すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「わが悲しき娼婦たちの思い出」 G・ガルシア=マルケス (コロンビア)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
満90才の誕生日を迎えようとしている私は、サン・ニコラス公園の歩道のそばにあるコロニアル風の瀟洒な家に住んではいても、妻もなく、財産と呼べるものもほとんどない。40年間、外電屋として働いていた新聞社に、今だ新聞に記事を掲載してもらい、わずかな収入を得ていた。 私はうら若き処女を狂ったように愛して自分の誕生祝いにしようと考え、昔なじみの娼家を営むローサ・カバルカスに電話をかけた。ローサは薬で昏々と眠る14才の処女を用意してくれた。
にえ こちらはガルシア=マルケスが川端康成の「眠れる美女」に着想を得て書いた小説だそうです。
すみ とはいえ、続編でもなければ、パロディでもないんだから、川端さんのほうはべつに読まなくてもまったく問題ないんだけどね。
にえ でも読みましたでしょうが(笑) 基本的な設定はかなりパクっているというか、そういう言い方が良くなければ、かなりオマージュってるよね(笑)
すみ うん、まったく違う小説ではあるんだけど、設定はかなり似ているから、どうしても合わせて読むと、違いが気になっちゃう。「眠れる美女」だと服がなかったけど、「わが悲しき娼婦たちの思い出」だと服が置いてあるとか、そういう細かいところ、ひとつひとつが。だから合わせて読むと、どうしても順番的に後になったほうは純粋に小説として楽しめなくなっちゃうかも。この機会に両方読むんだったら、あいだを開けたほうがいいと思いましたってことで。
にえ 私たちは「わが悲しき娼婦たちの思い出」を先に読んで、「眠れる美女」をあとに読んだんだけど、それがせめてもの救いだったかなあ。「わが悲しき娼婦たちの思い出」のほうが、繊細で柔らかな感じだったから。
すみ うんうん、90才の老人が14才の少女を愛する話ということで覚悟を決めて読んだんだけど、ビックリするぐらい「ネッチリとした性欲描写」というものがなかったよね。むしろ、心に残るのは清潔さと上品さ、そして主人公の繊細さ。
にえ 最後も爽やかに終わったしね。あれ、ガルシアさんったらこういう作風だったっけと逆に驚いてしまった(笑)
すみ ツッコミどころはいくつかあるけどね。財産は全部とは言わないまでも、半分ぐらいはダミアーナに遺すべきじゃないの〜とか、けっきょくは騙されてるんじゃないの〜とか(笑)
にえ たしかにこれほど女性に敬愛を抱く人が、ダミアーナにはちょっと思い遣りが足りないって気はしたね。身近すぎるからかしら。
すみ ダミアーナは通いの家政婦で、長いこと関係を持ってた女性なんだよね。主人公は愛して憧れることには慣れていても、愛されることには不慣れだから、そういうことになっちゃうのかな。
にえ 知性はあるけど、容姿は醜く、でも馬なみの(笑)って人なのよね。婚約をしたことはあっても結婚はしたことがなく、孤独な身の上なの。
すみ 老いた身で娼家へ行き、薬で眠らされている少女の横で、これまで関わりのあった女性のことを思い出すっていうのは「眠れる美女」と同じで、その思い出す女性のなかに母親が含まれるのも同じなんだけど、こっちのほうが断然、母親の割合が高いよね。
にえ 母親をフロリーナ・デ・ディオスとかならずフルネームで呼ぶんだよね。自分の母親なのに、あがめ奉って、なんだか遠い存在みたいだった。
すみ 醜い容姿をやたらと気にしていたけど、本人が気にするほど女性にモテないわけでもなさそうだったし、関係を持った女性にはかならずお金を渡したりとか、そういう壁を作りたがる性質は母親が原因じゃないのって感じがしたよね。
にえ そんな母親の真の姿もようやくチラッと見えたりもして、90才にして愛に目覚めた、ってそういうお話と受けとっていいのかな。
すみ けっきょく、この主人公には歳の近い女性は無理なんだろうし、よかったのかもね。でも、肝心の14才の娘がどう考えているかは謎なんだけど。なにせ眠ったままで、娼家の女主人が代理のようにあーだこーだと言ってるだけだから。
にえ そこは怪しいよね〜(笑) でもまあ、それは置いといて、90才の主人公は新聞に自筆のラブレターを載せたりもして、ひたすら純愛だったりするんだよね。
すみ 若くはないから、格好つけたり、妙な意地を張ったりせず、ひたすらストレートだよね。なんだか読んでいるうちに、この歳にならないと純愛はできないのかもって気さえしてくるような(笑)
にえ でもまあ、とにかく、魅力はこの主人公の繊細さにあったよね。それに、女性に対する敬愛の念かな。あらすじを聞いただけで女性読者が避けような小説だけど、実は女性が読んだほうがグッと来るんじゃないかなあ。
すみ うん、老いがぜんぜん不幸と思われない描かれ方だったし、意外にも胸に沁みる小説でしたってことで、オススメっ。
 2006.10.23