すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「遺す言葉、その他の短篇」 アイリーン・ガン (アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
アイリーン・ガン:1945年マサチューセッツ州生まれ。コピーライター、マイクロソフト社の広告担当として働きつつも、SF小説を執筆。退職後は88年、クラリオン・ウエスト・ワークショップ理事、2001年オンライン・マガジン「Infinite Matrix」の編集。
「スロポ日和」でアメージング・ストーリー誌にデビュー。「遺す言葉」でネピュラ賞受賞、「中間管理職への出世戦略」と「コンピュータ・フレンドリー」はヒューゴー賞候補作。短篇集『遺す言葉、その他の短篇』はフィリップ・K・ディック記念賞受賞、世界幻想文学大賞短篇集部門の候補作、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞の最終候補作になる。 著者HP

中間管理職への出世戦略/アメリカ国民のみなさん/コンピュータ・フレンドリー/ソックス物語/遺す言葉/ライカンと岩/コンタクト/スロポ日和/イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ/春の悪夢/ニルヴァーナ・ハイ/緑の炎
にえ お初の作家さんです。お初だから新人かと思えばそんなことはなくて、ものすごく遅筆な方で、1976年にデビューしてから、これが初の短篇集になるのだそうです。
すみ テッド・チャンを超える遅筆っぷりと、素晴らしく感じのいい社交的な女性として、アメリカのSF作家のあいだでは知られているみたいね(笑)
にえ 多作な作家の作品は粗くて、寡作な作家の作品は完成度が高い、とは一概に言えないと思うんだけど、この方はさすが遅筆って感じだよね。とにかく1作ずつが過不足なく研ぎ澄まされてて、ホントに時間かけてるんだな〜とシミジミ思ってしまった。
すみ そうそう、あまりに無駄のない文章運びに、私たちはあらすじ紹介をあきらめてしまいました(笑) とにかく触りだけちょっと紹介して、こんな感じですよと伝えるのは私たちにはムリ。だもので、見づらいでしょうが、だいたいこんな感じですよとしゃべって説明させていただきます。
にえ まずは「中間管理職への出世戦略」だね。これはねえ、主人公がマーガレットという女性で、大企業の広告部勤務。で、マーガレットはどうしても出世してボス的立場になりたいの。それで夫と一緒に、出世に有利と言われるバイオエンジニアリング処理を受けたんだけど。
すみ BE(バイオエンジニアリング)処理というのは、どうやら受けると昆虫化していくみたいなんだよね。マーガレットはまだどんな昆虫になるかわからないけど、夫はチョウチョになっていってるみたい。
にえ BE処理は会社から補助金も出るんだよね。で、マーガレットは期待しているんだけど、あとから入ってきてガンガン出世しそうな嫌な若僧がいたり、上司に認めてもらえてないんじゃないかな〜というところがあったりして、どうなることやら、というお話。これは、わかる、わかる〜と思いながら読んだな。この1作でこの方が好きになれたんで、あとの短篇が安心して読めたかも。
すみ アメリカ国民のみなさん」はIF物なんだよね。ジョン・F・ケネディは暗殺されたけど、ロバート・ケネディは死なずにすんで、治療を受けながも、ニューヨーク市知事として大統領の座を虎視眈々と狙っている。ニクソンは大統領選挙に敗れてテレビショーの人気司会者に。ベトナムでの核兵器使用を公言して選挙に敗れたはずのバリー・ゴールドウォーターは大統領になって公言を果たしたすえ、今は引退の身って話なの。
にえ それぞれの人物の自伝を徹底して読んでから書いたってことで、みんな個性がきっちり出てたよね。この人の遅筆は、資料を綿密に読むってところにも原因があるみたい。
すみ 短篇1作ごとにそれをやるのはたしかに大変かもね。ありがたいと思いながら読まねば(笑) バリー・ゴールドウォーターが哀愁を醸し出していてよかったよね。まあ、実際のところ、現実世界では大統領にならなくてホントに良かったんだけど。
にえ コンピュータ・フレンドリー」は、エリザベスという少女が試験を受けに行くんだけど、どうやらこの世界はコンピュータに完全支配されているみたいで、その適性検査みたいなの。
すみ エリザベスの母親や兄は完全にコンピュータに組み込まれてしまっているんだよね。家にいないの。あ、あと飼い犬も。
にえ エリザベスは試験会場でシーナというおもしろいけど落ち着きのない少女と、オジンガという少年と出会って、仲良くなるんだけど、二人が近日中に大変なことになると知って、なんとか助けようとするという、怖い世界だけど可愛らしいお話。
すみ ソックス物語」は、コインランドリーで女性がグレーの靴下の左側だけなくしちゃう、すると左足が意志を持って、勝手に動き出し、その靴下を取り返しに行こうとする短いお話。
にえ 遺す言葉」は、著名な作家だった父が亡くなり、自由な生き方を望む父とは疎遠になりがちだった娘が、父の部屋を片づけに行くお話。ユーモラスで、やがて悲しきって、さすがのネピュラ賞受賞作だった。
