すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「魔術師のたいこ」 レーナ・ラウラヤイネン (フィンランド)  <春風社 単行本> 【Amazon】
魔術師のたいこ/青い胸のコマドリ/魔法の笛/風の帽子/オーロラのはじまり/太陽の野イチゴ/ウルダとアイリガス/青い大シカ/白樺の誕生/山の風/氷河に咲くキンポウゲ/銀の角のトナカイ
にえ 出版社が故意になのか、うっかりなのか、著者についての情報を伏せているし(?)、名前で検索してもフィンランド語かスウェーデン語らしき言葉で書かれたページばかりで読めないのでわかりませんが(泣)、たぶん著者は学者というより作家なんじゃないかな。とりあえず初めて読む方です。
すみ 民話集みたいな作品だから、著者情報はいらないと思ったのかな。でも、読んでみるとわかるけど、漠然と載せてるっていうんじゃなくて、サーメ人のあいだで語り継がれてきた物語を、連作短編のように美しくまとめあげた作品なのよね。
にえ サーメ人って恥ずかしながら、この本を読むまで知らなかった。検索して「ラップ人ともいう」と書かれているのを見て、ようやくそうなのかとわかった。「ラップ」はフィンランドの古語で「追われる人」という意味で、あんまり使わないほうがいいのだそうです。
すみ サーメ人ともサーミ人とも書かれていたよね。調べてみると、はっきりしないらしいけど、サーメ人は6万人から10万人ぐらいはいるのだそう。フィンランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデンという四カ国にまたがる、ほぼ北極圏内と言っていい北方の地域を自由に移動してきた先住民で、独自の言語、独自の文化を持ち、民族旗もあって、民族記念日もあったりするの。
にえ 言葉はもちろん、サーメ語よね。でも、サーメ人の住む地域はラップランドと呼ばれているから、ちょっとそこが複雑かも。
すみ ラップランドといえばサンタクロース、サンタクロースといえばトナカイってことで、サーメ人のおもな産業は牧畜、狩猟、漁業、農業、工芸品作りだそうだけど、牧畜というのは、もちろんトナカイの放牧。ただ、お話のなかでもトナカイがたくさん出てくるんだけど、飼い方としては、羊や牛や馬のようでもあるんだけど、もっと人間との生活に近い、犬のようでもあったよね。
にえ トナカイが私たちの感覚での、馬でもあり、牛でもあり、羊でもあり、犬や猫でもあるってことなんだろうね。全部ひっくるめたのと同じぐらい重宝で、気持ち的にも大切な存在。
すみ うん、そうなんだろうね。あと、工芸品作りっていうのがホントに美しいらしくて、お話のなかでも、鮮やかな色合いの服や帽子、花の色素で染めた布なんて出てきて素敵だった。それに、ヨイクという詩とも歌とも言えるようなものを作ったりするみたい。かなり豊かな文化。あ、さっき紛らわしいことを言ってしまったけれど、この本にはサンタクロースのサの字も出てきません。念のため。
にえ 検索して見てみると、サーメ人の衣装は色鮮やかで美しいよね〜。寒いところに住んでいると聞くと、どうしても生きていくだけで精一杯というイメージを抱くけど、そのイメージとは全然違って、お話もものすごく色彩豊かで、鷹揚というか、伸び伸びとした印象。
すみ この本には12のお話が収められているんだけど、著者の影響があってか、もとからそうなのか、素朴であっても洗練されていて、とっても品の良い感じだったよね。
にえ うんうん、温かくやさしいしね。どれも、まあ、いいじゃないか、みたいなホンワリとした終わり方だし、出てくる人も精霊もみんな清らかな感じがするし。
すみ 先に連作短編みたいだって言ったけど、お話は続いているわけじゃないのよね。ただ、最初に、偉大な魔術師ツォラオアイビがかつて住んでいた小屋(コタ)に入ってみると、魔法のたいこが置いてあって、叩くと「輪」がたいこに描かれた絵をめぐって、ひとつずつの絵の物語をたいこが語りはじめるって設定になっていて、ひとつずつ独立した話があって、最後にまた、魔術師ツォラオアイビのたいこに戻るという。
