すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「夏の涯ての島」 イアン・R・マクラウド (イギリス)  <早川書房 単行本>  【Amazon】
SF・ファンタジイの設定を用いながらも、叙情的な作風で多彩な人間模様を描き出すイアン・R・マクラウド(1956〜)の中短篇小説7篇を収録。
帰還/わが家のサッカーボール/チョップ・ガール/ドレイクの方程式に新しい光を/夏の涯ての島/転落のイザベル/息吹き苔
にえ 一冊の本にまとまった形で日本に紹介されるのは初めての作家、イアン・R・マクラウドの中短編集です。
すみ すっごい不思議な感覚にならせてくれる本だったよね。設定じたいはモロSFだったり、かなり変わった世界だったりするのに、そこに頼らない読む喜びを与えてくれるというか。
にえ うん、小説じたいは人と人との関係性とか、心の機微とか、うねりのあるストーリー展開、それに独特の哀愁やら美しさのある雰囲気に酔わせて読ませてくれるんだよね。
すみ そうだね、不思議な世界をあまり不思議じゃなく書く方、不思議世界に驚きがない面白さのある小説って印象なんだけど、そこがセールスポイントってわけじゃないんだよね。小説じたいは、SFとかファンタジーとかの枠から外れたところで味わい深いの。
にえ どれもそれぞれに美しかったし、読みごたえがあったよね。最初の「帰還」と次の「わが家のサッカーボール」を読んだ時点では、なるほど、こういう作家さんか、というのがあったんだけど、その次の「チョップ・ガール」からはその予想を超えてきて、わ〜、凄いな、この方と思いはじめたかな。
すみ 表題作も素晴らしかったし、シリーズ物になっていくらしき最後の2篇も良かったし、もっと読みたいと心から思える内容だった。SF好きでも嫌いでも、ファンタジー好きでも嫌いでも、男性でも女性でも、相手を選ばずオススメしたくなる本ですってことで。
<帰還>
異星人の住む未知の惑星、謎の並行宇宙へと連れていってくれるはずであるブラックホールへと入っていった、有名な12人の宇宙飛行士は、何度も何度も地球に戻ってきて、自宅へ戻って家族に会い、同じ会話を繰り返した。
にえ どこかまったく知らないところへ行って、ものすごいものを見聞きして帰ってくるはずの人たちがブラックホールを抜けて普通に地球に戻ってくるだけという繰り返しにっていうお話なんだけど、なんか戻ってくるたびになにか違っているような違和感があって、同じ地球なのかどうなのか。そういう違和感とか、他の人たちとずれていくことの孤独感とかに、なんともシミジミさせられてしまう作品だった。
<わが家のサッカーボール>
父さんがケンタウルスの格好で帰ってきたとき、ぼくと妹のアンはキッチンでネズミになって走りまわっていた。ぼくたちがガレージで見つけたサッカーボールで遊ぶようになった頃から、母さんはどんどんミツユビナマケモノ化していって、もう戻れなくなってしまった。
すみ これは人がいろんなものに変身するのが当たり前の世界でのお話。普通なら賑やかで突拍子のない世界が描かれそうなものだけど、そんなことはどうでもいいとばかりに家族の物語がしんみりと描き出されているの。でも、変身の設定はフルに利用されているんだけどね。
<チョップ・ガール>
第二次世界大戦中、青春時代を迎えていた私は、空軍婦人補助部隊員として働くことになった。素敵な男性に囲まれて、今までとはまったく違う暮らしができると期待していた私だが、いつしかチョップ・ガール(人殺し女)として恐れられるようになってしまった。世界幻想文学大賞短篇部門、<アシモフ>誌ノヴェレット部門受賞作。
にえ これは幻想もの。といっても、最後のほうにならないと、幻想的な要素は出てこないんだけど。チョップ・ガールと呼ばれた女性と、幸運の申し子のように思われているパイロットの男性の短い、でも忘れがたい触れ合いを描いたお話。これは読んでる最中も読後もジンジン来たなあ。第二次世界大戦中の空軍の雰囲気もすごく伝わってきて、素晴らしかった。
<ドレイクの方程式に新しい光を>
ナノテクによる人体改造で、多様な言語を使いこなすことも、空を飛ぶことすらも可能になった現代、フランスのある地方の山の上に住むトム・ケリーは、もう誰も期待していない異星からの交信を待っていた。
すみ これは古くからのSF小説ファン心をくすぐる内容だったり、どんどん先へ行ってしまう女性と同じところにこだわりつづける男性の結ばれるはずのない恋心をせつせつと描いていたり、ノスタルジックな青春時代の回想が郷愁を誘ったりと、なかなか味わい深い作品。ただ、そのへんで共感できないと、長めでちょっとスローな流れがモッサリと感じてしまったりするかも。というか、しました(笑)
