すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ローデンバック集成」 ジョルジュ・ローデンバック (ベルギー)  <筑摩書房 文庫本> 【Amazon】
ジョルジュ・ローデンバック(1855年〜1898年)ベルギーの作家、詩人。代表作「死の都ブリュージュ」
小説「死の都ブリュージュ」全訳、短編集「街の狩人」を原タイトルに戻し改稿した「霧の紡ぎ車」全訳、エッセイ「ブリュージュ」、未完の「我が日記」、評論「ローデンバックと永井荷風」を収録。
にえ 読んだことのないローデンバックの作品をまとめて読めるということで、読んでみました。
すみ なんと言っても読みたかったのは、代表作とも言われる「死の都ブリュージュ」よね。これは文庫で100ページちょっとの、短めの長編小説だった。
にえ ブリュージュという町が舞台なのよね。ブリュージュって名前の町があるのはなんとなく知っていたけど、この小説のブリュージュは想像で作った町かと思ってしまった。あとがきを読んで実在のブリュージュだと知ってビックリ。
すみ そうだよね。ブリュージュの人がこんなふうに書かれて怒ったっていうのもちょっと納得だったし。灰色の町、死の都、人目が気になる陰気な田舎町、古い宗教観にとらわれてしまったような町、そんなふうに書かれてはね。あくまでも小説なんだから、とは思うけど。
にえ 若妻を亡くし、灰色の町ブリュージュに住むことにした主人公のユーグは、妻への恋しさを忘れられない。そして、ブリュージュで亡き妻に似た女性と出会ってしまうのよね。
すみ 似ているのは見た目だけだけどね。妻に似ている女性はジャーヌという名の踊り子で、ユーグに愛人として囲われることになるんだけど、品が良くて優しかった妻とは違っていて。
にえ そんなユーグの話に印象的にからんでくるのは、年老いた家政婦のバルブよね。バルブは信心深くて、主人が犯している罪に悩むの。
すみ で、次の短編集「霧の紡ぎ車」は300ページ近くあって、10ページずつぐらいの短い話ばかりなんだけど、やっぱりときおり、ブリュージュらしき町が出てくるよね。
にえ ブリュージュではいつも、<死>は<愛>に勝ってしまうの。ローデンバックが書くブリュージュがそんな灰色の町だとすると、小説そのものも陰気で、沈んでいくばかりってことになるけど、不思議と読んでいて重苦しさはなかったよね。
すみ うん、重さはないよね。かすれた幻想世界を見ているようだった。スーッとかすれた世界に吸い込まれていくような。
にえ あと、短編小説のほうだけど、こちらは短いし、詩人が書いたものだから、わりとストーリー性がない作品なのかなと思ったら、意外とキッチリ話が作られてて、どれも展開が興味深かった。
すみ 意外とといえば、「死の都ブリュージュ」のときにはそれほど感じなかったんだけど、短編を読んでいったら、女性の描写がうまい人だなと思った。私的にはなんかこの時代の男性の作家にしては珍しく、女性の登場人物がなんかスッと入ってくる感じがした。
にえ なんというか、同情心があるよね。男性からしてみると冷たいと感じるような女性の一面にさえ、キッチリ共感を示してくれていて。わかってる人だな〜と私も思った。
すみ 短編集の次の「ブリュージュ」は、ブリュージュの町を丁寧に描写したエッセイなのよね。読んでから気づいたけど、「死の都ブリュージュ」の前か、直後に、これを読んだほうがいいかも。ブリュージュの景色が、雰囲気が、頭の中に広がっていくの。
にえ その次の「我が日記」はほんの数日分の日記で、内容も覚え書きていどだから、資料的な価値しかないかな。これは私たちには不要だったね。
すみ まあ、でも、ほんの数ページだから。とにかくブリュージュにすっかり浸りきって、読み終えても余韻がいつまでも残ったね。好きそうだったらオススメです。
第T部 「死の都ブリュージュ」
まだ三十代にさしかかったばかりの若妻を亡くしたユーグは、教会の鐘の音が響き渡る灰色の町ブリュージュに移り住んだ。五年が経ち、町に馴染んではきたが、亡き妻のことを片時も忘れることはできなかった。ある日、町を歩いていたユーグは妻とそっくりな女性を見かけた。

第U部 「霧の紡ぎ車」

<転居>
