すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「最後の物たちの国で」 ポール・オースター (アメリカ)  <白水社 白水Uブックス> 【Amazon】
行方不明になった新聞記者の兄を捜すため、アンナはある国に入った。そこは政権が安定せず、 治安が乱れ、出国さえままならない国だった。その国では、人々は住む場所をなくして街をさまよい、 暴力は日常茶飯事、騙しあい、奪いあい、殺しあい、記憶までもが消えていく。道に落ちた物を拾い、 再生業者に売ることを仕事にしたアンナは、やがて様々な人々との出会いと別れをくりかえす。
にえ 私たちにとっては、初オースターだね。
すみ ただ、この本みたいな女性を主人公にした小説は、オースターには珍しいみたいだけど。
にえ それに、アンナが書いた手紙って言う形式になってるから、 全編が「ですます調」なのよね。
すみ 受けとって読んでいる人の姿がチラッと見える著述がわずかに あるけど、その人とアンナとの関係ははっきり書かれてないのよね。
にえ たぶん、アンナが変な国に行く前の恋人じゃないかと思うんだけど。
すみ その変な国って言い方もなんだと思うけど、それしか言いようがないよね。
にえ うん、国の名前はもちろん、場所も時代も、な〜んにもわかん ない、どこかにありそうな国っていうよりは、近未来を舞台にしたSFのような不可思議な国なのよね。
すみ 海岸に高い壁を築こうとしたりして、政府っていうのも現実味がないしね。
にえ ただひたすら、子供も生まれず人は死ぬばかり、物も消え ていき、記憶も消えていき、ゼロに近づいていくだけの架空の国。雰囲気的にはヨーロッパの北のほうって かんじがしたけど。
すみ 冒頭が説明なしで、けっこう長めの情景描写になってたでしょ。 現代詩人の空想叙情詩みたいだったよね。
にえ あのままストーリーもなく、情景描写だけだったらどうしようかと思った(笑)
すみ リアリティーを求めてもしょうがない、悪夢のような、 雰囲気だけが前面に出てヒシヒシと伝わってくる設定だよね。
にえ そうそう、それで「ですます調」だから、登場人物もぼやけ てたら、本当に詩か寓話の世界。
すみ でも、登場人物はリアルだから、ぐぐっと現実味を増して、 全体もひきしまってた。このあたりが非常におもしろかったと思うよ。
にえ 主人公のアンナがまずいいよね。いかにもアメリカ的な女性。 自分を美化してなくて、善人ぶらなくて気持ちに正直、共感をおぼえやすいんじゃないかな。
すみ もともとは家も裕福で美人に生まれ、なに不自由なく暮らして いたのよね。それが飢餓と危機にあふれた絶望の国で暮らすことになっちゃう。
にえ だから、ボランティアを見れば偽善なんじゃないのと疑うし、 屈辱を受ければ負けずに抵抗する、自分の行動についても、こういうやましい本心があったのよって 内省的な記述も多いしね。
すみ 強い意志を持って突き進んでいくんじゃなくて、時に希望を持 ったり、失望したりするでしょ、そういう無理のない等身大の姿があったからこそ、アンナの経験を自分の ことのように感じて読めたな。
にえ オースターを紹介するときって「喪失感」って言葉がよく使わ れるでしょ、だからやるせなくなるような感傷的な記述ばかりが続いてくのかなってちょっと敬遠してたん だけど、ぜんぜん違ったよね。
すみ うん、地に足のついた共感しやすい人物設定もそうだったけど、 ストーリーも起伏があって出来事を追っていけるおもしろさがあったし、読みやすかったよね。
にえ 善と悪にくっきり分かれているような夫婦とか、すべてを達観 したようなユダヤ教のラビとか、オペラの真似をする頭のおかしい女とか、脇の登場人物も個性があって よかったし、希望を捨てないラストもよかったな。
すみ 暗くて滅入るような話ではなかったよね。設定も、私たちは最 近『白の闇』とか『人類の子供たち』とか、ちょっと似た感じの小説が続いちゃったから損したけど、その へんを読んでなかったらかなり新鮮だっただろうしね。
にえ でも、勝るとも劣らずでこの本も秀作でした。読んでよかった〜。