に、十分ていどの アニメーション映画が流されるようになった頃の話。
すみ ミッキーマウスが生まれたのが1928年、ジョンがアニメ ーションを作り出すのが1920年、だからほんとの初期も初期の頃だね。
にえ ストーリーはミルハウザーの天才シリーズって言いたくなる、 一連の作品群に類似してる。なにも求めず、目標があるわけでもなく、ただひたすら、アニメーションをつくらずにはいられない主人公。
すみ セルとか使わないで、背景からなにから、一枚ずつ仕上げていくんだよね。これはスゴイ枚数。
にえ 出来が気に入らなければ、二千枚ぐらいは平気で描きなおしちゃうしね。
すみ ジョンのつくる、幻想的で柔らかなアニメーションと、 それぞれが正しいと信じた道を行くがゆえの人間関係の悲しい摩擦の対比が、とにかくすばらしい。
にえ ジョンの娘ステラの思いがけない大人びた一言が印象的だったな。
すみ アニメーションのために、人生の他のすべてを失ったかに見え たジョンが最後に何を得たのか……。甘美なラストが印象的でした。
<王妃、小人、土牢>
美しい王妃を愛する王は、あまりにも平穏な生活ゆえ、親友である辺境伯と王妃の裏切りを疑わずには いられなかった。
にえ これは段落ごとに題名がつけられ、城や町の描写だったり、 物語が進行していく、文章の紙芝居のような手法を使った作品。
すみ しかも、語り手が、伝説となって語りつがれている王と王妃と 辺境伯と小人の物語を検証しつつ、語っていく。
にえ 絵のない紙芝居は、私の頭のなかで、どこまでもどこまでも美 しくなっていくのであった(笑)。耽美な世界にはまってください。
すみ なにげに、嫉妬深い王や、他人の思惑を巧みに利用する小人な どの心理描写も繊細かつ崇高で、いかにも伝説のなかに息づく人々ってかんじ、オミゴトでした。
<展覧会のカタログ ─エドマンド・ムーラッシュ(1810〜46)の芸術>
天才画家エドマンド・ムーラッシュには、一生をかけて彼に尽くす妹エリザベスの存在があった。 エドマンドの親友ウィリアム・ピニーとその妹ソフィアは、やがてムーラッシュ兄妹と不思議な愛憎関係を 結ぶことになった。もつれていく四人の関係は、どのような結末を迎えるのか。
にえ これは、現存するエドモンドの絵を一枚ずつ紹介していく という手法で、彼らの人生を綴っていくという手法をとっています。
すみ 一連の天才ものとは、ちょっと違ってるよね。もっと残酷な、 おそろしげな雰囲気がたちこめてて。
にえ エドモンドの絵も、おどろおどろしいものが多くて、彼らの 関係が悪い方向にどんどん進んでいくとともに、絵も暗さを増していく。
すみ 黒く塗り込められ、その下から浮かび上がってくるような肖 像画や風景、想像するだけで寒気がするよね。
にえ 兄が二人に妹が二人、普通の人たちなら幸せな二組のカップル が成立しそうなものなのに、芸術家が相手ではそうもいかないのよね。
すみ どんどん鋭敏になっていく女性二人の心理が怖い。