にえ 魔術師ツォラオアイビはいくつかの話に出てくるし、光の精と闇の精については、時間の経過が感じあっれたりと、繋がっていないようで繋がっていたけどね。
すみ そういえば、その魔術師ツォラオアイビがコーヒーを飲む場面があったり、ノルウェー人の青年が出てきたりして、やっぱりこれは古典的な民話集というより、民話を題材にしたファンタジーと捉えたほうがいいのかも。そのへん、出版社の紹介文と巻末解説が微妙に違うことが書いてあったんだけど。
にえ とにかくまあ、ひとつずつのお話は、ビックリするような新鮮さがあるってわけでもなく、本じたいも薄めなんだけど、なんだかとっても余韻があって、ジワーっと沁みてくるようで、ものすごく満足感があったよね。
すみ 多大な期待を込められても困るから、素朴な民話集って感覚で読みはじめるのがいいと思うけど、でもホント、読む喜びがあったね。ちょっとでも興味があって、薄くて素朴な民話集でもいいって方にはオススメってことで。
「魔術師のたいこ」
コタ(白いトナカイの皮で作ったサーメ人の小屋)へ入ってみると、そこは偉大な魔術師ツォラオアイビがかつて住んでいた小屋だった。コタの真ん中では焚火が燃え、石の上にはたいこがあった。
「青い胸のコマドリ」
光の精ツォブガは世界の南半分を治め、闇の精カーモスは世界の北半分を治めていたが、あるとき、南に住むコマドリが北に迷いこんで帰れず、そこで6個の卵を産んでしまった。
「魔法の笛」
ラップランドのサーナの山の麓に、「魔法の笛」と呼ばれる笛の名手の少年がいた。その美しい音色にはタビネズミたちがとくに熱心に聞き入っていた。
「風の帽子」
北風と南風と東風と西風が諍い、吹き荒れていた頃、ピュハトントリの地に名高い魔術師ツォラオアイビは、かぶっていた青い帽子で四つの風をすべて捕らえた。
「オーロラのはじまり」
サンメリの娘マレッタは、美人ではないけれど美しい髪をしていた。マレッタはクーッケリという魔法の鳥を飼っていた。二人の若者オウラとアスラクがマレッタに求婚したが、マレッタはノルウェー人のニルソンと結婚したかった。
「太陽の野イチゴ」
光の精ツォブガが追い出され、闇の精カーモスが支配する冬のあいだ、人々のあいだには諍いが絶えなかった。ツォブガは人々に太陽の光を蓄えた野イチゴ、ヒラを与えた。
「ウルダとアイリガス」
美しい青年アイリガスは、山のなかで金色の髪に緑の目をした美しい娘に出会った。娘は地の精ウルダだったが、アイリガスはそうと気づかず連れ帰って妻にした。
「青い大シカ」
アンダラスの末息子モルテンは、あまりにも賢く機敏なので、アンダラスはモルテンを偉大な魔術師ツォラオアイビの弟子にしてもらおうと連れていった。モルテンは銀の角のトナカイの世話と、スターロ(魔物)である青い大シカを追いかけないことを誓わされた。
「白樺の誕生」
インケル・エリが川の畔を歩けば、川はインケル・エリの美しさを讃えてヨイクを歌う。しかし、インケル・エリは思い上がるような娘ではなく、若者ヨブナとひそかに想いあっていた。ところが、コルッタ族の王がインケル・エリに一目惚れをしてしまった。
「山の風」
ペダルウーラの長男ウーラマッチは、狩りもできず、トナカイの世話もせず、ただただ山のなかを歩きまわり、ヨイクを作って美しい声で歌うだけだった。ペダルウーラはウーラマッチを連れ、偉大な魔術師ツォラオアイビに相談に行った。
「氷河に咲くキンポウゲ」
トナカイ長者の一人娘アイラは美しく、賢かったが、少しばかり気位が高すぎた。アイラはやさしい青年ユッサと恋人どうしになったが、陽気な青年ニーラに惹かれ、ニーラが心移りしたらしい黒い髪の少女マーラに嫉妬した。
「銀の角のトナカイ」
アイリガス山に住む魔術師ラビョンピエラは、ツォラオアイビの持つ、銀の角のトナカイが羨ましくてならなかった。銀の角のトナカイは、この世に別れを告げた人々が住む地に行けるらしかった。
 2006. 7.21