すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「聖書の絵師」 ブレンダ・リックマン・ヴァントリーズ (アメリカ)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
14世紀後半のイギリス、庶民は国王から人頭税、教会からは十分の一税をしぼりとられることになり、日々食べることすらままならなくなってきていた。そんな中、庶民にも読めるようにするため、 聖書を英語に翻訳しようとする者たちも現れはじめていた。夫を亡くした女領主キャスリンもまた、強欲な神父によって強請のように寄付を要求されて苦しめられていた。しかし、ブルーホルム大修道院長の写本に挿絵をそえる彩飾師とその娘を屋敷に預かることにより、 その苦境から逃れることができそうだった。
「聖書の絵師」公式HP
にえ 著者は1945年生まれ、25年間、英語教師として勤務ののち、この小説で作家デビューした人だそうです。すでに14カ国で出版決定だとか。
すみ これは間違いなしって小説だもんね。14世紀後半のプランタジネット王朝のイギリスを舞台とした物語性のある小説、と聞いて「読みたい!」と思った人が読めば、まず間違いなく満足できる本。
にえ うん、最近の歴史小説って、時代背景は古くても、登場人物は現代人そのもので、え? みたいになっちゃうことってよくある気がするけど、これは違ったな。本当にその時代に書かれた小説みたいな古さもないんだけど、妙に新しくて違和感がってこともなくて、その程良さが安心して身を任せられるというか。
すみ 上質の歴史小説です、って安心して紹介できるよね。無理があるんじゃないかとか、いくらなんでもとか、そういう首を傾げるところがなくて。
にえ でも、なんだか、最後まで読むと新しいタイプの小説を読んだなって気になれたよね。それがまた良かった。
すみ 「歴史ロマン」って紹介されてたけど、「ロマン」で想像するような甘さはないよね。それどころか、けっこう過酷さのあるストーリーだった。
にえ そうそう。それについては私は大喜びだったけど、ロマンティックな感じを期待して読んじゃうと肩すかしかも。
すみ だいたい、タイトルの「聖書の絵師」っていうのが、若くてきれいな少年から青年の間ぐらいかな〜なんて読む前に想像していたんだけど、16才ぐらいの娘のお父さんなのよね。
にえ それでもまだ若くないこともないし、奥さんは出産の時に亡くしてるんだけどね。
すみ そのフィンという絵師は、腕がいいけどギルドに所属していなくて、格安で美しい絵を本に描いてくれるというので、ブルーホルム大修道院長が写本に装画を描いてもらうために招くの。
にえ でも、娘が一緒にいるから、修道院に泊めるわけにもいかないのよね、そこで、絵師を引き受けたのが、ブラッキンガムの女領主キャスリン。
すみ キャスリンは夫を亡くしたばかりで、赤毛と金髪の二卵性双子の息子がいるのよね。二人の息子は性格が正反対で、そこからまたいろいろと複雑に話が発展していくんだけど。領地は夫から譲り受けたってわけではなくて、もともとキャスリンの父親の遺産なの。
にえ キャスリンは悪賢い荘園執事の不正に気づきながらも、新しい荘園執事をすぐに雇うわけにもいかず、自分の農奴たちが払えない人頭税をなんとか工面しようと努力し、二人の息子の扱いにも悩みつつ、神父に強請まがいのことまでされ、州長官には領地目当てで結婚を迫られ、慢性頭痛にも苦しみ、と大変そうなのよね。
すみ 未亡人と二人の息子のところに、まだ若いのに独身になってしまっている男性と美しい娘が来るんだから、いろいろありそうってところに、殺人事件まで起きて、ストーリーは予想しなかったような起伏のある展開になっていく、と。
にえ さらに、時代背景が大きくストーリーに影響していくよね。実在した人物もストーリーの中に組み込まれていて。
すみ 王室は幼い王のために諍いが絶えず、国王と教会の権力争いから、人々には人頭税と十分の一税がのしかかり、教会のあり方を非難する人たちが現れはじめ、ラテン語などで書かれているために庶民が読むことのできない聖書を英語訳しようとする人たちが現われ、とまさに激動の時代だよね。
にえ この小説でも、最後のほうでは歴史の大きなうねりに飲みこまれていくような展開になっていくもんね。ああ、こういう時代だったのかとすごく実感できた。
すみ 脇の登場人物たちにも魅力があったよね。酷い目にばかり遭わされても、美しい心を持ちつづける侏儒「ちびのトム」とか、魂の色が見える娘とか、孤独の中でも真実と立ち向かおうとする実在した隠修女マザー・ジュリアンとか、女主人に仕えつづける心優しき料理女とか、みんなそれぞれに悩んだりもしながら、進んでいく様子がしっかりと描かれてた。
にえ 立場ってものをわきまえないといけない時代だったっていうのがよくわかるよね。そのなかで、なんとか自分の幸せを見つけていかなくちゃならなくて。
すみ 著者がよく本を読んでいる人で、この時代についてはもうしっかり咀嚼して、その上に物語を描く準備のできてる人だっていうのがハッキリわかる作品だった。
にえ 高速で進んでいくお話じゃないから、読むときは、じっくり腰を据えて読む覚悟をしておいたほうがいいかも。そのわりには、どんどん読み進んじゃうんだけど(笑) あとそうそう、著者のHPで見た原書の表紙がすっごくきれいだった。
すみ 女性作家ならではの柔らかみと、著者の硬派な歴史家的な態度がうまく融合した、読みごたえのある歴史小説でしたってことで。好きそうな人には間違いなしのオススメですっ。