すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「あらゆる名前」 ジョゼ・サラマーゴ (ポルトガル)  <彩流社 単行本> 【Amazon】
戸籍管理局の補佐官ジョゼ氏は、五十歳を過ぎても結婚もしておらず、出世の見込みもなさそうな男 だった。ジョゼ氏の趣味は、有名人の戸籍コレクション。それ以外に生きる楽しみもない。そんなジョゼ氏 が、ひょんなことから無名で、ごくありふれた、特徴といえば一度離婚歴がある程度の三十六歳の女性の 戸籍に心を惹かれた。彼女に会いたいと強く願いはじめたジョゼ氏は、戸籍の出生の記録から、 彼女の行方を捜すことにした。
にえ これは微妙だな。読みやすいとか、メチャメチャおもしろいと は言えないけど、私はものすごく気に入った。
すみ 不思議な小説だよね。まず、登場人物の名前はジョゼ氏だけが あかされてるんだけど、ジョゼっていうのは作者の名前でもあり、ポルトガルではごくありふれた名前、 つまり名前があってもなくても同じような、特定の個性をさす名前じゃないのよね。
にえ 『あらゆる名前』って題名だけど、登場人物は全員、名前が ないと思ったほうがいいかも。これは同時期に書かれた『白の闇』でも使われたパターンだけど、持つ意 味は違う気がした、深読みかな。
すみ で、ジョゼ氏はある女性をひたすら捜すんだけど、なんのため に捜してるかっていうと、会ってみたいから、ただそれだけ(笑)
にえ 説明できない衝動って言うんでしょうか。とにかくもう、憑き 物に憑かれたように、ただひたすら捜す。
すみ 仕事は休んじゃうし、公文書は偽造するし、学校や戸籍管理局 に夜忍び込むし、ほんと、憑かれてるとしか説明できないような行動だよね。
にえ それでそういう行動って、ばれないか読んでるこっちもドキ ドキして、緊張感をもって読むものなんだけど、この本に関してはそうでもない。
すみ そうそう、ジョゼ氏がとにかく小役人的というか、小心者だからねえ。
にえ ここがおもしろいところ。あいかわらず会話に「 」がないん だけど、この本に関しては、とにかくジョゼ氏が強迫観念とでも呼びたくなるような想像力の持ち主で、 ここで見つかって、ああ言われるんじゃないだろうか、とか、これを管理局に通報されて、こういう会話が かわされるんじゃないだろかとか、とにかく頭の中に会話が溢れてるの。
すみ つまり、現実の会話と、ジョゼ氏の頭の中で繰り広げられる 想像の会話がウネウネ、ウネウネとうねるように連なって、なんだか不思議な感触。
にえ 「 」がないことで、全部がうねって続いていくような、緊 張よりも流れのおかしみにとらわれるよね。
すみ スリルやサスペンスを感じる前に、想像と現実が混じりあった ファンタジックな感触に酔っていく、みたいな感じよね。
にえ おまけにジョゼ氏があまりにも哀れっぽくて、ビビリまくっ てるから、逆に緊張感にかけるっていうか。
すみ ジョゼ氏のあまりにもズッコケたような想像に、思わずほくそ 笑んでしまうほうが強いよね。
にえ まあ結局、ジョゼ氏は自分で自分をどんどん追いつめていくん だけど、理由もなく、突然やさしくなった局長の存在とかもあったりして、とにかく大きな振幅はなくても 滑稽な展開が妙に楽しい。
すみ で、少しずつ、少しずつ女性のことがわかっていくんだけど。
にえ じょじょに、生について、死について、考えさせられるという より心に沁みてくるよね。
すみ 『白の闇』と『修道院回想録』は生きることについて書かれて いるような気がしたけど、これは死について書かれてるって気がしたね。死があるから、生がある。
にえ はい、どうぞ考えて下さいって、死についての問題提起をされ てるんじゃなくて、じわ〜っと感覚のなかに死の観念が入っていくような、そういう読感だよね。
すみ で、なんで『あらゆる名前』って題名かといえば、それは表紙 の写真というか絵というか、それが答えになってた。
にえ うん、一頭ずつの見分けもつかないような羊たちが、分散し てる、その表紙はある老人によって本文中で説明されてるような形になってるんだけど、読み終わってもう 一度表紙を見ると、生きて死ぬってそういうことかな〜なんて、ぼうっと考えてしまう。
すみ なんでしょう、すごく変わった小説。人に勧めていいのか、ど うか、たしかに迷う。でも、読んでよかったな。こういう感触は、他の人の小説では味わえないでしょう。
にえ 品がよいというか、宙に浮いてる感触というか、サラマーゴの この独特な世界観がなければ、同じストーリーでも、この読了感は味わえないよね。
すみ うん、そういう世界観がわかってから読んだ方が、この本じた いもわかりやすいかも。だから、読むんだったら『白の闇』のあとにしたほうがいいと思う。