すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「果樹園」 ラリイ・ワトスン (アメリカ)  <ランダムハウス講談社 単行本> 【Amazon】
1954年、ウィンスコンシン州ドア郡、世界的に著名な画家ネッド・ウィーヴァーは行き詰まりを感じていた。それを打開するには、霊感を与えてくれるモデルに出現してもらうしかない。 赤いダッフルコートを着て、入り江を歩く女性ソニヤを見たとき、ネッドはこの女性こそ、新境地を開拓してくれるモデルだと気づいた。ソニヤは夫と子供を連れて立ち去った。モデルになるのなら、服を脱いでもらわなければならない。
にえ 私たちにとっては初めてのラリイ・ワトスンです。邦訳本としては、前に「追憶のスモールタウン」という作品が出ているので、2作目かな。
すみ 巻末解説によると、ラリイ・ワトスン大学で教鞭を執りながら小説を書いている方なのだとか。真摯にブンガクするぞって姿勢が垣間見られる作風だったから、なるほどと納得。
にえ そうだね、ブンガクしてたね。そのためか、初めて読む方だったのに、なんとなく最後まで安心して読めた。
すみ 内容は、2組の夫婦の物語であり、画家とモデルの物語、というか、天性のモデルの物語。
にえ 2組の夫婦はそれぞれに事情があって、うまく行かなくなってきているんだよね。画家ネッド・ウィーヴァーとその妻ハリエットは、ネッドの女ぐせの悪さから、ハリエットが結婚を解消するべきかどうか悩んでいるの。
すみ ハリエットはネッドの元モデルで、それだけに、モデルと関係を持ちたがるネッドの性癖もわかっていて、ネッドの絵画に対する純粋な気持ちも、芸術家としての偉大さもわかっていて、それだけに、嫌悪もあれば、尊敬もありで、すぐに別れるってこともできないんだよね。
にえ もう1組は、そのネッドの新しいモデルとなったソニヤとその夫ヘンリー・ハウス。この二人については、出会いから克明に描き出されていくんだけど。
すみ ヘンリーは従軍時に耳が聴こえなくなった、果樹園を経営する青年、ソニヤはノルウェイの貧しい漁村の出身で、口減らしのためにアメリカにやられた女性なのよね。美しいけれど、英語は聞くのも話すのもまだちょっと苦手。
にえ ヘンリーがバックという飼い馬をとても大切にしていて、その馬が原因で、二人の結婚生活に大きな影をさすことになるのよね。
すみ いろいろあって、ソニヤは働かなくてはならなくなるんだけど、ネッドに持ちかけられた絵のモデルの仕事は、給仕の仕事よりずっと高い金額がもらえるの。
にえ でも、裸にならなきゃいけないのよね。そのことにソニヤはまったく抵抗を示さず、ネッドをも驚かせるんだけど。
すみ ネッドとソニヤの関係がおもしろいよね。本来、画家がすべてを支配して、モデルは素材に過ぎないはずなのに、ソニヤはまるでモデルになるために生まれてきたような女性で、いつのまにか、ソニヤがすべてを支配して、ネッドが描かされているかのようにも思えてきて。
にえ ポーズの注文をするのはネッドで、ソニヤは黙ってそれに従うだけなのに、どんどんそんな感じが強くなるよね。ネッドは画家として天才だったのかもしれないけど、ソニヤのモデルとしての才はそれを大きく上まわっていたということかな。
すみ 男女としての関係でもそうだよね。どんどんソニヤに惹かれていくネッドと、ネッドにまったく興味を持たないソニヤ。女神と信奉者みたいな。
にえ でも、実際にはネッドは世界的に著名な画家で、ソニヤはありふれた果樹園の妻でしかなく、言葉に苦労する移民でもあり。
すみ 淡々と語られていく物語ではあるのだけれど、そういう微妙な関係性にはゾクゾクとするものがあったよね。
にえ これまた巻末解説からの情報なのだけれど、画家ネッド・ウィーヴァーの作品については、アンドリュー・ワイエスの「ヘルガ」シリーズを意識しているんじゃないかという指摘があって、ラリイ・ワトスンはきっぱり否定しているらしいんだけど、これには、そう、それ! と思ったな。私としては、ヘルガでもクリスティーナでもいいんだけど、作品の中の絵とワイエスの絵がイメージぴったりだった。
すみ ワイエスとネッドはぜんぜん似てないけどね。でもたしかに、絵はああいう感じだよね。ネッドがドガをイメージして絵を描こうとするシーンがあるんだけど、それについては、え、私が想像していたネッドの絵とドガの絵が結びつかない、と思ったんだけど、あらためてワイエスの絵を見て、ドガの絵を見たら、あ、やっぱりイメージにぴったり合うと思った。
にえ そんなに短いってことはないんだけど、わりとこぢんまりとまとまっている印象かな。で、こぢんまりと纏まった中で、読み応えがあって、なかなか良かったな。
すみ そうだね、言葉は少ないのに存在感を放っていたソニヤが、いつまでも余韻を残すラストだったし。運命を交差させた4人の生き様について考えさせられるし。いい小説でしたってことで。