すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「溺れゆく者たち」 リチャード・メイソン (イギリス)  <角川書店 単行本> 【Amazon】
ヴァイオリニストのジェームズの45年間つれそった妻サラが自殺した。と、警察は断定したが、 じつはサラを殺したのはジェームズだった。ジェームズは一人ソファに座り、サラを殺さずにはいら れなかった理由を語りはじめる。それは50年前、エラという魅力的な女性と出会ったことからはじ まる物語だった。
にえ これはおもしろかったんじゃない?
すみ イギリスの21歳の青年が書いた処女作なんだけど、濃厚だし、華麗だし、読みごたえ充分だったね。
にえ まず、最初の設定がちょっとおもしろいの。 老人ジェームズが妻を殺したのは、2044年で、50年前のことから語りはじめる、つまり1994年か らの話なの。
すみ ヴァイオリニストになりたいジェームズと、一流の大学を出て、 上流社会に入りこむことを息子に望む両親の確執から話がはじまるのよね。
にえ そう、ヴァイオリニストが主人公だから、クラシック音楽の 話や、どうやったらヴァイオリニストとして成功するか、なんて話も散りばめられていて、これもこの本を 味わい深くしてるところ。
すみ それからまず出しておきたい登場人物の名前が、ジェームズと は同じ年代のカミラって女性。
にえ 苦労知らずの金持ちのお嬢様で、俗物根性まるだしなんだけど、 綺麗だし、社交的で、バイタリティーがあって、とにかく楽しい女性だよね。
すみ まさにジェームズの両親が憧れるような上流社会の女性。 豪華な誕生日パーティやら、贅をつくした豪邸やら、華やかな衣装で話をいっきにゴージャスな世界へ 導いてくれます。
にえ で、エラとサラという従姉妹同士の複雑な憎しみあい。 ジェームズはこれに巻き込まれていくのよね。
すみ 二人はそっくりで、髪の色とか目の色とか、ちょっとし た違いだけ。その二人を合わせた容姿を持つのが、彼女たちの祖母。
にえ イギリスの城を持つ公爵家の夫と結婚したアメリカの女 性なのよね。
すみ そうなの、実家が城よ、城。しかも公爵家。まさにゴージャス。
にえ でも、複雑な過去を持つ家柄でもあるのよね。このために、 狂気の家系とも呼ばれてしまうような。
すみ エラとサラの憎しみあいも、それが原因。城を相続するのは 誰かって問題もあるしね。
にえ で、間にはさまれるジェームズなんだけど、もう一人、重要な 登場人物がいます。最初のうちにジェームズのために死に追いやられたとだけ説明されているエリックとい う青年。
すみ エリックはピアニストなのよね。
にえ 彼もまたスゴイ家の出身で、彼に導かれ、話の舞台はロンドン からチェコのプラハへ、そして南フランスへ。
すみ この辺の都市の描写とか、彼らが滞在する邸宅の描写とかも また美しく、楽しいませてもらった。
にえ 社会的な描写も出てくるよね。プラハの共産主義から資本主義 へ移っていく過程での問題点やら。
すみ 作者が南アフリカ共和国生まれで、13歳でイギリスに移住、 18歳から一年間チェコで暮らしてたっていうから、もともと問題意識を持ってた人なんでしょうね。
にえ 目新しさはないにしても、こちらが予測したものよりは、 かなりひねりをきかせた事実を用意してくれてるから、じゅうぶん驚けるし、話も深みがあっておもし ろかったよね。
すみ まず舞台設定や登場人物がゴージャスでしょ、公爵家の暗い 過去とか、二人の女性の確執とか、複雑にからみあう愛憎関係とか、美しい都市の描写、主人公が登って いく一流ヴァイオリニストへの成功の道、ところどころに出てくる魅力的な脇役たち、これは満足できる 読みごたえでしょう。
にえ 愛の物語でもあるよね。でも、最初はおセンチな自己陶酔にい っちゃうんじゃないかと不安があったけど、けっこう酔いしれずに知的でクールな著述に徹してくれたから、 よかった。それに、ミステリの倒叙の形式をとってるから、殺人にいたるまでの過程を推理していく楽しみ もあったしね。これは上出来、文句なしによかった。大満足。