<夏の涯ての島>
1940年、チャーチルの後を引き継いでイギリスの指導者となったジョン・アーサーは、親しみやすさとカリスマ性で人気を集めながらも、隣人の密告が常識となる恐怖政治によってイギリスを支配していた。オックスフォード大学で教鞭を執るジェフリー・ブルックは、若き日のジョン・アーサーを知っているということが最大の武器となっていたが、ゲイとして生きる恐怖がそれで消されることはなかった。世界幻想文学大賞ノヴェラ部門、サイドワイズ賞短篇部門受賞作。
にえ これは私たちがいつもかってに「IFもの」と呼んでいる類の小説。チャーチルのあとのイギリスがジョン・アーサーという男によって支配され、ファシズム政権のもと、ユダヤ人や同性愛者などが迫害され、他の人たちも密告に怯えながら暮らしているの。そんな中、異例の出世を遂げた、今は老人となったジェフリー・ブルックという男性が知る秘密とは? そして、密かに決意した行動とは? というお話なんだけど、これは素晴らしく良い小説だった。まさに世界幻想文学大賞にふさわしい内容だし。
すみ 創り上げられた世界観に静かな迫力があったよね。次第にわかっていく謎にはかなりの衝撃があって、ストーリー展開にも引き込まれるし。ゲイの話だったりもするけど、ふだんゲイものは苦手って方もこれは大丈夫じゃないかな。拒否反応おこしそうなところはないし、不思議なくらい共感できてしまう。
<転落のイザベル>
遠い昔と呼ばれる時代、<10001世界>のすべてが出会う巨大な<島々の都>であるゲジラーに生まれたイザベルは、<夜明けの教会>の巨大な光塔で歌う<夜明けの歌い手>の一人であったが、なぜか彼女だけは、見習いのあいだの儀式で視力を失うことはなかった。
にえ これとこの次の「息吹き苔」は<10001世界>ものという、同じ世界を舞台としたシリーズもの。短篇集のなかに何編かだけシリーズ物が紛れこんでるのって個人的には好きじゃないんだけど、このシリーズ、まだこの2作品しかないそうで、どちらも素敵で、もっと読みたくなる内容だったから、まあいいか(笑)
すみ こちらのお話は、古くからの伝説となっているらしきお話なんだよね。盲目であるはずの<夜明けの歌い手>なのに視力を失っていないイザベルという女性、司書のゲニヤという女性の、キラキラとした美しい出会いと触れ合いが招いてしまう不幸の物語。せつなく、残酷なんだけれどキレイな季節のお話でもあった。
<息吹き苔>
ハヤワン(乗獣)に跨り、3人の母親と山を下りたジャリラは、海岸地方のアル・ジャンブの町で暮らすことになった。アル・ジャンブは小さな町だったが、ジャリラにとっては初めて多くの人たちに囲まれての生活だった。そこにはさまざまな地方から移り住む人々がいて、エイリアンもいたし、二人の男性の父子までもが住んでいた。<アシモフ>誌読者賞ノヴェラ部門受賞作。
にえ これも<10001世界>もの。お気づきの方も多いでしょうが、<10001世界>は「千夜一夜物語」の影響も色濃くて、アラビア世界からはほど遠いけど、アラビアーンな雰囲気の小物が効いた世界だったりするの。
すみ 科学はそうとうに発達しているけど、文化は前時代的な雰囲気濃厚って感じだよね。学校とかはないし、会社で働いたりとかってこともないみたい。科学の発達は異星間の交流が盛んで、それによってもたらされたものみたいなんだけど。
にえ 女性が多いってのも特徴だよね。人類の大部分が女性。ジャリラにも3人の母親がいるように、この世界では女性同士が愛し合い、2人とか3人とかで同居して家庭を築き、子育てをしたりしているみたい。
すみ 地球じゃないんだよね。でも、大切な過去の記憶として、地球の文化は残ってるみたいで、「千夜一夜物語」じたいも語り継がれていたりして。
にえ とにかくまだまだわからないところの多い世界だよね。でも、この一作でだいぶイメージ的なものは固まってきたかな。で、このお話は主人公の少女ジャリラの成長の物語なんだけど、美しい少女ナイラとの恋があったり、カラルという少年との出会いがあったり、さまざまな町のイベントがあったり。
すみ でもさあ、爽やかな青春ものかと思いきや、かなり苦味の利いた展開になっていて、読ませてくれた。読後には長編小説一編読み終わったような満足度だったし。さまざまな自然と科学が融合したような景色の描写も良かったな〜。もっと長く読んでいたいと思わせてくれました、はい。
 2008.2.24