すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ラナーク 四巻からなる伝記」 アラスター・グレイ (イギリス)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
汽車の中で記憶をなくしていることに気づいた青年は、持ち物の中から身元があかされそうな物を捨て、見知らぬ場所に降り立った。そこは太陽のない、時間もわからないところだった。青年はラナークと名乗り、いくらともわからない手当をもらって部屋を借り、そこに住むことにした。
にえ 多くの作家に影響を与えたスコットランド文学の奇才の代表作、ということで読んでみました。というか、読まずにはいられませんでした(笑)
すみ おもしろかった……よね?(笑)
にえ うん、おもしろかった。というか、予想したよりずっとずっと読みやすくて、普通におもしろく読めるのがちょっと拍子抜けって感はあったけど。
すみ そうね、読む前に身構えすぎたかも。読みはじめの感じからも、これはもう物語の破綻をさらに超えたところまで行っちゃうような、と思ったら、意外とまとまってたりもして。
にえ 普通ではないんだけどね。ただ、無茶な話のようで、執筆25年というだけあって、けっこう練られてたし、第1巻、第2巻で現実的な話になってトーンダウンしたりもするから、ああ、そうか、なるほど、なんて妙に落ち着いて感心したのが予想外だったかな。
すみ うん、第3巻でどうなることやらと思ったけど、第1巻と第2巻で落ち着いて、そのあとの第4巻はまとまりを感じたね。この小説は第3巻から始まるんだけど。
にえ 第3巻は、記憶をなくし、ラナークと名乗る謎の青年の話なのよね。ラナークが降り立ったのは、太陽も見えなくて昼も夜もなく、時間もわからない都市。
すみ 働かなくても、たっぷり手当がもらえてダラダラ暮らしていけるんだけど、そういう生活を送っていると、だんだんと体の一部から竜のようになっていく「竜皮」とか、「口」とか「軟化」とか、「囀り硬直」とかいう病気になっていくのよね。
にえ それどころか、突然、人が消えてしまうという現象がたびたび。ラナークはそこで、やたらともてるスラッデンという男性と友達になったり、なんだか扱いの難しいリマという女性と恋人らしき関係になったりするんだけど。
すみ ラナークは最初のうち、なんだか凡庸な青年みたいに感じるんだけど、殺人の記憶みたいなものがあったりして、だんだんと何者?って感じがしてくるのよね。
にえ そのうちに、世界もだんだん変になっていくの。ここまでは迫力満点のまさに悪夢的世界で、しかも、まあ、行くところまで行っちゃうって感じだから、こっから先、どうするのよってワクワクものなんだけど。
すみ そこに第1巻と第2巻が挟まるのよね。第1巻と第2巻は、ラナークがラナークとなる前の、ダンカン・ソーの物語。子供時代から青年期までが順を追ってキッチリ描かれてるんだけど、これがけっこう鬱々とした半生なのよね。
にえ ダンカン・ソーは、画家になるという野望は持ちながらも、喘息持ちで癇癪持ち。いつも自分をこういう風に見られたいという自己顕示欲が強すぎて自意識過剰、おまけに妙に生真面目で、他人の目を気にして自然体ではいられないし、ほどほどに合わせるってこともできないから、惚れっぽいんだけど恋人もなく、本当に心を許せる友人もなく。
すみ 人間関係にも過敏すぎるのよね。常に張りつめた精神で意識しすぎているせいか、ちょっとしたことでも深く傷ついてしまうような。それでいて、常に自分、自分だから、他人を傷つけていることには気づきもしなくて。
にえ 両親や妹は普通の人なんだよね。だから、ダンカン・ソーに合わせるのはちょっと辛いというか、理解することもちょっと諦めてしまっているような。
すみ そんなダンカン・ソーの生き様を細やかに追っていくから、まあ、けっこう息苦しくはあるよね。最後の最後になるまでは、それほど興味深い半生でもないし。ただ、どうしてそういうふうにしか生きられないの?と思ってしまうダンカン・ソーには、どこか共感してしまうようなところもあるんだけど。
にえ この第1巻と第2巻は、アラスター・グレイの自伝的なお話みたいね。ちなみに、アラスター・グレイはもともと画家で、この本の装画も、各巻の扉絵もアラスター・グレイの絵なの。んで、読んでいくうちに、「ラナーク州」なんてなにげに出てきたり、病院のシーンがあったりして、ラナークの物語との共通性に気づいて、そういうことかなと思ったり。
すみ で、第4巻でまたラナークの物語よね。行くところまで行っちゃってたお話はどこかでまとまりを見せていくんだけど、正直なところ、この古い手法はあえて必要か?なんて思ったところもあったりして。でもまあ、そこがオチで終わりってわけではないからいいんだけどね。
にえ そこの場面から起きる、この小説の盗作部分の紹介はおもしろかったよね。マル盗・ウメ盗・ボヤ盗なんて区分もあったりして。
すみ 第3巻でいったんは別れた人たちとの再会もあり、その各々の様変わりに驚いたりもしながら、第3巻でどうするのって話が、いろんな意味で、ここで結末へと向かおうとするのよね。
にえ ん〜、とにかくまあ、予想外の読みやすさが逆に物足りなさになってしまったりもしたけど、けっこう胸迫るところもあり、いろいろ考えさせられたりもしながら最後まで止まることなく読めたりもしたんで、とりあえず満足。なんだかんだ言っても、平凡な小説ではないよ。読む価値はアリアリだった。
すみ 紹介でピンチョンとか、いろいろ名前が挙げられてるけど、そこまで身構えないで読んだほうがいいかもね。身構えずに読めば、なんて変な小説なんだ、なんて面白い小説なんだと感動ものだったかも。とにかく普通に読んで、そこから深読みすると楽しいかもってことで、意外と読みやすいですよという意味でのオススメです。
 2007.12.28