すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
「エドウィン・マルハウス」 スティーヴン・ミルハウザー (アメリカ) <白水社 単行本> 【Amazon】
ウォルター・ローガン・ホワイト氏は、コロンビア大学近くの古本屋で、『エドウィン・マルハウス  ─あるアメリカ作家の生と死(1943─1954) ジェフリー・カーライト著』という本を見つけ、 その素晴らしさを世に知らしめんため、復刻版の出版におおいに貢献した。これは、かの有名な小説『ま んが』の著者エドウィン・マルハウスの伝記である。エドウィンはアメリカ文学史上に名を残す不朽の名作 『まんが』を十歳で書き、十一歳の誕生日に亡くなった。ジェフリー・カーライトは、エドウィンの隣の 家に住んでいた幼なじみの少年で、この伝記は彼が十一歳のときに書いた作品である。
にえ というのが前書きの要約です。本編はすべて、この伝記、つま りジェフリーの書いたエドウィンの伝記ということになってます。もちろん、本当の著者はミルハウザーだ けどね(笑)
すみ ジェフリーは生まれたときからエドウィンの隣人であり、親友なの。
にえ 本編の伝記は、11歳の早熟にして聡明な少年が、世にある伝 記の形式にあくまでこだわって書いたという設定。そのため、エドウィンの11年の生涯を「幼年期」(0〜5歳)、「壮年期」(6〜8歳)、「晩年期」(9〜11歳)と分けてある。
すみ しかも、エドウィンが赤ちゃんの頃の足形や手形を参考図とし て掲載していたり、エドウィンが読んだ絵本の題名、エドウィンが見たアニメーションの題名、などが 参考資料として連記されていたり、口調も伝記作家らしく分析的で硬質になってるし、これはもう真面目 すぎるために滑稽でもあり、裏を返すと皮肉でもあるよね。
にえ じゃあ、子供が書いた伝記っていう形をとった変わり種のユーモア小説かというと、そうではないの。
すみ エドウィンという個性的な少年の観察日記、でもないよね。じゃあ、なんでしょう?
にえ 最初から順を追っていきましょう。ジェフリーは知能が高く、きわだった記憶力の持ち主。だからまだほんの赤ちゃんの時のエドウィンの描写からスタートします。
すみ エドウィンの母親は、ちょっと心配性でやさしい人、父親は 大学教授で、知識が豊富なだけではなく、とってもユーモアのある愉快な人、エドウィンは成長が遅いのか と心配させるような、それでも愛らしい赤ん坊。
にえ たいするジェフリーは、最初っから利発で、もう将来の成功が 約束されたような赤ちゃん。
すみ うん、ジェフリーはあくまでも伝記作家という態度を守るから、 極力自分のことは書かないようにしてるんだけど、そういう知能の高さはチラリチラリとのぞき見える。
にえ ジェフリーと比べると、エドウィンは平々凡々な子供に思えて くるよね。
すみ で、エドウィンは絵本に夢中になり、漫画に夢中になり、 アニメーションに夢中になり。
にえ 学校に行って初恋をして、優等生の自分とは正反対の不良の友だちを作ったりして。
すみ 妹が生まれて、ちょっといじめたり、かわいがったり。家庭 新聞を作ってみたり、ゲームに夢中になったり。
にえ ってこうやって単純にストーリーを説明すると、ああ、わか った。ごく普通の少年の成長を瑞々しい感性と文章で書きつらねたステキな小説でした、読んでね♪ と なると思うでしょう? それも違うんだな〜。とんでもないよっ。
すみ その、どうとんでもないかを説明するのが大変だ。まず文章は 鮮烈、圧倒、震撼、驚愕……なんて言えばいいのか(笑)
にえ たとえば、私たちの子どもの頃に見たルーニーチューンズ (「トムとジェリー」とか「バックスバニー」とか「ロードランナー」等々)のようなアニメーションが、 ジェフリーの文章で再現されると、それはもとのアニメーションよりも色鮮やかでくっきりとした映像に なって、読んでいる私はもう眩しくて、瞬きしながらドキドキしてしまうの。
すみ 風景の描写もすごいの。「つらら」を「透明な洗濯ばさみ」み たい、「芝生」を「緑色のセロハン紙」みたい、なんて譬えがたっくさん出てくるんだけど、それがまた 文章になると、詩的な、絵画的な、なんてパステル系の中古ノスタルジックを突き抜けた、原色の 目新しく鮮明な美しさよね。
にえ 登場人物の紹介も、普通の作家が書けばただ平凡な人になり そうなのに、ジェフリーが書くと強烈な個性になってしまうし。
すみ そう、なにげない会話も火花が散るようだし、なにげない行動 も崇高で神秘的なものになってしまう。
にえ 最初はのんびりとしているようだった物語も、じょじょに緊張 感を増していって、最後のほうはもう読んでて息もできなくなってくるよね。
すみ エドウィンの天才としての精神の脆さが表面化されていくし、 予告された死は迫ってくるし、ジェフリーの文章は鋭利な刃物のように冴えわたってくるし……。
にえ とまあ、私たちがいくらしゃべっても、この本の不思議な感触 は伝わらないだろうな。
すみ これがミルハウザーのデビュー作。だけど、ぎっしり文章が 詰まっててるうえに、戸惑ってしまうような内容だから、ミルハウザーの短編集を先に読んで、どんな作家 さんかわかってから、この本を手にしたほうがいいかもしれない。
にえ たぶんこの本は、ある人にとってはバイブル的に大切な一冊と なるし、ある人にとっては読みづらく退屈な本になってしまうんじゃないかな?
すみ 私にとっては、ちょっとこりゃ半端な小説はこれから読めない よってくらいの強い印象。内容に似かよったところのあるアーヴィングの『オウエンのために祈りを』、 あっちのほうがストーリーから登場人物まで派手だけど、個人的にはこの本のほうが小説としてずっと格上 だと思ってしまった。そういう比較はよくないのかもしれないけど、それくらい絶賛したい。