すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ヒストリアン」 エリザベス・コストヴァ (アメリカ)  <日本放送出版協会 単行本> 【Amazon】 (上) (下)
1972年、私がアムステルダムのインターナショナル・スクールに通う16才の少女だった頃、大学教授だった父は<平和民主主義センター>という自分が設立した財団を運営しており、母は幼いときに亡くなっていた。私は父の書斎で、「本」を見つけた。古びた革の背表紙、自然と開く頁には竜の木版画、竜はゴシック体のレタリングで「ドラクリア」と書かれた旗を鉤爪でつかんでいる、あとの頁にはなにも印刷されていない。本と一緒にあった手紙には「不運なるわが後継者へ」と記されていた。  
にえ これは10年かけて書いたデビュー作で、執筆中にホップウッド賞を受賞、いきなり全米ベストセラー第1位となって、世界33か国で翻訳出版が決まり、映画化も予定されているという話題作です。
すみ 区分けが難しいというか、不思議な小説だったよね。ドラキュラにまつわる話だけど、ホラーとも言いきれないような。
にえ そうだね〜、ホラー要素のちょっとあるミステリって言ったほうがいいのかな。でも、書簡とか民謡とかを調べるのが中心で、謎解きをする人は大きく動きまわるんだけど、まったく動かない安楽椅子探偵物のような読感だったかな。
すみ うん、どうしても古文書を調べるとか、手紙によって過去を振り返るとか、そういうのが中心で、登場人物たちが動いていても、動きを感じさせないものがあるから、そのへんで好みは分かれるかもね。ジョセフィン・テイの「時の娘」のドラキュラ版ってところでイメージしてもらうといいかも。常に書いてあるものを読むことによってわかっていくことの積み重ねだから、そのへんでウンザリさせられるかもってところもあるし。
にえ ドラキュラといっても、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなった実在の人物ワラキア公について、歴史的な足跡を追っていくのが主で、ブラム・ストーカーばりの吸血シーンもちょっとは出てくるけど、そっちは地味めなのよね。
すみ でもさあ、串刺し公とも呼ばれるワラキア公のやったことは、吸血よりずっとずっと怖いよね。そっちの怖さが際立つから、この小説なりに設定された創作部分のドラキュラが実在したというワラキア公の怖さを超えてなくて、ハリボテ感はあったけど。
にえ まあね、でも、ドラキュラとして知られるワラキア公がどういう人物で、どれほど広い範囲を巻き込んでの吸血鬼伝説かってところに興味が持てれば、けっこう面白く読めるかも。逆に、調べて読んでの繰り返しで進んでいく起伏のなさが苦手な人には苦手かも。
すみ 構成的にはおもしろいんだよね。まず、謎の本を手に入れたためにドラキュラについて、あちこちへ旅して調べることになったロッシ教授、その後のロッシ教授が指導していた学生ポールもまたそっくりな本を手に入れ、ヘレンという女性とともに調査の旅へ、そしてその後、ポールの娘もまたバーレイという青年と調査の旅へ出ることに。
にえ つまり三世代の調査の旅が同時進行的に語られていくことになるんだよね。それに、娘の調査によってポールの調査内容もわかってくるし、ポールの調査によってロッシ教授の調査内容もわかってくるし。
すみ 調査する人たちも、知り合って協力することになっていく人たちもヒストリアン、つまりは歴史学者、郷土史家といった人たちなのよね。
にえ 謎の本は、ロッシ教授の持っていた本と、ポールの持っている本を比べると、どちらもとにかく古いんだけど、外観は違っていて、でも、自然と開くページには「ドラクリア」と書かれた旗をつかんだドラゴンの絵、他のページはなにも書かれていないってのは共通するの。
すみ ドラゴン、そして、ドラクリア、これがドラキュラとどう繋がっていくのか、二人ともが偶然のように手に入れたというか、偶然を装って与えられたこの本がいったい何なのか、だれがなんの目的で作ったのか、ってのが読めば解けていく謎よね。
にえ 頭と体を切り離されたというワラキア公の遺体が、結局はどこに納められているかってのを調べるのがおもな目的で、旅する先は、トルコ、ハンガリー、ブルガリア、フランス、イギリスなどなど、とかなり広範囲なの。
すみ 行った先では古文書を調べるために図書館とか修道院に籠もったりとかで、あんまり観光的な景色の楽しさはないけど、共産主義、社会主義国家のための不自由さ、独特の圧迫感などの時代背景はかなりきっちり描かれてたね。
にえ 歴史的にはワラキア公のいた15世紀のヨーロッパ、オスマン・トルコといった中世史がわかっていくところが楽しみどころかな。
すみ ワラキア公がそのへんの戦争で活躍した人だってのは知らなかったから驚いた。しかし、ワラキア公、本当にこんな人だったの? 怖すぎっ。
にえ 怖いよね。人間ってそこまで残酷になれるものなのか? と思っちゃった。
すみ んで、旅のあいだにポールとヘレン、語り手である私とバーレイの関係がどうなるのかなってのも読みどころかな。でも、ロマンスって呼べるほどの甘さはなかったけど(笑)
にえ 調査でわかっていく内容は、歴史の専門家たちが情報を交換し、調べていくってことで、けっこう難しいというか、内容自体がものすごく難しいってことはなく、普通に読めるんだけど、すべてを把握して読み進めるってのがけっこうヒーヒー状態になってしまうのだけれど……というか、歴史が苦手な私には完璧に理解しきってラストを迎えられなかった(笑)
すみ ラストが納得しきれなかったみたいなところはあるよね。もうちょっと盛り上がりまくるクライマックスを期待していたけど、そういうのじゃなかったというところもありなのだけど。う〜ん、どうでしょう、私としてはそんなにものすごく好みではなかったんだけど、興味が持てればかなり楽しめるかな、ということで、好きそうな人にはオススメです。