すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「観光」 ラッタウット・ラープチャルーンサップ (タイ→アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
欧米文学で最も注目される若手作家の一人、タイ系アメリカ人ラッタウット・ラープチャルーンサップのデビュー短編集。
ガイジン/カフェ・ラブリーで/徴兵の日/観光/プリシラ/こんなところで死にたくない/闘鶏師
にえ この方は1979年にシカゴで生まれ、タイのバンコクで育ち、それからアメリカの大学を出て、アメリカで作家デビューしたタイ人の方です。
すみ 若手作家としては、かなり注目されているみたいね。アメリカ、イギリスの新聞書評でも大絶賛されているし、最も注目する若手作家の一人に選ばれているみたいだし。
にえ とはいえ、読む前は若いからどうなんだろうな〜ってところがあったよね。若さの感性だけで書かれても、ふ〜ん、凄いねで終わるだけだしな〜みたいな。でも、違ってた。
すみ うん、驚いた。なんか短編の一つ一つに登場人物の人生の広がりがパーッと見えてくるの。それがまたリアルで、ああ、人生って…と溜息がつきたくなるようだったり、ああ、人生って! とウルウルしてしまったり。
にえ 読んだときの感触にも驚いたよね。私たちはモニターで先に「観光」「徴兵の日」「こんなところで死にたくない」の3編だけ先に読ませてもらって、一番最初に読んだのが「観光」だったんだけど、なんだか日本人作家の作品を読んでいるような錯覚に陥ってしまった。
すみ そうそう、肌触りみたいなものが、異国から来たって感じがしなかったよね。もっとぜんぜん近いの。
にえ 収録された7つの短編はすべてタイが舞台になっているんだけど、タイのいろんな面を垣間見られたのもまた良かったよね。
すみ ちなみに、私たちが一番気に入ったのは「こんなところで死にたくない」です。またかよと言われそうだけど(笑)、この短編だけ語り手がおじいちゃん。あとは「闘鶏師」が少女で、他は十代の男の子。この作家さんは長編を執筆中ってことだし、今からチェックしておいたほうがいいですよ〜。ってことで、オススメですっ。
<ガイジン>
観光客相手のモーテルを経営する母と二人暮らしのぼくは、母にいくらやめろと言われても、ガイジン娘を好きになってしまう。
にえ 主人公である語り手は、母親がタイ人、父親がアメリカ人。で、父親はアメリカへ戻ってしまって、連絡すらしてくれない。
すみ そんな父親が残していったのが、ペットの豚のクリント・イーストウッドなのよね。
にえ みんなにどうしてって訊かれても、おそらく自分でも不毛だと気づいていながらも、どうしても、ちょっとの間だけタイを楽しみに来ただけの観光客に本気で恋をしてしまうの。
すみ 読んでいてタイの景色がよく浮ぶ短編だったよね。とくにラストは美しかった〜。
<カフェ・ラブリーで>
11才のぼくは、夜、出掛けるつもりの兄アネクに、一緒に連れていってほしいと懇願した。父は4か月前、仕事中に亡くなっていた。もとから無口な母はますますしゃべらなくなっていた。
にえ 兄にあこがれる弟は、父親が死んでも、母親が精神的にまいってしまっても、ひたすら兄だけを追いつづけるのね。切ないなあ。
すみ 兄がいいお手本になるようだったら、まだよかったんだけどね。典型的な貧民層の若者のなれの果てとなっていく兄ではねえ。それでも、弟にはかっこよく見えてしまうし、弟にやさしい兄でもあって…。ほんと切ないねえ。
<徴兵の日>
ぼくとウィチュは無二の親友だった。ぼくたちは年に一度の徴兵抽選会へ行くことになっていた。ウィチュはくじを引き、運がよければ徴兵されなくてすむ。ウィチュはぼくも同じだと思っていたが、そうではなかった。
にえ これはズキズキ来るよね。しかも読んだあとも余韻で残るの。
すみ うん。きっとこの瞬間に二人は、子供から大人になったんだね。二人の関係じたいも子供どうしのときの、なんの障壁もない親友から、一線を引いたおとなの関係にもなったんだろうし。戻りたくても、もう戻れない…。
<観光>
母とぼくは観光旅行に出掛けた。夏の終わりには、ぼくは北の職業大学へ行くことになる。そして母は、失明してしまう。
にえ 母と息子の抑えた感じの愛情が、なんとも沁みてくるお話でした。なんとなく個人的には新人作家らしい作品だな、なんて思うところもあって、ちょっとくすぐったかったりもしたけど。
すみ お母さんのサングラスの逸話なんかがいい感じだったよね。
<プリシラ>
11才のぼくとドンは、カンボジア難民の少女プリシラと親しくなった。驚いたことにプリシラの乳歯はすべて金だった。
にえ これはタイに流れ込んできたカンボジア難民の人たちがどんな目に遭わされているかってのも見えてくるお話だった。
すみ それにしても、プリシラのキャラが良いよね〜。小さいけれど、勇ましくて、潔くて、かっこいい少女なの。
<こんなところで死にたくない>
老いた私はタイ人と結婚した息子ジャックと一緒にタイで暮らすことになった。麻痺した体では面倒を見てもらうしかなかったが、私はアメリカに帰りたかった。なにもかもに馴染めないタイで死ぬのは嫌だった。
にえ この短編にはホントに惚れ惚れしてしまった。流れも良いし、ラストに描かれた情景がとにかく美しくて、あまりの美しさに目が潤んでしまった。
すみ このお話だけ老人が語り手ってだけじゃなくて、このお話だけアメリカ人ってことにもなるね。外人から見たタイが描かれていて、それもまた新鮮だった。
<闘鶏師>
ラッダは大きくなりはじめた胸が気になる年頃だった。ラッダの父は闘鶏師で、日曜ごとに勝ち金を持って帰ってきていたが、権力者の息子リトル・ジュイを怒らせてしまってからは、そうはいかなくなってしまった。
にえ これは中編と言ってもいいぐらい長めだった。けっこう痛々しい話なんだけどね、どうしても発展途上国と言われるような国の小説では、こういう話が含まれるかな。
すみ 似た話をいくつか前に読んだと言えなくもないだけに、ラストがどうなるのかとかなり気になったけど、このラストは新しかったね。そうか、やっぱり小さい枠のなかで終わらせない作家さんなんだ、と嬉しくもなったし、どうなったんだろうといろいろ想像してしまった。
 2007.3.2