すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ミスフォーチュン」 ウェズリー・ステイス (イギリス→アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
1820年、ロンドンの町はずれで、少年ファラオは始末を頼まれた赤ん坊をゴミ捨て場に捨てた。ところがその直後、薔薇と野薔薇の紋章のついた馬車が停まり、赤ん坊は連れていかれてしまった。 赤ん坊が連れていかれた先はラヴホール、イギリス一の富豪である貴族ラヴホール家の壮麗な屋敷だった。そこで赤ん坊はローズと名付けられ、ラヴオール家の唯一の跡取り娘として育てられることになった。本当は男の子であるという事実を隠して……。
にえ こちらは初邦訳の作家さんの本です。読む前には、けっこう期待と不安が入り混じってたりしたんだけど(笑)
すみ そうそう、19世紀のロンドン、壮麗な領主館が舞台、現代風にアレンジされたディケンズの世界、風変わりな登場人物や陰謀を企む親戚などのディケンズ作品の要素が満載……といったワクワクさせる紹介に加えて、著者はミュージシャンという、私たち的にはさまざまに悪い方向へ考えてしまう情報が。
にえ そうなんだよね、しょせんは有名人だから売れたってだけで、小説は奇をてらった薄っぺらい感じで終わるんじゃないかとか、まあ、がんばったね程度の読みごたえなんじゃないかとか。
すみ 先に結論を言ってしまえば、悪い予感のほうはすべて杞憂だったね。風変わりだけど濃厚で、かなり質の高い大河ドラマをタップリ堪能させていただきました。
にえ うん、暑い盛りというのに物語世界に引き込まれて、最初から最後まで夢中になって読めた。やっぱり私はこういう時代背景のある大河物が好きなんだな〜とシミジミ。
すみ わりと前半はドラマティックで、後半は謎解きって感じだったよね。前半にどうなることかとドキドキしながら読んでいたものが、最後のほうになってそういうことだったのかと驚き納得できたりして。
にえ 最初のうちから予告されてた最後の大団円も、まあ、ディケンズ風ということでOKなんじゃない? というか、やっぱりこういう物語にはこういう終わり方がふさわしいから、そこまできれいにまとまっちゃうかというところも含めてOKってことで(笑)
すみ でもさあ、サクサクとストーリーを追っていく感じかと思ったら、けっこう時間を取って心理描写されていたりとかして、なんというか、こういう小説を書き慣れた人のもったいつけがタップリあるというか、慌てずにじっくり進んでいく小説だった。
にえ そうだね。著者はそうとうな読書家らしくて、それが物語の進め方に余裕をもたらせて、それが作家としての貫禄みたいなものにも繋がっていたような。とにかくまあ、ミュージシャンだからどうのとか言っていたことについてはすべてゴメンナサイでしたよ(笑)
すみ 予告されたとおり、かなり風変わりな物語ではあったよね。捨て子が大金持ちの家で育てられるというのは、昔ながらの定石通りって感じなんだけど、問題は男の子なのに、女の子として育てられるってことなの。いや、そこじゃなくて、その後の倒錯ぶりか。
にえ 女性にしか遺産を引き継げない特殊な決まりのある家系なのかなとか思ったら、そういうわけでもないんだよね。
すみ うん、父親となるジェフロイ・ラヴオールが、幼い頃になくなった妹にいつまでも固執していて、それで拾った子供のローズを妹の変わりのように思いこんでしまうの。
にえ 母親になるのは、亡くなった妹の家庭教師だった女性アノニマ・ウッド。かなり年上ってことになるよね。でも、ローズを拾ったことで結婚したこの二人は、肉体的にはまったく結びつきがないながらも、精神的にはしっかりと結びつくようで。
すみ アノニマは女流詩人メアリー・デイの研究に熱中していて、そのメアリー・デイが性は自分で選ぶべきだと主張していたことから、とりあえずローズを女の子として育てることに同意してしまうのよね。
にえ で、ローズはラヴオール家の金庫番であるハミルトン家の姉弟、サラとスティーヴンと一緒に育つんだけど、サラとスティーヴンもローズが男の子だと知らないの。
すみ 知らないながらも、ローズを男の子に見立てた子供らしいお芝居を繰り広げたりして、このへんはゾクゾクしたね。
にえ 屋敷の外に出ることもなく、幸せいっぱいに育つローズだけど、ラヴオール家の財産を狙っていたり、なんだか胡散臭かったり、はたまた良き学者一家だったりする親戚たちがやってきたり、250人の召使いが働く屋敷内では権力争い的なものも垣間見えたりと、危機が迫っていることを常に予感させるのよね。
すみ 女の子として育ちながらも、体が男として成長していくローズは、さらに運命に翻弄され、最終的には、女流詩人メアリー・デイの作品や手書きのものがたくさんラヴホールの図書館に残っているのはなぜなのかとか、暗号で残されたラヴオール家の過去の謎とか、ローズの出生の秘密とか、そのへんに焦点が絞られていくの。
にえ とにかくまあ、古典的な魅力がありながらも古くささがなくて、最後まで引っぱられまくった。
すみ 新しさを充分に出しながらも、あえて、どうだ、斬新だろ〜みたいな無理をしなくて、昔ながらの安心感をそっくりそのまま採用してくれてあったりして、読者の気持ちがわかってらっしゃるって感じだったよね。
にえ とにかく読むことを楽しめる小説だった。そういう小説だったらいいなと期待して読んだから、それだけでもう大満足っ。
すみ 眠れない夜にもいいかもね。読んでるうちに、これ読んでいられるなら、もう寝なくていいやって気持ちになれるかも。というか、私はそうなった(笑) ということで、好きそうな方なら間違いなくオススメです。
 2007.8.6