=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「エルサレムの秋」 アブラハム・B・イェホシュア (イスラエル)
<河出書房新社 単行本> 【Amazon】
ノーベル文学賞候補にもあげられる、イスラエル・ヘブライ文学を代表する作家アブラハム・B・イェホシュアの中編2編を収録。 <詩人の、絶え間なき沈黙> 5冊の詩集を上梓したのち筆を折った私は、二人の娘がもうずいぶんと大きいというのに、新たな子供に恵まれた。娘も友人たちも遅すぎる子供に戸惑うなか、生まれてきた息子は脳に障害があることがわかった。老いてからの出産、子育てで疲れ果てて妻は亡くなり、二人の娘も逃げるように嫁いでいき、私と息子は二人きりで暮らすことになった。 <エルサレムの秋> ドヴはエルサレムに住む大学生。イバラの研究をする恋人ヤエルと暮らしていたが、ヤエルはイバラの収集でさまざまな地方にでかけて留守がちだった。ある日、ハヤとその夫ゼヴが、3才になる息子ヤーリを3日間だけ預かってほしいと言ってきた。ハヤはドヴが今もなお忘れられずにいる女性だった。 | |
アブラハム・B・イェホシュアはイスラエル文学界を代表する作家で、国内外でさまざまな文学賞を受賞し、ノーベル文学賞候補にもなった作家さんだそうですが、邦訳本はこれが初めて。 | |
こういう作家さんの作品は邦訳されるとホントにうれしいよね。 | |
内容も期待以上に素晴らしかった〜。とりあえずもう、これから先、この作家の邦訳本が出たらかならず読む宣言をしちゃう(笑) | |
奇をてらわず、じっくりと練り上げた、読み深い文学作品って印象だよね。 | |
うん、読んでる最中は丹念に読もうって気にさせられて、読み終えると余韻がズーンと来て、まだ読み取れなかったところがたくさんあるんじゃないかという気がして、読み返したくなるような、そういう奥行きの深さを感じたな。 | |
中編が2編収録されているんだけど、「詩人の、絶え間なき沈黙」でもうヤラれちゃったよね。ものすごい余韻だった。 | |
「エルサレムの秋」はどっちかというと男性読者のほうが共感しやすいかな〜って感じじゃなかった? こっちも素晴らしく良いのだけど、私にはちょっと共感しづらくて損したような(笑) | |
「詩人の、絶え間なき沈黙」は老いた元詩人と脳に障害があるらしき息子の暮らしがじっくりと描き出されているの。なんというかもう、読んでいてゾクゾクとする感触があった。 | |
息子が6才の時に母親が亡くなって、娘たちが嫁いでいって、老いた父親だけが息子と暮らすことになるんだけど、語り手である父親は、息子のことを「彼」と呼んでるんだよね。そこからもわかるように、息子にどこか距離のあるような感情を持ってて。 | |
理解できない存在みたいね。愛情がないわけではないけれど、いまひとつどう接していいかわからないみたいだし、熱烈な愛情で息子をなんとかしてやるって気もないみたいで、老いて、疲れて、持て余すような息子がいて、でもやっぱり父親としての愛情はあって、というところかな。 | |
従順でおとなしい息子だから、手を焼くようなこともないのよね。ただ、恥というものが家族に重くのしかかっているみたい。老いてからの子供、障害のある子供……父親はそういうものをはねのけたい気持ちはあるみたいだけど、激しく行動に出る気概はないみたい。 | |
そんな中、息子が成長して行くにつれ、次第に父と息子の関係が変わっていくのよね。これが静かながらもドラマチックというか、予期せぬ展開だったりもして。父親が以前に詩人だったことも、一度は完全に影を潜めていたのに、意外な形で大きな影を落とすようになっていくし。 | |
この作品はもう、言葉の一つ一つにズキッ、ズキッと来るものがあったよね。全体的に感情を抑えた感じなんだけど、詩的な美しさがあって。 | |
「エルサレムの秋」のほうは、打って変わって若い主人公なのよね。子供と大人のセットってところでは似てると言えなくもない設定だけど。 | |
こっちはあえて言うなら恋心がテーマかなあ。主人公のドヴはヤエルという、美人ではないけど、かなり個性の強い女性と同棲していて、でも、以前に好きだったハヤという美しい女性のことを今も想っていて。 | |
そんなとき、ハヤの子供ヤーリを預かることになるんだよね。ヤーリはすぐにドヴになついて、あまり困らせることもない良い子なんだけど、ちょっと風邪気味みたいで。 | |
ドヴは預かっているあいだに、ヤーリが死ねば、ハヤにとって自分は一生忘れられない男になる、なんて怖ろしいことを考えたりするのよね。 | |
ハヤと夫というカップルに対して、ハヤを思いつづけるドヴの存在があるように、ヤエルのことを思いつづけているツヴィという男性の存在も出てきて、けっこう思わせぶりな構成だったよね。 | |
2作読んで思ったけど、文学的な格調の高さとともに、登場人物に対する著者の包容力のようなものを強く感じたな。著者は根がやさしい人なのかな。おかげで、危うい状態の話でも、どこか信頼して読めたような。 | |
うん、決してサクサク軽く読めるって内容ではないんだけど、この方の作品だったら全集でも一気に読めそう。また邦訳してもらえるのを祈るしかないね。ブンガク好きな方には強くオススメですってことで。 | |
2006.12.12 | |