すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ナンバー9ドリーム」 デイヴィッド・ミッチェル (イギリス)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
実の父親を捜すため、三宅詠爾は屋久島をあとにし、東京での独り暮らしをはじめた。手がかりは父の弁護士である加藤明子。新宿の高層ビル、パン・オプティコンのなかにある、大杉・小杉法律事務所にいることはわかっている。詠爾はパン・オプティコンの道路の反対側にある喫茶ジュピターで、加藤明子が姿を現すのを待っていた。やけに綺麗な首をした、ウエイトレスを気にしながら。
にえ こちらはデイヴィッド・ミッチェルの初邦訳作品です。
すみ 2001年にこの「ナンバー9ドリーム」でブッカー賞候補となり、その後も2004年、2006年にもブッカー賞候補となっているんだってね。ということは、折り紙付きの実力派作家だ。あとは万年候補作家にならないのを祈るだけ(笑)
にえ それにしても、これはビックリさせられまくりの小説だったよね。んでもって、戸惑うような、ムズムズするような、うれしいような、複雑な感覚を常に刺激されながら読むような。
すみ 日本が舞台で、日本のお話なんだよね。登場人物たちもみんな日本で、起きることもすべて日本国内で、あくまでも日本人社会のなかのお話で。こういうのをイギリス人の作家が書いて、ブッカー賞候補になったなんて、ちょっとドギマギしてしまうかも(笑)
にえ 著者は広島で8年間、英語教師として働いて、日本人の奥さんがいて、しかも、書く時には徹底して下調べをする方だそうで、まあ、なんというか、見切り発車的な印象はないよね。
すみ うんうん、ところどころで、ん? と軽く引っかかるのはご愛敬として、日本人が読んでも、ほぼ違和感がないような。いや、違和感はあるのかな。わ〜、ここまでニッポンかよっていう(笑)
にえ ヤクザへのこだわりは、やっぱり広島にいたからなのかな。とか広島県民の皆さんが見たら怒りますね、ごめんなさい。でもね、ヤクザはちょっと、ハリウッド映画で描かれるイタリアン・マフィアみたいな雰囲気を醸し出してたよね。ハデハデのグロなシーンがあるんだけど、そのへんなんか特に。
すみ アメリカの映画だったか、ドラマだったか忘れたけど、かなり古い映像作品で、マフィアのボスがいったんは騙されたふりして、裏切り者の部下の頭をいきなりバットでフルスイングしちゃうってシーンがあるんだけど、あれを連想しちゃったな。
にえ 日本が舞台でありながら、妙にドラマティックだったり、コミカルだったりする場面が前半には集中してて、なんだか最初のうちは、勢いで書いたライトノベルを読んでいるような、Vシネマの世界を見ているような〜とか思ったかな。でも、後半に入り、終わりが近づくにつれ、ググッと来はじめたんだけど。
すみ 個人的には女性の登場人物がかなりよかった。そのへんで評価がググッと上がっちゃったかも。主人公の双子の姉、安寿のボーイッシュでありながら、なんか女を感じる存在感もすごく良かったし、ヒロインとなる今城愛の凛々しさもよかったし、その友だちの幸子も、上司の佐々木さんも、その妹も、それから精神を病んでいる主人公の母もまた、弱々しいようでなんか芯の強さというか、打たれ強さみたいなものがあったりして、みんな魅力的だった。
にえ そうだね、女性はみんなチラッ、チラッとしか出ないけど、そのわりに鮮烈な印象を残していったよね。長めの小説だったけど、女性の登場人物が各パーツでアクセントになってて、それで最後までダレずに読めたってところは大きい気がする。あと、お人好しの主人公も感情移入しやすいし、心根のやさしい人たちがたくさん出てきてホッとなごむし。
すみ あとは描かれる東京の景色の魅力でしょう。主人公が屋久島から初めて東京まで出てきたって設定で、まあ、ここまでってぐらいに最初から最後まで細かく街の様子が書かれてるんだけど、それが東京なんだから当たり前なのに「知ってる、知ってる」なんて喜びたくなるような、よく知っている街を知らない街のように仕立てあげてもらったような。
にえ うん、店の名前とか、看板とか、道路の名前とか、そこにいる人たちの様子とか、ホントに細かくキッチリと書いてたよね。なんだか20分の1スケールの正確な東京の模型を覗き込んでいるような、そんな感じがした。だれだって知ってるくせに見れば興奮するでしょうが?(笑)
すみ ストーリーは、大筋では父親探しの物語なのよね。主人公の詠爾とその双子の姉の安寿は、だれだかの愛人だった母親が産んだ子供で、屋久島のおばあちゃんに育てられたんだけど、高校を出て、みかん農園で働いていた詠爾は、父親を捜す決意をして、東京に出てくるの。
にえ 大筋ではそうだけど、脱線につぐ脱線? とはいえ、その脱線が最後には父親に繋がってくるのかな〜なんて期待しながら読んだけど。
すみ 上野駅の遺失物保管所でアルバイトをするんだけど、そこでもとんでもないことが起きるし、大門柚子なるいかれたセレブ男と知り合って、酷い目に遭わされたり、ヤクザがからんできてとんでもないことになったり、それから、今城愛との恋が始まったり、まあ、いろいろあったよね。
にえ おまけにタイトル通りというか、夢がやたらと挿入されていくしね。
すみ うん、まず最初っから、近未来のサイバーチックな東京で、主人公が活躍するアクション活劇みたいな展開で、おわわっと戸惑ったよね。わかってみれば夢でした、みたいな場面の連続で。
にえ 個人的には、小説の中でこれこれこういう夢を見ましたって記述を読むのがあんまり好きじゃないってところがあって、最後のほうにはちょこっとウンザリしたりもしたんだけどね(笑)
すみ でも、作中作の佐々木さんの妹が書いた小説はおもしろかったよね。あと、意外なところで回天特攻隊員の手記が紹介されるんだけど、これがけっこう読み深かった。史実に合わないところもあるらしいけど、それよりも日本人が描けてるほうに感動したというか。
にえ そういえば、宣伝文句にあるとおり、ハルキ・ムラカミやジョン・レノンはたっぷり出てきたね。ここまで露骨に登場するとは思わなかったけど(笑)
すみ 個人的に最後まで気になったのは、どうして主人公が買うたびに煙草の銘柄を変えるのかってところなんだけど、全体としてはハチャメチャのドタバタのようでいて、いろいろ隠されているみたいで、まあ、けっこう読み深いかもって感じです。目を背けたくなるようなグロい内容含みだったりもするんだけど、それを乗り越えて、このイギリス人が書いた日本の珍なる味をたしかめたかったら、ぜひにってことで。あ、9番目の夢は自分で描けます。
 2007.3.21