すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 トーベ・ヤンソン・コレクション4 「石の原野」 (フィンランド)  <筑摩書房 単行本> 【Amazon】
短編2作と中編1作を収録。
<作家のメモ>
若い女性を主人公にした小説が書きたかった私は、若い頃に出 した手紙をアメリカの友人エヴァ・コニコヴァから送ってもらった。
<若き日の友情>
アメリカに行った友人エヴァ・コニコヴァに書いた、わたし の手紙。エヴァはアメリカで夢を実現させつつあるはずなのに、わたしはこの国から逃れられない。それな のに、エヴァはわたしに返事もくれない。
<石の原野>
辣腕の新聞記者だったヨナスは、<新聞王>と呼ばれた男の伝記を 書くことにした。二人の娘カリンとマリアとともに、フィンランド湾沿岸の小さな村にサウナ小屋を借りて 滞在した。その小屋のそばには、「石の原野」と呼ばれる石だらけの荒れ地があった。
にえ これは3つの小説が入ってました。でも、じつは『作家のメモ』と『若き日の友情』は2つで1セットなの。
すみ 『若き日の友情』を書こうとしているトーベ・ヤンソンの姿が 『作家のメモ』。『作家のメモ』で書こうとしていた小説が『若き日の友情』なのよね。
にえ しかも、『作家のメモ』で若い頃の手紙を手に入れたって話、 『若き日の友情』の内容は幾通かの手紙、どこまでが現実の話で、どこからが創作なのかは説明されてない。
すみ 手紙を手に入れたってところから作り話からもしれないし、 手紙まで全部真実そのままなのかもしれない。そういうわからない愉しさがある2編でした。
にえ 『作家のメモ』で、若さを上手に表現できないと嘆いたヤンソ ンが、『若き日の友情』で若さをうまく書けているのかどうか読者が判断するという趣向でもあるよね。
すみ 若さゆえの焦燥感は、ビシビシ伝わってくるでしょうか。
にえ で、メインは『石の原野』。これはまたトーベ・ヤンソンの 作家としての別の一面を見せつけられたね。
すみ うん、すごく硬質的で驚いた。しかも、中年男性が主人公なん だけど、この人がもう読者が愛せるような人じゃなくて、それで一層、全体的に冷たいムードが漂っちゃ ってて。
にえ 家族に愛情も示さず、人を寄せつけず、仕事だけに熱中し、 言葉だけにこだわりつづける人なのよね。
すみ 言動に思い遣りのかけらもないし、独善的だし、人の言った ことのあげあしとってばかりで心の通った会話もできないし、おまけにアル中の一歩手前。
にえ <新聞王>をとってもいやな人間に書こうとしてるんだけど、 それはすべて自分の姿なのよね、そんなことにも気づかない愚か者。
すみ 奥さんとは別れちゃったんだけど、その奥さんと喧嘩をしたこ ともないのよね。見下しちゃってるから。
にえ 二人の娘は、もちろんやさしい言葉なんかかけてもらったことが ないし、会話を続けることすらできない。
すみ 友だちになってくれそうな人のいい男が現れるけど、その人に 対しても態度最悪だし、ほんと、何様のつもりって人だよね。
にえ そういう男の内面を掘り下げて描写してあるってんだから、 なかなか読むのもしんどい。
すみ 削りに削って無駄のないこの文章と、百ページに満たないという この短さなくしては、ちょっと辛かったかもね。
にえ ただ、読み終わったあと、わかりきった結末だったにも関わら ず、やけにググッときちゃったな。
すみ なんだろう、いやな奴だと思いながら、どこかでこの男に共感 してたね。だからラストが決まってたんだね。
にえ たしかにいやな奴だけど、書くことに対して、生きることに対 して真摯な人でもあったんだよね。妥協して生きられないっていうか。
すみ う〜ん、悪意がないのよね。だから一層たち悪いんだけど。そ れになんか必死な人だったし。読んでて息苦しくもあったけど、早く救われてほしいって願ってたな。
にえ 自分の姿を省みられない男が、もがきながら他人の伝記を書こ うとする。痛烈なイヤミだけど、痛烈なイヤミって反作用的に哀しみと同情を呼び起こすのだな〜、これ が(笑)
すみ 3作品を通してみると、この本のテーマはずばり <小説を創作するということ>でしょう。
にえ 小説を書くってことは、自分を知り、自分を書くってこと、 そういうメッセージを感じたけど、どうでしょう。
すみ それにしても、トーベ・ヤンソンはこういう小説も書けるのね。またまた驚き。