すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「横溝正史翻訳コレクション」  <扶桑社 文庫本> 【Amazon】

「鍾乳洞殺人事件」 ケネス・デュエイン・ウィップル (アメリカ)
ワシントンに事務所を持つ地質学者ベヤード・アシのもとに、アンドリュウ・カーターという男からの依頼が届いた。カーターはアメリカ南部セナンドアの渓谷の地主なのだが、地所で洞窟が見つかり、見物客を招く前にアシに調査をしてほしいということだった。助手であるヘゼル・カーチス嬢は、アシとともにカーター洞窟へと旅立った。まさかその地で殺人事件に巻き込まれるとも知らず……。
「二輪馬車の秘密」 ファーガス・ヒューム (イギリス→オーストラリア)
18―年7月28日土曜日、アーガス新聞に奇怪な事件の記事が掲載された。メルボルンの夏の夜、午前1時頃という遅い時間、辻馬車が酔っぱらって倒れている男性と、それを介抱している紳士の前を通りかかった。紳士は男性のことを知らない人だと語り、男性の顔を見ると驚いて逃げ去ったが、ふたたび戻ってきて一緒に馬車に乗りこんだ。ところが男性を最後まで送らず途中で降り、そのまま姿を消してしまった。不思議に思った馭者が中を見ると、男性はハンカチでクロロフォルムを嗅がされ、息絶えていた。消えた紳士はいったい何者なのか? どんな理由で男性は殺されたのか?
にえ 横溝正史の翻訳ということで、どんなものだか興味があって読んでみました。
すみ 横溝正史は一時期読みあさったよね〜。でも、翻訳を手がけているなんて、この本を見るまで知らなかった。
にえ 巻末の解説を見ると、かなりの数を手がけてるみたいよね。で、この本に収録されているのはそのうちの2作。
すみ 「鍾乳洞殺人事件」の著者ウィップルはアメリカでも忘れ去られているような作家のようで、作品数もあまり多くないみたい。
にえ でも、横溝正史の代表的な作品いくつかだけでも読んだ人だったら、おおっと思うよね。読んでみると、かなりこの作品に影響を受けていることがわかって。
すみ うん、舞台となる鍾乳洞もそうだし、アレが実はアレだったっていうのも、なんか横溝さん好みね〜って感じがした。
にえ この小説じたいもおもしろかったよね。まず、語り手となるヘゼル・カーチス嬢がいい感じなの。清潔感のあるお嬢さんで、率直だし、出しゃばらないし。
すみ 女性語りで柔らかみがあって、読んでいて心地よかったよね。同行することになった新聞記者メルトン・ダレルへ抱くほのかな恋心や、美貌の女優クラリン・セルウッドへの嫉妬心なんかも微笑ましくて。
にえ 洞窟で持ち主のアンドリュウ・カーターという男が殺されるんだけど、そこにはいろんな人間関係やら、洞窟に関する秘密やらがからんでいて、けっこう読みごたえもあった。
すみ 男を蠱惑しまくるクラリン・セルウッドの存在感も良かったよね。
にえ やたらとおしゃべりな、ボストンから来た観光客のおばさん、メヒタベル・パーキンが愉快だったりもしたしね。
すみ 展開も意外性があって楽しめた。殺されたアンドリュウ・カーターの娘ヴァージニア、女優クラリン・セルウッド、たまたま新婚旅行中に立ち寄ったというスペンサー夫妻、メヒタベル・パーキン、洞窟の発見者リュウ・ボイー、カーターの洞窟を欲しがるリンゼー・フーカーといった容疑者の中から犯人を探すことになるんだけど。
にえ クレー・ブランデギー警部とか、ヘゼル嬢がチラリと見かけた片目の謎の男とかも意外な形でからんでくるしね。
すみ 全体としては古めかしいんだけど、その古めかしさが逆に魅力となって、けっこうおもしろかったかも。
にえ もうひとつの「二輪馬車の秘密」は当時、かなりのベストセラーだった作品みたい。
すみ 読めば、なるほどと思うよね。舞台はまだイギリス統治下のオーストラリア、イギリスやアイルランドから移民してきた人たちの織りなす社会、といった独特の異国情緒というか、そういう雰囲気、事情がうまくストーリーにからんでいて、興味深いの。
にえ 今になって読む翻訳小説としては、どうなんでしょうってところもあるけどね。どう考えても刑事だし、鬼刑事とも紹介されている人がストーリーのなかでは「探偵」となっていたり、真犯人を示す伏線があまりにもわかりやすく、あまりにも早々と出てきたり。
すみ まあ、読んでみると、ストーリー的には真犯人の特定がそれほど重要じゃなくて、それよりも登場人物たちがどういう秘密を抱えているのかってところが面白味だったりするから、意外と致命傷ではなかったりするけどね。
にえ まあね。それに個人的には「パーク街というのは日本で言えば浅草と本所の貧民窟を一緒にしたような所である。」なんて、当時ならではの大胆な訳は好きだったりもするけど。原文に忠実すぎるより日本人向けにわかりやすくしちゃう姿勢が個人的には好みなもので(笑)
すみ 今読むと、わかりやすいというより、浅草と本所の貧民窟?!って、そっちにギョッとしちゃうけどね(笑)
にえ で、こちらは殺された男がオリヴァー・ホワイトという人物だとすぐにわかるんだけど、そのホワイトはメルボルンの大富豪の娘マッヂに求婚していて、マッヂはブライアン・ゲラルドという「メルボルン切っての雅男(みやびおとこ)」と称される男性とすでに婚約していて、ということで、そのへんの恋愛のもつれから、だんだんと意外な過去の秘密なんかが暴かれていくんだけど。
すみ 秘密が引っぱられまくりでなかなか明かされず、焦れったかったりもするけど、それはそれでのおもしろさもあったよね。
にえ なにやら怖ろしい秘密を抱えていそうな貧民窟に住むアル中の老婆とか、その貧民窟で死んだ「女王」と呼ばれていた謎の女性とか、マッヂとブライアンの純愛とか、いろいろと楽しむ要素があったよね。
すみ ということで、2作とも古いのを承知で読めばけっこう楽しめるし、それなりに読みごたえもあって飽きなかったから、横溝正史の翻訳文を堪能しつつ、満足できましたよってことで。
 2007.2.8