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 「美術愛好家の陳列室」 ジョルジュ・ペレック (フランス)  <水声社 単行本> 【Amazon】
ドイツ系アメリカ人画家ハインリッヒ・キュルツによって描かれた「美術愛好家の陳列室」は、1913年、ピッツバーグで開催された、皇帝ヴィルヘルム二世在位25年を記念した催し物のひとつである絵画展であった。その展覧会は主催者の予想に反して大盛況となった。人気が集中したのは「美術愛好家の陳列室」だった。
にえ 初めて読みました、ジョルジュ・ペレックの作品です。
すみ この本には「フィクションの楽しみ」と書いてあって、これは叢書名なんだけど、まさしくこの本にこそふさわしいと思っちゃうよね。
にえ うん、けっこう薄めの本だけど、楽しみようによってはかなり濃厚で、そうとう長い時間楽しめそうだしね。
すみ おもしろかったよね〜。とりあえず先にどんな本か説明すると、これは「美術愛好家の陳列室」という一枚の絵の研究書っぽい感じなの。
にえ 「美術愛好家の陳列室」という絵は、ギャラリー画なのよね。といっても、ギャラリー画ってわかるかな? 私はこの本で初めて知ったんだけど。
すみ ようするに、裕福な絵画蒐集家が画家に依頼して、自分の美術品収集室の絵を描かせるという一種の記録画で、つまり、美術品収集室を描いた絵だから、その絵のなかには何十枚もの絵が描かれていたりするわけなのよ。
にえ 「美術愛好家の陳列室」は、裕福な商人ヘルマン・ラフケが画家ハインリッヒ・キュルツに依頼して描かせたギャラリー画なんだよね。つまり、「美術愛好家の陳列室」には、ヘルマン・ラフケが生涯をかけて集めた膨大な絵のコレクションがタップリと描かれているの。その数はなんと、百を超えるほど。
すみ でも、「美術愛好家の陳列室」に人々が熱狂したのは、単に描かれた絵の数が多いからってことではないのよね。ハインリッヒ・キュルツは単純にそれぞれの絵を模倣したんじゃなく、ちょっとずつ変えているの。
にえ たとえば、チェスをしている最中の絵は、キュルツの絵の中では、チェックメイトの瞬間になっていたり、三連だった真珠の首飾りが二連になっていたり。
すみ 庶民的には、美術品で間違い探しゲームができる楽しさがあったりするよね。
にえ で、この本では、その「美術愛好家の陳列室」に描かれた絵の来歴が紹介されていっているの。もちろん、百枚以上の絵すべてって訳にはいかないだろうけど。それでもそうとうな枚数。
すみ なにが面白いって、その「美術愛好家の陳列室」という絵は実在する絵ではなく、小説に書かれた架空の絵であるはずで、それなら描かれた百枚以上の絵も単純に架空の絵? かというとそうでもないっぽい感じがしたりして。
にえ そこがこの本のおもしろさなんだよね。とにかくたくさんの絵について書かれていて、たとえば、フェルメールの「盗まれた手紙」という絵について書かれているけど、これは実在? じゃあ、その絵を持っていた考古学者シモン・フレーヒュデという人は?
すみ それなら、ドガの「踊り子たち」を1896年1月に画家本人から買ったってのは本当? 住所は『ヴィクトール・マセ通り37番地のアトリエ』としっかり書かれてますが、これは?
にえ そのあたりで悩みはじめると、「絵画ギャラリーでの蒐集家ヤン・ヒルデメーステル」を描いた画家アードリアーン・デ・レーリヴァトーというのも実在なの? あら、でも、そのすぐ前に書かれたヴァトー「ジェルサンの看板」っていうのは実在する絵よね。じゃあ、「インディアンの婦人」を描いたウォーカー・グリーンテイルっていうのも実在する画家なの? なんて混乱してきて。
すみ 調べてると、いろいろ楽しいことに突きあたったりもするよね。たとえば、アダム・ビルストン「マーク・トウェインの肖像」という絵。
にえ アダム・ビルストンってシェイクスピアを分析したイギリスの人智運動家の名前では見つかったけど、画家では見つからないんですけど〜。でも、マーク・トウェインは当然、実在するアメリカの作家だよね。
すみ そこで、あれ? と思って、その直前に書かれたジョン・ジャスパー「フロリダ小景」について調べてみると、あれ、ジョン・ジャスパーって、ディケンズの小説「エドウィン・ドルードの謎」の登場人物の名前だったりしますけど〜なんて気づいたりして。
にえ そうなると、そのすぐあとに書かれているフランク・ステアケース「アッシャー家の崩壊」に、あれ「アッシャー家の崩壊」ってエドガー・アラン・ポーの小説の題名じゃないと気づいたりもするよね。
すみ そこまで気づくと、前のフェルメールの「盗まれた手紙」という絵、エドガー・アラン・ポーの小説に「盗まれた手紙」というタイトルのものもありますよ、と気づいたりも。
にえ でもでも、フェルメールの「手紙を書く女と召使」という絵は、過去に盗難にあったことがあるよね。そっちに関連づけたほうがいいかも、とかも思ったり。
すみ でもでも、「マーク・トウェインの肖像」の直後に書かれたメアリー・カサットって実在する画家ですよ。じゃあ、考えすぎないほうが良いのか。でも、メアリー・カサットに「老御者」という作品はあるの? と、とにかくまあ、そんな感じで、非常に楽しく混乱させられますよ(笑)
にえ ホントに楽しかった〜。というか、楽しんでる最中というか。これはまだ止められないな。まだまだあれこれ、調べたい気持ちがおさまらないっ。
すみ 小説を最後まで読むと、オチというか、謎あかしというか、そういうものが書かれているんだよね。それがかえってソソってくれて、前に戻って片っ端から書かれた絵を調べたくなるの。とにかくそういう楽しい本なので、そういう楽しみ方がしたい人ならオススメってことで。
 2007.4.9