すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「悪い時 他9篇」 G・ガルシア=マルケス (コロンビア)  <新潮社 単行本>  【Amazon】
G・ガルシア=マルケスの1958年から1962年の作品を収録。
大佐に手紙は来ない/火曜日の昼寝/最近のある日/この村に泥棒はいない/バルタサルの素敵な午後/失われた時の海/モンティエルの未亡人/造花のバラ/ママ・グランデの葬儀/悪い時
にえ こちらは<ガルシア=マルケス全小説>の1冊で、1958年から1962年の作品を収録したものです。
すみ 既存の邦訳本で言うと、集英社文庫の『ママ・グランデの葬儀』から短編8編、ちくま文庫の『エレンディラ』から「失われた時の海」の1編、で、新潮社から出ていた長編『悪い時』が入っているのよね。
にえ 「失われた時の海」はともかくとしても、他の短編8編と長編「悪い時」は絶対一緒に読んだほうがいいよってのがこの本でわかったよね。
すみ そうそう、短編を読んでから長編を読んで驚いた。ひとつずつの短編に出てきた登場人物が長編であらためて登場人物として出てきて違う一面を見せたり、短編で紹介されたエピソードが長編でさりげなく触れられていたりするんだよね。
にえ うん、短編を読んでいる時には、やるせない話ばっかりで、ちょっと精神的にしんどいな〜なんて思ったりもしたんだけど、そのあとの長編で報われた気もした。
すみ ガルシア=マルケスによって作り出された架空の町が多面的に見せてもらえることで、より深く伝わってくるような、そういう感触があったよね。
にえ あとさあ、『落葉 他12篇』に収録されていた「土曜日の次の日」のエピソードもなにげに出てきたよね。遠くの町の話みたいな感じで、死んだ鳥の雨が降ると言った司祭がいたよ、なんて。
すみ そうか、ガルシア=マルケスの小説ってこういう楽しみもあったんだとあらためて知ることができたかも。ということで、読む価値かなりありましたよってことで。
<大佐に手紙は来ない>
約束された恩給が届くのを待ちつづける大佐は、闘鶏場で銃殺された息子の遺した軍鶏に期待を寄せていた。一月に闘鶏が開かれれば、きっと軍鶏が大金を稼いでくれるだろう。しかし、恩給は届かず、軍鶏の餌のため、大佐とその夫人は飢え死に寸前だった。
にえ お金もないし、息子も死んだし、未来に希望も持てないし、息苦しいばかりのやるせなさ。それでも、すぐにこんな状況は改善されるんじゃないかなんて愚かな希望を抱きつづけてみたり、実際にちょっとした救いはあったりもして、これが人生ってものなのかしら。
<火曜日の昼寝>
老けて見える母親と12才の少女が列車に乗り、悲しげな村の駅で降りた。あまりにも暑い八月だったが、母娘は休むこともなく墓地へ向かった。
すみ これはラスト、ここで終わるのかってちょっと驚いてしまった。最小限の説明のみで全貌をチラ見させた上で、こういう切り方ができるってスゴイかも。
<最近のある日>
もぐりの歯医者ドン・アウレリオ・エスコバールのもとに村長が訪ねてきた。村長はどうしても歯を抜いて欲しいようだったが、歯医者は居留守を使おうとした。
にえ 日常の一こまを切り取ったようなお話。歯医者と村長のあいだになにかあったんだろうな、とくに歯医者にはなにか深い、憤りのようなものがあるんだろうなと思わせるんだけど、説明はなし。かなり濃く「悪い時」に内容が繋がる作品。というか、本当は「悪い時」の中に収まっているはずの一場面を切り取ったような。
<この村に泥棒はいない>
ダマソは玉突き場に押し入ったが、引出しには25センターボしか入っていなかったので、玉突きに使う玉を3つ盗んできた。翌日、村では玉突き場に入った泥棒のことで持ちきりだった。泥棒は玉と一緒に200センターボ盗んだという。
すみ やりきれなくなるほどの皮肉な結末。善悪がどうのというより、人生ってこんな皮肉なものなのかも。この玉突き場も「悪い時」に何度か出てきますよ。
<バルタサルの素敵な午後>
大工のバルタサルは、ドン・チェペ・モンティエルの息子に頼まれて鳥籠を作った。たちまち村で世界一美しい鳥籠だと評判になった。妻のウルスラは、この鳥籠なら50ペソ請求しても大丈夫だと請け負った。
にえ 幸せすらも幻だったりするのだけれど、それはそれでもう爽やかなのかなって気さえしてきてしまったりして。
<失われた時の海>
三月の夜、トビーアスは海から薔薇の芳香が漂ってくるようになったことに気づいた。妻のクロティルデはそんな香りはしなかった、トビーアスの勘違いだと言う。そんな折り、慈善家のハーバート氏が村に訪れた。ハーバート氏はなにかの見返りに金を恵んでくれるという。
すみ これはちょっと様子が違って、幻想的なお話。やっぱり哀愁は漂ってたりするのだけれどね。
<モンティエルの未亡人>
商売で稼げるだけ稼いだドン・ホセ・モンティエルが死んだ時、夫人に遺されたのは村の人たちの積もり積もった恨みだった。商売は悪くなる一方で、息子や娘たちは葬儀にも帰ってこず、家は朽ち果てていくばかりだった。
にえ これは金はあるのよ。でもスゴイ勢いで傾いてるし、やっぱり虚しく、悲しくて。ちなみに、亡きホセ・モンティエルもモンティエル夫人も、「悪い時」にタップリ出てきます。あ、この短編には ママ・グランデが。
<造花のバラ>
ミサに行くはずの朝、ミナは袖無しの服につけるはずだった袖が祖母に洗われて、まだ濡れていることに苛立った。しかし、苛立ちの本当の理由を祖母は見抜いていた。
すみ これはこの本の中では珍しく、ちょっと微笑ましいお話。まあ、状況はかならずしも良くなかったりはするんだけど、祖母がそれを超越する存在というか。
<ママ・グランデの葬儀>
92年間、マコンド王国の絶対君主だったママ・グランデが亡くなった。ママ・グランデは22才で着任して以来、結婚もせず、さまざまな催し物を行いながら、この国を統治しつづけた。
にえ これはちょっと「族長の秋」を彷彿とさせるような、どこか孤独な絶対的統治者が死んだお話。わりと漠とした感じで紹介されるんだけどね。
<悪い時>
セサル・モンテーロがパストールを射殺した。トゥリニダーはアンヘル神父にネズミを殺す砒素を買う金を要求した。町長は歯痛に苦しんでいる。そんなとき、町には悪意のこもった個人攻撃のビラが貼られつづけ、人々の気持ちは荒んでいった。
すみ 町に悪意のこもった不特定多数の個人攻撃のビラが貼られまくる中、幾人もの登場人物たちの物語が進行していくの。
にえ 町じたいが傾いていくって感があるよね。個人攻撃のビラに加えて、過剰反応としか思えない戒厳令。嫌気がさして出て行ってしまう人たち……。まさに「悪い時」よね。