すみ 亡くなった父親はあらゆる物に短いコメントを貼りつけてあるのよね。例えば冷蔵庫には、「この大きな冷蔵庫! 何のためだ? わたしは老人で、料理もしないのに」とか。それを見ながら、娘は亡き父のことをいろいろ回想していくの。これはジンときた。
にえ ライカンと岩」は、ですます調でやさしい児童文学風…の怖いSF。海のそばで家族と暮らす少女ライカンは、海辺にある岩が大好きなんだけど、この岩は以前はクジラだったんだけど、チェンジャーが壊れて岩になっちゃったものなの。
すみ ある日、家にコイ目の生物がやってきて、ライカンは寄宿学校へ行くことになるのよね。どうやらコイ目の生物が支配している世界みたいなんだけど。後半の悪夢のような展開はクライヴ・バーカーが絵をつけてもいいかも、とか思ってしまった。
にえ コンタクト」は、異星で、地球からやって来たアレックスという男性が、その星の知的生命体らしき空を飛ぶ生き物を麻酔銃で撃ち落としたところから始まるお話。
すみ 撃ち落とされたのは、ジラドという女性なんだよね。アレックスとジラド、それぞれの目線で語られ、お話が進んでいくんだけど、ジラドたちについては多くが語られないながらも背景が見えてきて、幻想的でもあり、怖くもありなの。
にえ スロポ日和」は、地球がかなり妙な容姿の異星人スロポの物になってしまったらしくて、スロポは一人ずつやって来て地球人のことをなにやら調査しているみたい。
すみ そのスロポの報告しだいで、大変なことになるかもしれないみたいよね。
にえ で、いかにもガラの悪い泥棒暮らしをしている若者のグループがそのスロポに取り入って、調査のためにストリップ劇場に連れていってやったりするんだけど。これはちょっとR・A・ラファティを連想したかな、そういう脱力系の楽しさ。
すみ イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ」は、イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプの作り方です(笑) これはほんとに短いの。レシピとテクスト分析に分かれてて。
にえ 春の悪夢」はスティーヴン・キングに読んでもらおうと思って書いたホラーだそうです。クロスカントリーを楽しみに来ていたミアという女性が、ロッジから出て一人で丘にのぼっていると、ゼブという男性が来て、二人で話をするの。ところが、会話は中断、近くにあった池に死体があることに気づき、ゼブはどうしても死体を引き上げたいと言うんだけど……。その後は意外な展開が、でも、ここまでで多少なりとも傾向がつかめてきているから、「らしいな〜」とニヤリかな。
すみ ニルヴァーナ・ハイ」はアイリーン・ガンとレズリー・ホワットの共著。この方は邦訳されている作品はこれまでのところないのかな、とりあえず私たちには見つけられませんでした。
にえ 超能力者が通う高校を舞台とした学園物って感じなんだよね。その高校に通う少女バーバラは、自分の意志と関係なく予知夢を見る能力があるの。で、可愛がってくれていた化学の先生がテレポートに失敗したらしく、湖水の中で実体化して死んでしまうことを知るんだけど。
すみ それで新しく来た代理教師のコリンズ先生っていうのが、なんだか妙な感じなのよね。でも、なんといっても、生徒どうしの諍いあり、親しみありの交流がおもしろかった。ちなみにこの学校では、「お手並みを拝見させてよ!」というのが流行語みたい。
にえ あんまり行きたくなるような学校ではなかったけどね(笑) だって、常に自分の頭の中にクラスじゅうの生徒が侵入しようとしてくるんだよ。一瞬たりとも気が抜けないの。
すみ そして最後、「緑の炎」は4人の共著で、3つの名前の章が交互に出てきて話が進んでいくんだけど、3人それぞれの章を担当し、1人がまとめ役。
にえ 内容はSF好きなら冒頭からニヤリだよね。グレース・ホッパーという実在した女性が海軍少尉で、そこに民間人としてアイザック・アシモフとロバート・ハインラインが配属されることになるの。で、ニコラ・テスラの発明したテスラコイルで、海の旅ならぬ次元を超えた時空の旅に出ることになってしまうという。
すみ 舞台は1943年のフィラデルフィアの海軍基地で、アシモフはまだ23才なんだよね。ちなみに、アイリーン・ガンがアシモフの章を担当、アンディ・ダンカンがハインライン、パット・マーフィーがホッパー、マイクル・スワンウィックがまとめ役と海亀の投入など、だそうです(笑)
にえ ということで、全体としてはこれまでの小説にはなかった奇抜さや、そこから来る驚きってのはあんまり期待しないほうがいいかも。それよりも、1作ごとの無駄のないまとまりの良さ、その美しさを堪能してくださいってことで。
すみ そうだね、あとは1作ごとに扉絵がついていたり、ウィリアム・ギブスンの讃辞、マイクル・スワンウィックの応援歌、ハワード・ウォルドロップのあとがきとオマケがついて、なにげに贅沢だしね。個人的にはウィリアム・ギブスンの讃辞のなかにある、SFの世界とはっていう話にものすごく共感してしまった。派手さはないけど読む価値ありってことで、オススメです。
 2006.11. 6