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 「ベルリン1933」 クラウス・コルドン (ドイツ)  <理論社 単行本> 【Amazon】
1933年、ベルリン。あと半年で15才になるハンスは、ようやく職を得た工場へ働きに行くため、安アパートの屋根裏部屋で目を醒ました。この部屋は父の反対を押し切って事務員となった姉マルタが金を出して借りている。階下に住む両親は、母が働いているものの、左官だった父は前の戦争で負傷してから仕事を失っていた。結婚したばかりの兄も職をなくしたばかりだ。しかし、貧乏なのはハンスの一家だけではなかった。ドイツ国民の多くが職に就けず、貧困と闘っていた。そんな中、ナチ党は着実に党員を増やしていく。
にえ こちらはYA本ですが、大人もぜひ読むべき本だと勧めていただき、読んでみました。
すみ 読んでみて思ったんだけど、自分に当てはめると中学生の時とかに読むと逆にきつかったかも。大人になってから読んで正解って気がした。
にえ そうだね、政治的な話が中心になるから、小説とか映画とかである程度、戦時中のドイツのことを知ったあとで、じゃあ、どうしてドイツ国民はヒトラーを選んだの? って詳しく知りたくなってから読んだほうがいいかも。それにヤングアダルトの本だよって言われなかったら、大人向けの本だと思ってまったく疑わなかっただろうってレベルだったし。
すみ それにしても、こんなことになっていたとは知らなかったな。私はてっきり、ナチ党は当時、ドイツ国民の熱烈な支持を受けていたのかとばかり思っていたから。
にえ うん、そうでもないんだよね。1番支持者が多いのが社会民主党、2番目が共産党、その次がナチ党で、ヒトラーが首相になった時ですら、ナチ党の支持者がそれほど多いわけじゃなかったみたい。
すみ 要するに、社会民主党と共産党が喧嘩をしてて、そのすきに、というか、そこをうまく突いた形だったみたいね。
にえ でもさあ、考えさせられるよね。ドイツを社会主義国にしようとする社会民主党、共産主義国にしようとしていた共産党、そしてナチでしょ、今の時代になってからわかることだけど、どの道を歩んでも、ドイツは悪い方向にしか進まなかったんじゃないの。もちろんナチは最悪の選択だったんだろうけど、この道を選べばよかったのにという道が最初からなかったような。
すみ この本を読むと、社会民主党も共産党も、すでに上層部と、活動をしている下の党員たちのあいだに溝が入りはじめていたことがわかるし、社会民主党が政権を取っても、共産党が政権を取っても、結局は上層部の権力争いとなって、その後は…と予想が立つよね。
にえ なぜ社会民主党と共産党とナチ党という選択しかなかったかといえば、世界的な不況の中、失業者にあふれた、当時のドイツの貧しさが原因でしょう。投票する国民の大部分が貧しく、街には職のない若者達が溢れているというような状況だから。
すみ 主人公であるハンスの家族、ゲープハルト家も、そんな貧しいドイツ国民の典型のような一家なのよね。父親は失業中、母親は長年同じ職場で働いているけど、兄は結婚してすぐに失業。姉は事務員で、ハンスも15才になっていないのに働きに出るけど、これはかなり運がいいほうらしくて。
にえ ハンスが職を得ることができたのは、将来有望な体操選手だったからなのよね。工場の倉庫での仕事は望んだものではなかったけれど。
すみ 仕事もないような世の中だから、当然、社会を変えなきゃと皆が考えていて、兄のヘレは熱心な共産党員なの。父親も共産党員だったけど、数年前、党のやり方に納得できず脱党しているんだけど。そして、姉のマルタは……。
にえ 社会民主党も共産党も、ナチ党にだけは政権を取らせたくないと思っているところなのに、マルタはナチ党に入った男性と結婚しようとしているのよね。しかもそれは考え方に共感したというより、生活を向上させることが目的みたいなところがあって。
すみ マルタはとにかく貧しい暮らしから抜け出したいんだよね。もちろん、他の人たちも、貧しさからは抜け出したいわけだけれど。
にえ ナチ党員は暴力的で、とてもまともな政党とは思えないんだよね。ハンスも職場で粗野なナチ党員に目をつけられて、たびたび暴力を受けることになったりして。
すみ 姉がナチ党員とつきあっていたり、父親だけがユダヤ人の子と親しくなったりと、けっこう定番的な話というか、いかにもな展開になっていくのかな〜なんて思ったりもしたけど、そういうわけではなかった。というか、その手前で終わるというか。
にえ 重くて暗い話ではあるよね。貧しくて、しかも、家庭も社会も悪いほうにしか向かっていかず、家を一歩出ると暴力が横行して。ただ、そんな中でも若い生命力が充ち満ちていて、主人公は小さな小さな希望の光を見失わずに、前を向いて進んでいくの。
すみ 暮らしぶりとか、社会的背景とかが、ホントに克明に描かれていて、出てくる人たちのさまざまな思いもヒシヒシと伝わってきたよね。だれもがこれからの生き方の選択を迫られることになるんだけど、くじける人も、間違った方向と思われるほうに突っ走ってしまう人も、どこに行っちゃうのって人も、それぞれに理解できて、考えさせられてしまったし。
にえ 当時のベルリンの風景も鮮明に見えてきた。最後も気になる終わり方だったし。このあと、この人たちがどうなっていくのか知りたいっ。早く1945が読みたい〜っっ。
すみ そうそう、それを言ってなかった。この作品は、「ベルリン1919」「ベルリン1933」「ベルリン1945」という三部作の真ん中にあたるもので、日本では1933、1919、1945の順で出版されたの。年代順に読んでいってもいいし、真ん中を先に読んで、過去と未来をあとから知ってもいいしって感じみたいで。
にえ 3作ともゲープハルト家の物語で、1919はハンスの兄ヘレが主人公、1945はハンスの娘エンネが主人公なんだって。私たちも年代順に読むか、邦訳出版順に読むか、けっこう迷ったんだよね〜。というか、もうこうなったら、1933、1945、1919の順に読むしかないかなと思ってるんだけど。とりあえず、1933の登場人物たちがどうなったか知るまでは、落ち着いて過去を振り返れる気分じゃないよ。
すみ 著者のクラウス・コルドンは1943年に生まれて、東ベルリンで育ち、西ドイツへの逃亡に失敗して拘留され、五年後に亡命、という経歴の方だそうで、この三部作に対する思い入れの強さが作品を通してすごく感じられた。ヤングアダルト向けだからこんなものでしょう、みたいなところはまったくなくて、まさに大人の読者にもオススメの本でしたってことで。
 2007.11.11