すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「サーカスの息子」 ジョン・アーヴィング (アメリカ)  上・下巻 <新潮社 単行本> 【Amazon】〈上〉 〈下〉
ボンベイ生まれのインド人であるファルーク・ダルワラは、カナダで整形外科医として成功しているが、 遺伝の研究のために数年に一度故郷に戻り、サーカスの小人の血を集めている。ボンベイでは、地元の英雄 的医師であった父の代から会員であるダックワース・クラブを、疎外感からの避難所のように利用していた。 そんなファルークには、じつはもう一つの顔があった。インドで爆発的な興行成績をあげながらも、 なぜか誰もに嫌われているアンチ・ヒーロー映画『ダー警部』シリーズの覆面脚本家である。 ダー警部を演じるのは、ファルークが息子同然に愛してやまないジョン・D。 ハンサムな顔と、冷たい笑みが魅力のインド人には見えないが、半分はインド人ということになっている スイス在住の俳優。そんな二人が通うダックスワース・クラブのゴルフ場で殺人事件が起きた。どうやら その犯人は、売春街では娼婦を殺して腹に象の絵を残すという、連続殺人犯と同一人物のようだ。捜査に乗り出す二人を待つのは?
にえ な、な、なんと、アーヴィングがインド人を主人公にして、 インドを舞台にして書いたミステリー小説ってことで読んでみましたが。
すみ まず、ミステリーではないよね。アーヴィングを知らなくて、 ミステリー小説だと思って読んだ人がいるとしたら、絶対「なんだこりゃ〜」と叫んだと思う(笑)
にえ 連続殺人は起きるけど、ほとんどのページが別の話で占領され てるからね。
すみ 連続殺人にしても、犯人はあっさり判明するし、そこから捕ま えるまでも、謎解きとか、ドキドキハラハラってのもないしね。
にえ で、インド人が主人公ってことなんだけど、主人公のファ ルークは17、18歳ぐらいからずっとインドから離れてて、たまにインドに帰るていどだから、 インド人らしくないインド人ってことになってる。むしろ、インド人であることに違和感を感じている人 なのよね。
すみ 生まれてから17、18歳ぐらいまでインドにずっといて、 インドを故国と思えないってことは、ちょっと考えづらいんだけど、まあ、それはよしとしましょう(笑)
にえ え、舞台はインドなんだけど、主に登場するのはイギリス人が たくさん混じっている紳士淑女クラブであるダックワース・クラブの中、あとはサーカスや修道院といった 特殊な場所。おお、インドだ〜、インドを描写してる〜って感じではないよね。
すみ 結論としては、いつものアーヴィング作品だったってことで(笑)
にえ そう、いつものっていうより、いつも以上にアーヴィングらし い作品だったよね。
すみ 登場人物が特にね。主人公ファルークは、自分の故郷がどこか わからなくなっている、心やさしいお医者さん。
にえ アーヴィングの身内の話とか見ても、医学関係の人っていない んだけど、アーヴィングは医学界にやけに詳しいよね、これは私たちには謎。
すみ それに、ちょっとハードボイルドタッチのこわもての小人、 性器を去勢した男の娼婦たち、同性愛者たち、身分の高いけど露出狂の婦人、尻軽の女優、耳から紫色の 汁を出してる映画監督、大女、などなど、いかにもアーヴィングが好んで書きそうな、変わった登場人物の オンパレード!
にえ あとさあ、アーヴィングの小説は人が死にすぎだ、なんて 最初の頃はよく言われてたけど、この本はそういった意味でも極みだよね。なんといっても、連続殺人犯が 殺した娼婦だけでも70人、これは新記録でしょう(笑)
すみ ミステリーではないにしろ、連続殺人犯はなかなか強烈な 悪キャラで、迫力あったよね。
にえ で、それ以外の話っていうのが、尻軽女優の捨てた息子ジョ ン・Dに、やたらとしゃべりまくる単細胞な狂信家イエズス会修道士の双子の兄弟が現れたり、足に障害 のある少年をサーカスに売り込んだりと、これまた楽しい話をつめこめるだけつめこんだって感じ。
すみ ちょっと現実部分にたいして回想部分が多すぎたり、前後の つなぎがちょっとギクシャクしたりするのが気にならなくもなかったけど、そこはまあ許そう(笑)
にえ これだけ詰めこめば、しょうがないかもね。とにかくおもし ろくって、愛せる登場人物がたくさん出てきて、みんなの過去のエピソードやらを語りつくしてくれるんだから。
すみ ほんとね。そのへんの楽しませ方は、いかにもアーヴィング らしいし。私はこれからはアーヴィングってどんな作家って訊かれたら、この本を読んでっていうかもし れない。
にえ グロテスクだけど愛のある登場人物たちに、非現実的だけど リアリティのある出来事の積み重ね、アーヴィング作品の総決算みたいな本だったよね。
すみ とくべつ共感できる登場人物がいるとか、涙もののエピソード があったりはしないんだけどね。でも、楽しく読めた。
にえ そうだね、感傷的な部分っていったら、登場人物のうちの何人か の、自分がどこにも所属できていないってところなんだけど、幸せな家庭のある人だったりするから、 ちょっと贅沢な悩みに見えちゃったりするからね。
すみ まあ、単純にインドっぽかったり、ミステリっぽかったりする 味つけのきいた娯楽作品として読めば、めいっぱい楽しめるんじゃない?
にえ うん、登場人物が善は善、悪は悪で区切られてるし、最愛の人 が死んだり、裏切ったりとか、そういう気がめいるような出来事もなかったし、単純にアーヴィングの世界を 楽しめる本だった。