すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「イラクサ」 アリス・マンロー (カナダ)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
アリス・マンロー:1931年生まれ。「短編小説の女王」と賞されるカナダの代表的な作家。数々の文学賞を受賞し、カナダ、アメリカ、イギリスなどではベストセラーリスト上位の常連で、2005年にはタイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」にも選ばれている。
恋占い/浮橋/家に伝わる家具/なぐさめ/イラクサ/ポスト・アンド・ビーム/記憶に残っていること/クィーニー/クマが山を越えてきた
にえ ず〜っと前に「木星の月」という短編集を読んだのですが、それっきり邦訳本が出なくて、忘れたような忘れていないような存在となっていたアリス・マンローの本が超久しぶりに出たので読んでみました。
すみ 私たちが読む前も読まなかったあいだも、アリス・マンローは欧米では高い評価を受け、本好きだったら知ってて当然の特別な存在でありつづけたんだね。今回あらためて読んでみて、読めなかった期間がいかに不幸なことだったかわかったよ。
にえ でもとりあえず、アリス・マンローが70才になる年に発表されたこの短編集を読めたことは幸せだよね。さすが70才、人生の重みがズッシリキッチリと作品に込められていて、どれも本当に読んで感慨深い短編ばかりだった。
すみ うん、読んだ時間がむだになるような話は一つもないよね。巻末解説でアリス・マンローの略歴を読むと、どれも経験の裏付けがしっかりとある作品だということがわかるし、それは読んでいてもヒシヒシと感じられた。
にえ アイルランド系カナダ人で、真っ直ぐな姿勢で短編小説を書くって、アリス・マンローが読めなかったあいだに読むことができたアリステア・マクラウドと共通するよね。アリス・マンローは女性の感覚というのが強い作品ばかりだから、作品じたいが似ているとは言い難いけど。
すみ そうだね、書く姿勢みたいなところで共通するものはあるよね。女性感覚のアリス・マンローも生活感あふれる作品ながら、しっかり骨太で、揺るぎのない安心感があるし。
にえ このところ邦訳される短編集って、ホントに質が高いのが多いのだけれど、やっぱりこういうしっかり読ませてくれるものって貴重だよね。読めてうれしかったです、はい。
すみ とくに女性は共感するところが多いんじゃないかな。読者についても、より人生経験が長い人ほど深く味わえそう。もちろん、オススメです。
<恋占い>
ジョアンナは旅立つしたくをしていた。一度軽く顔を合わせただけで、あとは手紙の遣り取りしかしていないが、家政婦として勤めている屋敷の娘サビナの父親と結婚を期待できるところまで来ていた。あとは直接会うだけだ。
にえ 原題は「Hateship,friendship,courtship,loveship,marriage」、なんだろう、日本語での占いの言葉に近づけると、「嫌い、好き、片思い、両思い、結婚」ってところかな。なんだかこの原題が妙に気に入ってしまった。アメリカやカナダの少女は恋占いをするとき、こういう風に言うのかな〜。ちなみに、この作品はジュリアン・ムーア監督による映画化が決まっているとかで、タイトルもそのままになる模様(?)。日本で公開されるとしたら邦題はどうなるんでしょうね。
すみ 小説のほうもタイトルにピッタリの、読み終わってムフッとするお話だったね。二人の娘サビナとその友人イーディスの若さゆえの残酷さや、あっさりと関係性が変わっていくところとか、かなりリアルで、そっちのほうもゾクゾクするおもしろさがあったな。
<浮橋>
ジニーは治療のために見栄えの悪くなった髪の毛を隠すために帽子をかぶっている。ジニーは腫瘍専門医に会ってきたところだ。しかし、夫のニールはその結果を訊いてこなかった。ニールはいつも青少年犯罪者の支援に夢中で、今も新しく雇うことにした少年院出の少女の世話を焼くことしか考えていなかった。
にえ ニールは非行少年少女と接するときには、おおらかで楽しくて包容力のありそうな人。でも、妻への気遣いは一切なし。妻に優しくしても世間に向かってのいい人アピールはできないもんね。
すみ でも、ニールと一緒にいるジニーには、もっと違うところもいっぱい見えてるんじゃない。100%素敵な人はいないから、どこかで妥協しなくては結婚生活は続かない、そういう現実をしっかり見据えた、なんともいえない切なさを描き出していくのが上手い人だよね〜。
<家に伝わる家具>
父のいとこのアルフリーダは町に住み、新聞に記事を書いている。私はアルフリーダのことを独身でちょっと豊かに格好良く暮らしていると思った。彼女が来ると、家の集まりもぐっと楽しく、賑やかなものとなった。
にえ これは実話なのかな〜とか思いながら読んでしまった。語り手は作家なの。
