=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「バダルプルの庭」 ケニーゼ・ムラト (フランス)
<清流出版 単行本> 【Amazon】
ザフルには2つの誕生日があった。早世した母セルマが、夫であるインドのバダルプル藩主アミールにザフルを渡さないために仕組んだことらしい。オスマン帝国の皇女として生まれ、美貌と知性が讃えられ、インドの藩主に嫁ぎながらも、最後にはフランスで貧困のなかに死んでいったセルマ。 一人残されたザフルは哀れな孤児となり、3つの養家に次々と預けられながら、自分の本当の父を探し求め、アイデンティティーをなんとか確立しようともがきつづけた。 | |
こちらは母のことを書いた「皇女セルマの遺言」が世界的なベストセラーになったケニーゼ・ムラトの自伝的小説です。 | |
「皇女セルマの遺言」読んでないから、私たちにとっては初めてだけどね(笑) | |
父がインドの藩主で、母がオスマン帝国の皇女、本人はフランスで生まれ育ち…って聞くと、まあ、素敵、羨まし〜と思ってしまうけど、読むとなんて大変な人生なんだろうと愕然としてしまうよね。 | |
うん、どうしてこの人一人だけに、こうも次々と重荷がって思っちゃう。しかも、今となっては本を書いたことで賞讃されることのほうが多くなったのだろうけど、その前は責められることのほうが多かったみたいだし。 | |
そうなんだよね。まだ物心もつかないうちに母親が亡くなり、世話を焼いてくれていた宦官からスイス人家庭へ渡され、その後は心から信頼して愛そうとしたところで捨てられるようなことの繰り返し、それなのに、感謝が足りないというようなことを言われているみたいで。 | |
子供ながらに、スイス人家庭に早く馴染もうとしているところに、たまに訪ねてくれる老いた宦官、その宦官に優しくできなかったってことも、いつまでも尾を引いているみたいだった。 | |
なんだかよくわからないまま、知らない人を父親だと言われ、洗礼を受けながらも、本当の父であるはずのインドの父を求めつづける、それもまた恩知らずと罵られる要因。 | |
誕生日が2つあって、そのせいで自分でも誰が父親か確信が持てないまま育つんだよね。 | |
父親がわからない限り、自分が何人であるかもわからない、つまり、自分がどこに属する人間かもわからないんだよね。このままじゃ浮いた存在。そんな生い立ちの中、ザフルは必死で自分のアイデンティティーを探し求め、なんとか確立して自分が何者であるか確信したいと願うの。 | |
これは冒頭で語られていることだけど、ようやく父に会えても、後妻が産んだ3人の弟は、長男がなんとしてでもザフルの存在を認めまいとしているようだし、次男は15才の時から統合失調症、明るかった三男は自殺…そして、ザフルと父のあいだでも、なにかあった様子。 | |
バダルプル藩主アミールの娘だとわかっても、アミールはもと藩主として尊敬されながらも、イスラム教であるために多数派であるヒンドゥー教徒には不可触民として扱われる、複雑な立場だったりするしね。 | |
インドのイスラム教徒とヒンドゥー教徒との凄まじい諍いについても克明に描かれていたよね。驚いた、こんなに酷いものだったなんて。 | |
家族がわかっても、後妻がその後に作り上げた家庭があるから半分は属せても、半分ははみ出しものだし、故郷がわかっても、ハーフだから父の国でも母の国でも外国人扱いだし、キリスト教徒としての教育を受けて育ったイスラム教徒ということで、宗教的にもしっかりと属せないし、なんというか、ほんとに大変だよね。 | |
そんな中でも、ザフルは自分で行動し、ときには戦いながら自分というものを確立していくの。 | |
若いうちは、判断ミスとしか思えないことも多々あるけどね。言動についても、決して優等生とは言えないし、あとから思い出すと恥ずかしいだろうなと思うようなエピソードもたくさんあって、ほんとうに赤裸々に語り尽くしてるって感じ。共感して読めたな。 | |
とてもじゃないけど、真似はできないけどね。あと、きっつい半生ではあるけれど、ホントに色とりどりって感じの、さまざまな人々との出会いがあって、そのあたりも興味津々で読めた。 | |
親切な人もいるし、淡い恋心もあるし、尊敬できる賢い女性も、ものすごい身分のプリンセスも、あとまだいろいろ、ほんとうにいろんな人が現れるよね。 | |
あと、外から来た人の目で見るインドの風景もものすごく新鮮だった。田舎のほうの美しい景色も、貧しい人々の暮らしも、さまざまな情景が克明に描かれていて。 | |
一人の主人公を追った物語ではあるけれど、その一人を通して入ってくる情報量はかなりのものだよね。読みごたえ充分。 | |
うん、あくまでも自伝的小説で、コンパクトにストーリーをまとめたサクサクっと読みやすい小説ではなかったけれど、ここは飛ばしちゃってもいいってところはなかったよね。ということで、そのへんを覚悟の上でならオススメです。 | |
2006.12.23 | |