すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
トーベ・ヤンソン・コレクション5 「人形の家」 (フィンランド)  <筑摩書房 単行本> 【Amazon】
彫刻家、室内装飾師、警備員、老嬢などなど、さまざまな人々が織りなす人生模様を浮き彫りにした12の短編。
にえ これは超短編っていうのもなく、それなりにきちんとしたラストも用意されてて、短編集らしい短編集だったね。
すみ この本のテーマは、<懲りない人々>もしくは、<人生に終わ りはない>ってとこかな。人間そうそうすっぱり割り切って次に歩み出す、なんてことはできない。その 未練たらしさが、人間らしくていいのよね。
<猿>
批評家に貶されてばかりいた老彫刻家サヴォライネンも、年齢に敬意をあらわされたのか、今回ばかり は、いたわりに満ち、やけに保護者じみたやさしい批評を受けた。プライドを傷つけられたサヴォライネン は、いつものように猿を連れて散歩にでかけたが。
にえ トーベ・ヤンソンのお父様も彫刻家で、猿を溺愛した人。 でも、サヴォライネンのモデルがそのままお父様ってわけではないみたいだけどね。
すみ これはもうラストの一文が効いてる作品でしょ。短編小説家と してのヤンソンの力量を見せつけられた感じ。
<人形の家>
アレクサンデルは抜群に腕のいい、昔気質の室内装飾師。彼は友人のエリクと二人、二十年来ともに 暮らしていた。高齢になると引退し、すっぱりと仕事から手を引いたアレクサンデルは、エリクと二人の 住居で、精巧なミニチュアの家を造りはじめる。
にえ 男どうしの友情が切なくもほほえましい。ただ、これも、ほか の作品もそうだけど、ヤンソンが書く男どうし、女どうしの友情の話は、どうしても同性愛の匂いがしちゃ うんだけど、これは私の気のせいかしら。
すみ まあ、それはいいとして、せっかく室内装飾の仕事を辞めたの に、趣味でミニチュアの家を造っちゃうなんて、いかにも人間くさいよね。
<時間の感覚>
愛する祖母と暮らしていたレンナルトだが、祖母が精神を病んで時間の感覚がなくし、日常の生活さえ ままならなくなってしまった。祖母の以前の主治医に会うために、レンナルトは祖母を連れ、はるばるアン カレッジに向かう旅に出た。
にえ ちょっとぐらい惚けても、人生終わりじゃないんだよね〜。 しみじみ。
すみ おばあちゃんを思うレンナルトの気持ちも胸にしみたね。でも、 おばあちゃんのほうが一枚上手でした。
<機関車>
機械製図の専門家として長く鉄道会社に勤めていたわたしは、機関車を愛していた。ある日、駅で出会 った女性アンナは、客車を愛しているという。アンナが家に来るようになり、アンナを憎みはじめるわたし だが、誘われるまま二人で旅に出た。
にえ これは『石の原野』なみに硬質的な文章。それに、ちょっとわか りにくかったな。
すみ 長編でもいけそうなストーリーだったけどね。それにしても、 ヤンソンはどうして女の存在を憎む男を、好んで登場人物にするんだろうね。
<ハワイ、ヒロからの手紙>
ハワイのヒロにある飲み屋に、旅行者フランシュが立ち寄った。きまじめで、騙されやすく愚かな フランシュを気に入った店主は、店の二階に泊めてやることにした。金も払わず、海岸を掃除するつもりで さらに見苦しくする、そんなフランシュだが、店主は追い出そうとはしなかった。
にえ フィンランド人が書いたハワイの小説、これは読んだことな いでしょう。
すみ でも、お話の始まりから終わりまで、天気は良くないのよね。 だけど、まあいいやで許しちゃうところが、いかにも南の島的発想で、全体にそういった明るいムードが漂ってた。
<新しき土地の記憶>
しっかりものの長女ヨハンナは、頼りない二人の妹マイラとシイリを連れ、フィンランドからアメリカ に移住した。困難な入国審査を乗り切り、住居を探し、妹たちの面倒を見続けるヨハンナだが、妹たちには 感謝する様子もなく、シイリは仕事もしていないイタリア人の男と結婚しまう。