すみ アリス・マンローの作品をすべて読んでいたら、実話かどうか確認できるだろうけど、たぶん実話ってことはないでしょう。でも、アリス・マンローのような作品を書く作家って、実際に家族のなかでこういう立場になっちゃうんだろうなとシミジミ。
<なぐさめ>
ニナがテニスをして帰ると、夫のルイスは自殺していた。ルイスは元高校教師だったが、無神論者で、新興宗教を含めたキリスト教系のいくつかの宗教の熱狂的な信者の生徒とその保護者ともめてしまい、新聞沙汰にまでなっていた。
にえ 自分自身がかなりルイスに近い考え方なので、ルイスに肩入れして読んだのだけれど、でも、う〜ん、遺書はちょっと切なすぎるなあ。
すみ 夫がなにかと戦っているときに、妻も同じぐらい熱く戦おうって気になれればいいけど、どうしても温度差は生じちゃうよね。それで最後には取り残されちゃうっていうのは……。
<イラクサ>
子供の頃、動物たちを囲い飼いしている我が家に、マイク・マッカラムという井戸掘削業者がやってきた。マイクには私より1歳2ヶ月年上の息子がいた。その息子の名前もマイクだった。マイクとその父はホテルに滞在して、マイクは私と同じ学校に通った。私は8歳、マイクは9歳、毎日のように二人で遊んだ。
にえ これはもう、なんだかわかる〜という気持ちにさせられたなあ。恋愛とかそういうものがよくわかっていない頃に抱くほのかな恋心。二人は他の子供たちがやっている戦争ごっこに加わるんだけど、そのエピソードにわかる〜と思ってしまった。
すみ 子供に向かって遠回しにイヤらしいことを言う臨時雇いの男とか、そういう存在を絡めるところもさりげなく上手いよね。ああ、いるよな、こういう大人、と思ってしまったし。
<ポスト・アンド・ビーム>
ローナはライオネルから何度も詩を受け取っていた。ライオネルは以前、ローナの夫ブレンダンの大学の教え子だった。詩には恋心を示すようなものはまったく書かれていなかったが、週に一度ぐらいの割合でかならずローナの元に届いた。ローナは5才年上のいとこポリーが訪ねてくることをブレンダンにもライオネルにも話せずにいた。
にえ ちょっと不安になったりしても相談できない夫、いとこが訪ねてくることだって、きっと不機嫌になるだろうと思うと言い出せないような相手である夫、そんな夫との生活の中、自分に気があるらしき青年の存在。どうなることかと思っているところに、ポリーが到着、となっていくの。
すみ ライオネルはかなり問題を抱えた青年みたいだけどね。それに比べてポリーは、田舎の空気をそのまま持ってきたみたいに純朴な存在で、子供の頃からローナにやさしく接してくれた人。夫、気になる青年、大切ないとこ、そして二人の子供、それぞれに引っぱられるようなことになるローナは危なっかしくも思えたのだけれど。
<記憶に残っていること>
夫ピエールの幼なじみで親友でもあったジョナスが亡くなった。メリエルはピエールと行くジョナスの葬儀の帰りに、老人ホームにいる大好きなミュリエルおばちゃまを訪問する予定だった。しかし、夫はミュリエルの存在をあまり快く思っていない。そこでミリエルは一人で行くつもりだったが、同じ葬儀に参列していた医師だという男が車で送っていってくれることになった。
にえ なんとなく、うっすらと耐えられなくなってきそうな夫との関係。それがひとつの出来事のために……というお話。
すみ ジョナスの死について、そして痴呆のためか、まったく別の面を見せるミュリエルに対する驚き、とメインのストーリー以外のお話がどれもまた巧いんだよね。
<クィーニー>
義理の姉であるクィーニーは、きれいで、親切で楽しく、だれもが一緒にいたくなるような少女だった。そのクィーニーが18才でアルバイトで家政婦として働いていた家の妻を亡くした主人と駆け落ちのような結婚をして、家族とは長く絶縁状態になってしまった。ようやく久しぶりに会ってみると、クィーニーはまた別の方を向いているようだった。
にえ これはもう、ホントにわかる、わかる、だなあ。きれいで、親切で楽しくて、一緒にいると強い絆で結ばれているような感じがするんだけど、自分のしたいことのためなら、プイッとすべてを捨てて出て行ってしまえる女性。そんな女性に振りまわされることになる女性。そういう関係ってあるよね〜。
すみ 久しぶりに会えば、わ〜、会いたかった〜って心の底から言ってくれるのよね。でも、別れればこちらを探そうともしなくて、思い出して手紙を書くこともなくて。なぜだか女はそういう女に強く惹かれるよね。
<クマが山を越えてきた>
グラントとフィオーナは二人だけに通じる言葉や冗談をつくって二人だけで笑いこけるような、そんな仲の良さをずっと保ったままの夫婦だった。しかし、70才になったフィオーナは物忘れがひどくなり、とうとう、そういった老人が収容される施設に入ることになった。グラントはフィオーナを失いたくなかった。たしかに多くの女性との火遊びはあったが、フィオーナのことはいつも大切に思っていた。
にえ 施設に入り、とうとうグラントのことも夫だとわからなくなっていくフィオーナは、まったく無邪気に他の男性と仲良くなっていくの。
すみ これは切ないよねえ。歳をとるのって恐怖だなあ、夫婦って難しいなあ、とつくづく考えさせられちゃう。