すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「口ひげを剃る男」 エマニュエル・カレール (フランス)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
彼はずっと口ひげを生やしていた。5年前に結婚した妻のアニエスは、口ひげのある彼しか知らなかった。ある日、彼はアニエスが出掛けた隙に、口ひげを剃ってみることにした。帰ってきたアニエスは驚くはずだ。 ところが、買い物から戻ってきたアニエスは、驚くどころか、彼には最初から口ひげなどなかったと言う。アニエスのいつもの悪戯だろうか? しかし、友人も同僚も、口ひげを剃った彼を見てなにも言わなかった。以前に撮った写真を見れば、すべて口ひげは生えているというのに。
にえ 河出Modern&classicシリーズです。エマニュエル・カレールは、前にも河出書房新社から、「冬の少年」「嘘をついた男」といった作品が出ているようですが、私たちにとっては、初めての作家さん。
すみ この「口ひげを剃る男」は著者自身が監督になって映画化されているんだって。横浜のフランス映画祭に出品されたそうな。
にえ どんな映画だったんだろうと思うよね。小説のほうは、ほとんどが心理描写だから。
すみ 凄かったよね〜。口ひげを剃ったのに、気づいてもらえない。本人的にはどうであれ、そんな些細な出来事から、なぜ、どうして、と次々に疑問が出てきて、どんどん心理的に追いつめられていくの。
にえ 狂気がどこにあるのかさえわからないのよね。おかしいのは自分なのか、妻なのか、それとも他の何かなのか。
すみ 自分は口ひげがあったと確信しているから、悪い冗談だろうとか、なにか罠にかけられてしまったんだろうとか、そういう疑いから始まって、しだいに自分も信じられなくなっていくんだよね。
にえ そうかと思えば、アニエスも自分のほうが? って疑いだしちゃったりもするしね。読んでて頭がグルグルしてきた。ちょっと信じようとすると、すぐにまた疑うという繰り返しで。
すみ しかも、延々とヒゲの話に終始するのかと思ったら、さらなる狂気の世界に足を踏み入れてしまうのよね。
にえ 中盤を越すぐらいまでは、なにが起きるってわけでもないんだけど、なにげない会話と主人公の追いつめられていく心理だけで、凄い迫力だった。
すみ でもさあ、こういう話って、どんどん狂気へと加速して、読んでるこっちをグイグイ引っぱっておきながら、最後はなんにもなしで放りっぱなしってパターンが結構あるけど、これは違ったよね。
にえ そうそう、グイグイ引っぱられていただけに、最後はドスンだった。
すみ これこれこういう理由でしたって詳しい説明があるわけじゃないけど、うわ、やられた、と言うか、とりあえず驚きとともに結末が用意されてた。
にえ とりあえず、ここまでやっちゃうっていうのがフランス作家だな、と妙に納得してしまったよ。
すみ そうだね、やってくれたよね〜。口ひげを剃ってパートナーを驚かせようなんて、軽いおふざけから、信じていた世界があっさりと崩壊してしまうという流れはホントにお見事だった。変な話なのに、妙に説得力があるし。
にえ 崩壊しつつも、まだ、なんだろう、なんだろうと思わせてくれるしね。長さもこれくらいなら一気に読めて、嫌にならずに済んだし。この作家さんは他の作品もちょっと読んでみたいな。
すみ 心理的に追いつめられていく恐怖を味わいたい人にはオススメかも。ただし一部、グロ注意報も発令しなくてはならないんだけど(笑)
 2006. 7.13