すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「テロル」 ヤスミナ・カドラ (アルジェリア→フランス)  <早川書房 ブック・プラネット> 【Amazon】
イスラエルのテルアビブ、イキロフの総合病院に勤務する外科医アミーン・ジャアファリは疲れきっていた。病院近くのハンバーガーショップで自爆テロがあり、多くの死傷者が病院に運びこまれたのだ。被害者のなかには誕生日会を開いていた子供たちもいた。 ところが、ようやく家に帰り着いたというのに、病院に戻ってこいと電話があった。病院で見せられたのは妻シヘムの遺体だった。しかも、シヘムが自爆テロ犯である可能性が高いと告げられる……。フランス書店組合賞受賞作品。
にえ こちらは早川書房で新しく始まった叢書<ブック・プラネット>の3冊目で、先月出たばかりの「カブールの燕たち」につづく2作目のヤスミナ・カドラ邦訳作品です。
すみ これまで日本でほとんど知られていなかった作家が、一か月しかあいだを開けずに、同じ叢書から2冊目の邦訳本が出るって、かなり珍しいことだよね。
にえ それだけ注目の作家さんってことでしょう。満を持しての登場ってところかな。
すみ ヤスミナ・カドラは1955年生まれ、アルジェリア軍の将校をしていた頃に、女性名のペンネームで作家デビュー、2001年にフランス亡命、2005年にフランス国籍取得。で、この「テロル」が書かれたのは2004年だそうで。
にえ 最初のうち、女性名のペンネームを使っていたのは、検閲を逃れるためなんだよね。フランス亡命してからもアルジェリア軍の将校だったことで、いろいろ言われたりもしたみたいだけど。
すみ そのへんもあってか、この「テロル」には政治的な偏りというものを極力排するような配慮が感じられたよね。
にえ うんうん、複雑な人種間の問題も、どちらかへ強く同情や共感を寄せるってことなく、あくまでも中立、というか、主人公は浮いたような存在だった。
すみ 主人公のアミーン・ジャアファリはアラブ系遊牧民の出身で、成人してからイスラエルに帰化した人。テルアビブの病院でユダヤ人医師に囲まれた、たった一人のアラブ人医師として苦労を重ねたのよね。
にえ 多くの偏見や差別とたえず出食わしながらも、理解ある上司の後ろ盾と自分の努力でしだいに認められていって、エリート医師となり、ようやく財産も蓄えて贅沢な屋敷に住むことができるようになったの。
すみ 奥さんのシヘムは、苦労をともにしたから、喜びもひとしおで、屋敷を自分好みに飾ったり、休暇のたびに夫婦で旅行をするのを楽しみにしていた様子なのよね。
にえ それなのに、ある日、本当に突然に、シヘムはテロリストとなってしまうんだよね。しかも自爆テロ。しかもよりによって、子供たちが誕生日会を開いているバーガーショップで……。
すみ 一瞬にして多くの人の命を奪い、アミーンが積み上げてきたものも、すべて破壊してしまうことになるのよね。15年もアミーンの苦労を見てきて、仲良く暮らしてきた奥さんが、そんなことをするなんて。
にえ ただ、アミーンは恨むとか怒るとかより、あんな幸せそうだった、あんな心やさしい妻が、どうして? って疑問にさいなまれ、ひたすら妻がどうしてそのような行動をしたかってことを探るようになるの。
すみ シヘムのことは知り尽くしているつもりでいたし、夫婦仲もよかったんだよね。でも、きっとなにかサインが発せられていたはずだ、自分がそれを見落としたんだとアミーンは考えるの。
にえ 警察もシヘムとテロリスト集団との接点が見つけられず、捜査が難航しているみたいで。
すみ アミーンはベツレヘムへ、そして危険なパレスチナ自治区へと、妻の真実の姿を求めて旅立っていくのよね。そこで多くの親族に会い、危険な人物にも接触を試みるんだけど。
にえ ただ、壮絶で、重い物語ではあるけれど、そこにはアミーンの揺るぎのない知性があったり、親身になって助けてくれる複数の友人がいたり、優しかった父の思い出が挿入されたりもして、息苦しくなり過ぎなくて、一気に読めたよね。
すみ うん、それだけに考えさせられるけどね。どうしてこんなことになってしまうのか……。ユダヤ人の友人知人のなかにも、ものすごくいい人もそうでない人もいるし、アラブ系の親族のなかにもいろんな人がいて、決してどっちが良いとか、悪いとか、そんな話ではないのよね。
にえ 意外とストーリーは淡々と進んでいくんだけど、ドラマティックなまでの背景の変化があって、かなり驚いてしまったな〜。
すみ テロはあってもまだ平和に暮らしているテルアビブから、ちょっと国境を越えると、そこは地獄のような戦争の世界があるんだよね。もう不条理としか言いようがないようなメチャクチャさのなかで堪えて生きている人たちがいて。
にえ これ現実? って訊きたくなるよね。あまりのコントラストの凄まじさに。
すみ やっぱり噂に違わず、この方はノーベル文学賞を狙える作家かも。今のうちに抑えておいたほうがいいかもってことで、オススメですっ。
 2007.3.31