すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事」 エミール・ハビービー (パレスチナ→イスラエル)
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悲楽観屋のサイード、またの名をアブー・ナハス。悲楽観屋とは、ひどい事が起きても、もっとひどい事を想像し、それよりはよかったと考える一族に生まれたため。サイードとは「幸せな男」という意味だった。 祖国にいながら祖国を喪失し、さまざまな運命に翻弄されながらも、サイードは愛する女性ユアードを待ちつづけた。
にえ 著者のエミール・ハビービー(1921−1996)は、パレスチナの港湾都市ハイファに生まれながら、1948年にイスラエル建国後もその地に留まったためにイスラエル国籍となり、アラブ系イスラエル人となった人だそうです。
すみ その複雑さが、小説そのものに深く関わってくるんだよね。小説の舞台がまさにそのイスラエル建国から70年代の中東戦争頃までのパレスチナなの。
にえ パレスチナ、イスラエルの歴史はややこしくてわからないよ〜、パスパスなんて思った貴方、ちょっとお待ちなさいっ(笑)
すみ うん、そうなんだよね。とにかく読めば読むほど複雑で、その複雑さに驚いてしまうんだけど、噛み砕いてわかりやすく説明してくれている注釈はいちいちページをめくらなくていいように、小説と同じページの下に付けられているし、巻末には詳細な年表もあり、パレスチナ全体とアッカ旧市街やハイファ下町など小説の舞台となるところの地図もありで、ほとんどまったく知らない人でもわかりやすいようにしてくれてあるの。
にえ 知らない人が知るために読む、興味がなかった人が読むことによって興味を持つ工夫がしっかりしてあって、とにかく読んでみてって気持ちにあふれていたよね。
すみ それにさあ、読んでもすべてが完璧に理解できなくてもいいんじゃないかな。どれほど悲惨か、そのことに直面するだけでも読む意義はあると思う。
にえ もちろん、よく知っている人にも、その地を生きた人の話だから、臨場感を持って新鮮に読めるはずだしね。
すみ とにかく私としては驚くことばかりだったな。主人公のサイードがさまざまな人に出会うんだけど、多くの人たちがパレスチナで生まれ育って、住んでいた村の全員が虐殺され、どうにか逃げ延びたものの、土地から離れたという理由だけで土地を奪われてしまっているの。
にえ 自分の生まれ育った土地がイスラエルとなって、自分の土地に戻ろうとすると、潜入民ということで無断入国の犯罪者みたいになってしまったりね。
すみ 言いたいことも言えず、息苦しい生活の中、なんとか自由を得たいと思って行動を起こす人は次々と殺されていくの。
にえ ただ、そんな凄まじい背景であり、主人公サイードもまた翻弄されまくる人生なんだけど、不思議と読んでいて息苦しくないんだよね。
すみ 主人公のサイードの人柄だろうね。サイードは顔もよくて頭もよく、語学に優れてシェイクスピア作品を暗記していたりもするんだけど、少しよけいなことを言いすぎるところと、田舎者らしい素朴な一途さなどから、バカ扱いされがちな青年。
にえ そのサイードの手紙という形式の小説だから、サイードの語りでストーリーが流れていくんだけど、語り口が飄々としていて、どこか温かみもあり、ユーモアもありで、悲惨な話でも惹かれるままに、スラスラ読めてしまうんだよね。
すみ 悲楽観屋という一族の不思議でおもしろい逸話とか、話に何度もうまく絡まってくるアラビアン・ナイトのお話とか、とにかく話に豊かさがあって楽しめるし、サイードが一人の女性を思いつづけるっていうストーリーの主軸もまた読みやすさに繋がってるかも。
にえ サイードはまだ少女だったユアードと出会ったときから、ユアードを思いつづけるのよね。
すみ ユアードと別れ別れになってしまい、消息がわからなくなりながらも、ひたすらユアードとの再会を待ち望むサイード。しかし、その運命はさらに翻弄されまくり…そういうお話なのよね。
にえ そのストーリーを追ううちに、パレスチナ人の置かれた苛酷な状況がわかっていくの。
すみ 平穏に暮らしたいと思っていただけの人たちが、なぜこんな目に遭わされなきゃならないのか、生まれたのがたまたまこの国だったというだけで、平凡な幸せさえ許されないなんて。自分がもしこの国に生まれちゃったらどうしたらいいの。なんて、そういうことをすごく考えさせられたな。
にえ つらいことだけじゃなく、アラブ人とユダヤ人がともに暮らす様とか、現実はこんなふうだったのかと驚いたりもしたよね。
すみ サイードがどうなっていくのか、意外な展開が待ち受けていて、決して暗い終わり方じゃないし、小説としての読みごたえも充分だった。各ページのまわりにグレーの縁取りがあるせいか、普通の単行本より字がちょっとだけ小さめで、読みはじめは嫌だなと思ったけど、小説のおもしろさに飲み込まれて、すぐに気にならなくなってしまった。
にえ 著者は日本では初邦訳だけど、「現代アラブ文学の最先端を切り開く作家」としてアラブ世界や欧米では最上級の評価がされている方なんだって。なんかねえ、こういうことを言うとかえって混乱させてしまうかもしれないけど、私的には、ガルシア=マルケスとか、莫言とか、ロディ・ドイルとかを彷彿とさせるかなと思った。
すみ この作品が最高傑作と言われているそうで、読むのがもったいない気もしたけど(笑)、たしかに素晴らしかったよね〜。変な言い方だけど、いろんな意味で読むのを面倒くさがらないでくれるなら強くオススメですっ。
 2007.1.30