すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「死を忘れるな」 ミュリエル・スパーク (イギリス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
デイム・レティ・コルストンの家には、聞き覚えのない男の声で「死ぬ運命を忘れるな」とだけ言って切れる電話が何度もかかってきていた。警察は高齢のレティの頭を疑っているのか、熱を入れて捜査してくれていないらしい。 そんな折り、奔放な生き方をしてきたライザ・ブルックが73才で亡くなった。ライザは独身だったのに、夫に全財産を遺していた。
復刊ドットコム「ミュリエル・スパーク」復刊特集ページ
にえ 絶版でごめんなさいといえばこの人、って変な紹介ですね(笑)、ミュリエル・スパーク作品です。
すみ この作品は、原題が「死を忘れるな」という意味のラテン語で「メメント・モリ(Memento Mori)」というのよね。なんだか哲学的っ。
にえ ちなみに、これは1959年に発表された作品で、日本では、白水社から永川玲二さん訳で、「死を忘れるな」というタイトルで、1964年と1990年の2回発刊されていて、東京新聞出版局から今川憲次さん訳で、「不思議な電話 メメント・モーリー」というタイトルで、1981年に出ています。同じ作品なのでお間違いなく。
すみ 読んでみて驚くのは、けっこうたくさん出てくる登場人物のほとんどが、かなり高齢のおじいさん、おばあさんだってことよね。
にえ その登場人物の子供とか、孫とか出てくるわけだけど、それを除くとみんな70代、80代だよね。
すみ まだ若さが残っていて、きれいな女ってのが73才だもんね(笑)
にえ しかも、みんな作家だったり、詩人だったり、批評家だったり、それに関わる人やその人たちに長年付き添った家政婦だったりするから、なんというか、知的レベルは高いんだけど、会社勤めの人とかと違って縛りがないというか、捻りがきいてるというか(笑)
すみ 一筋縄ではいかない人たちだよね〜。ことの発端は、デイム・レティ・コルストン(79才)という女性のところに、知らない男の人の声で「死ぬ運命を忘れるな」とそれだけを言う電話がたびたびかかってくるようになるの。
にえ デイムというのは勲功章を受けた女性の尊称なんだって。男性なら「サー」。レティは福祉運動家で、それで受章したみたい。
すみ レティは兄のゴトフリー(87才)のところへ行くんだけど、そこにも電話がかかってくるんだよね。しかも、そのせいなのか、ゴトフリーにも同じ電話がかかってくるようになって。
にえ ゴトフリーの奥さん、チャーミアン(85才)は有名な作家なのよね。しかも、最近になって人気が再燃しはじめてて。けっきょく、いつもチャーミアンばかりが気遣われるから、ゴトフリーは気に入らないみたいだけど。
すみ でも、ちょっとボケてきているみたいで、人の名前を間違えてばかりいるの。でもでも、そのわりには思考回路はしっかりしていて、落ち着いて知的だったりもするんだけど。
にえ じきにチャーミアンにも同じ電話がかかってくるようになるよね。チャーミアンは心の準備が出来てるから、レティみたいに動揺しないけど。
すみ そのイヤな電話の相談に行くのも、ヘンリ・モーティマー(70才)という引退した元警部なのよね。徹底した老人統一(笑)
にえ ゴトフリーとチャーミアンの家で働く家政婦も70才だからね。あとからチャーミアンの世話係として入るのも、自称69才で、実は73才(笑)
すみ その世話係のミセス・ペティグルーってのがクセモノなんだよね。ほんのつかのまゴトフリーの愛人だったことがある、ライザ・ブルック(73才)という女性が亡くなって、ミセス・ペティグルーはその家政婦だったんだけど……。
にえ なんかミセス・ペティグルーはライザを脅迫してたっぽいんだよね。ライザの遺書にはミセス・ペティグルーに全財産を遺すと書いてあって。
すみ でもその前に、変な条件があるんだよね。ミセス・ペティグルーは過去に結婚していたことがあるにせよ、今は独身のはず。それなのに、全財産を夫が生きていれば夫に遺し、いなければミセス・ペティグルーと書いてあるの。
にえ それでしかたなくチャーミアンの世話係になったミセス・ペティグルーは、今度は家捜しをしてゴトフリーの弱みを握って、自分に遺産を残す遺言を書かせようと企んでいるみたいなのよね。
すみ そんなこんなしているあいだに、登場人物たちの複雑な恋愛関係が浮かび上がってくるの。これがとっても意外で、とっても面白い複雑さなんだけど。
にえ 存在として面白いのはアレック・ウォーナー(79才)だよね。自分も老人でありながら老人たちを観察して、老人病学の研究しているの。そのために、普通なら隠すようなショッキングな情報もわざわざ伝えて、そのあとにかならず、お願いだから脈を計らせてくれ、とかいうの(笑) 
すみ 意外なところで中心となるのは、元チャーミアンの家政婦のジーン・テイラー(82才)だよね、この人は今は病院の老人病科に入院しているんだけど、なにしろ長年にわたり、ゴトフリーとチャーミアンの裏も表も見てきているから。といっても、かならずしも第三者的な立場ってわけでもなく、複雑な愛憎関係には、ちょこっと絡んでいたりもするんだけど。
にえ 生と死について考えさせられた、とか言いたいところだけど、実際のところ、印象に深く残るのはゴトフリーとチャーミアンの夫婦の関係だなあ。いろいろあり過ぎて感情は複雑に絡んじゃってるけど、結局は愛しているのは常に妻であり、夫であるみたいなの。でももう、ここまで行ってしまうとねえ。
すみ 愛らしいような、醜いような、切ないような、愚かしいような、最期が近いというのにワタワタしちゃってる老人たちの姿がなんとも感慨深いよね。なんとも奇妙で不可解で、深みもあって面白い小説でした。
 2006. 8.28