にえ これは、「人生ってそういうものよ」ってヤンソンの声が聞こえ てきそうな話だったね。
すみ 私だったら、勝手にしろって妹なんか放り出しちゃうんだけどな(笑)
<連載漫画家>
新聞の人気連載漫画「ブラビー」は二十年近くも続いていたが、作者のオーリントンが突然筆を折り、 失踪した。あとを引き継ぎ、「ブラビー」を描くことになったスタインは、なぜオーリントンが描くことを やめたのか、どうしても知りたくなってきた。
にえ 今まで読んだ作品でも、あれ、これはヤンソン自身のことって 感じることは多かったけど、ヤンソンがあくまでも創作ですって姿勢で書いていたから、あえてそれは指摘 しなかった。でも、これは長くムーミンを描きつづけたヤンソンの心情を色濃く反映してるなって気がした し、それを言っちゃっても許される作品のような気がしたな。
すみ 長く続けてれば誰でもイヤになって逃げ出したくなるけど、 離れたら離れたで、また関わりたくなっちゃうのよね。そういう人間のかわいらしい矛盾を、ヤンソンも あっさり許して、愛してくれる人で私はうれしい。
<ホワイト・レディ>
六十歳に近い女性エリノール、レジーナ、マイは着飾って、小さな島にある有名なレストランに出掛 けた。久しぶりの贅沢にはしゃぐ三人は、もう若くないことを強く意識しながら、美しい過去に話を弾ま せる。
にえ かつては若く美しかった女性が、もう女とは意識されない 年齢になるって、なんか切ないね。
すみ そんなものにしがみついてちゃいけないと、だれしもわかって はいるんだけどね。外側はオバアチャンでも、中身はずっとレディのまま、それでもなんとか生きるしかな いよ。
<自然の中の芸術>
盛大な展覧会<自然の中の芸術>で警備員をつとめるラサネンは、担当する彫刻の警備に誇りを持ってい た。閉会後の展覧会場で出会った老夫婦は、大枚をはたいたシルクスクリーンに対して、ラネサンの意見を 求める。
にえ これはもう、画家であるトーベ・ヤンソンらしい作品。 新鋭の芸術分野にも理解を示していたヤンソンの若々しい精神に敬服。
すみ 展覧会の警備員が芸術を語るって設定もいいよね。
<主役>
才能はあるが主役は初めて、だが、せっかくのチャンスも、女優マリアにはピンとこない役どころだっ た。中年の冴えない、目立たない小心の女エレン。マリアはいとこのフリーダがエレンにそっくりなことに 気づき、フリーダを招き、役作りをしようとする。
にえ これは女優根性見せつけられたってかんじ。
すみ マリアの女優としての割り切った行動と、人間としての思い遣 りのバランス感覚が良かったな。どっちも見失わずに、うまく自分で調節きかせてる。
<花の子ども>
フローラは花のように愛らしい女性だった。資産家との結婚でアメリカに渡り、世界を股にかけた豪華 な生活を送り、そして夫の死とともにほとんどを失って老齢で故郷に戻ってきた。それでも、フローラにと って自分は昔と同じ、みんなに愛される<花の子ども>だった。
にえ これは他の作家だったら、もう少し痛々しくなるところを、 フンワリと仕上げてて良かったな。
すみ 人の行動を正しいとか間違ってるとか決めつけないで、その人 なりに選択させるっていう精神はムーミンでもうかがえたけど、そういう人をそのままにしておく包容力っていいな〜。
<大いなる旅>
母親と暮らすローラは、母親に密着しすぎていると親友エレナは思っている。ずっと以前から母親と 一緒に旅行へ行くことを約束しているローラは、エレナに誘われても旅行には行けない。だが、母と行く 決心もつかない。
にえ ママとローラとエレナの三角関係は、愛情という引力にひっ ぱられまくって大変です。
すみ それにしても、トーベ・ヤンソンはなかなかの読書家と見えて、 これまでの作品でもいろんなジャンルの作家の名前があがってて感心してたけど、この話では、ママが マーガレット・ミラーを絶賛してるのよね、これはちょっと驚いた。ヤンソンの守備範囲広し!