妻と子を失い、十年来暮らした地を離れようとしている私は、向かいの家の少女が死んで葬儀が行われることを知った。それは、転居予定の前の日だった。葬儀屋の運送人たちは、なぜか私の家に入ってきた。
<愛と死>
ある日曜日の午後、老師の邸宅で話に花が咲いているとき、愛とはなにかという話になった。作家ド・オルヌは、ほんの一瞬でも愛する女と共に死のうという気持ちをもたなかった者は、真に愛しはしなかったのだと言った。
<鏡の友>
彼は鏡に映る自分の顔色の悪さを心配していた。私は店頭の姿見のせいで顔色が悪く見えるだけだと慰めた。彼は家に、正確に映る鏡を据え付けた。そしていつしか、鏡をコレクションするようになった。
<恋人たちの夕暮れ>
9月の夕暮れ時、恋人たちが何組ともしれず、通り過ぎていく。恋人たちは姿形もそっくりに見えた。私は恋人たちそれぞれの、さまざまな物語を想像した。
<ほとんど妖精物語>
白鳥を連れた女神ミューズは、貧しさに身をやつし、物乞いのように騒々しい街をさまよっていた。商人や女主人に助けを求めたが、その返事は酷いものだった。
<都>
夫から逃れ、妻から逃れ、パリを離れた二人は、その死んだような都に落ち着いた。ようやく二人は愛し合う一組のカップルとしての生活を始めることができた。しかし、その街はまるで<死の美術館>のようだった。
<暗示>
数年前、人格高邁で心やさしい画家Xが妻を殺してしまったのは、灰色の瞳の少女に会ったために、北国の男が郷愁にかられたり、アスファルトの匂いを嗅いだために、タールの匂いがする大きな港へ行きたくなったりするのと同じ暗示のためだった。
<行進>
ドロテは18才の時の愛の証として残った指輪を、数年経ってもずっと身につけ、希望を失うまいとしていた。しかし、大聖堂の鐘に雷が落ちたとき、ドロテは鋳造のための金属の寄付に指輪を出すことにした。
<街の狩人>
妻があり、品行が良く、社交界の人気者である友人Xが、街で女のあとをつけているのを見て私は驚いた。Xは、狩りをしているのだ、そして、狩人は自分一人ではないと言った。
<ある夕暮れ>
暇にまかせ、大都市を終日ぶらつく詩人は、ある店に入って石炭や薪が並んでいるのを見て、店の主人に、なのに、よくあなたはガス自殺をしませんな、と言った。
<不詳の男>
北国の村で年老いた叔母マリィ・ニミィのもとで暮らすウルスラは、挙動も容姿も、女というよりは熊のような動物に見えるグロテスクな女だった。そんなウルスラが妊娠しているとわかり、村人たちは相手の男がだれなのか知りたがった。
<季節はずれ>
カンタン夫人は40才となり、夫への情熱がふたたび燃え上がってきた。夫もまた、それに応えた。しかし、すでに18才、16才、13才の三人の娘に、妊娠したことを告げるのは難しかった。
<自尊心>
サン・タンドレ城の老伯爵ジャン・アドルヌが死んだ。フランドル地方の人々は、深い悲しみに沈み、盛大な葬儀が執り行われた。だが、その席で主任司祭は、伯爵が傲慢という罪を犯していたと告白した。
<発明家>
その家の門番が請け合ってくれたことは偽りだった。シェニュが新しく借りた部屋の上や隣に住む下宿人たちは、絶えず騒がしい音を立て、シェニュを苦しめた。シェニュは<静寂を生む機械>を作ることにした。
<実現>
森と山の多い地方の別荘で夏を過ごす私は、ダンジスという若い女性と知り合った。ダンジスは家柄のいい裕福な家庭に生まれ育ったが、父が破産して、金を稼ぐために絵を描く暮らしをしていた。そんな生活のなかで結婚だけが希望だったが、条件の悪い彼女に求婚してくる者はなかった。
<通りすがりの女 >
ドロンサールはリュクサンブール公園の池の前で、黒衣の女が佇んでいることに気づき、声をかけた。女は名前も身元も教えようとしなかったが、互いに惹かれあい、ドロンサールのアパートの部屋で一緒に暮らすことになった。
<祝聖のつげの枝>
ある年のラモーの祝日、なにかあったらしく、花屋が大ミサに必要なつげの枝を届けなかった。修道院会長に命じられ、ベギン会のいくつもの修道院が庭のつげの木を切った。しかし、目立たない場所にある、とても小さなミゼリコルド修道院のモニク修道女だけは、美しい庭のつげの木を切リタくないばかりに嘘をついた。
<中学校で>
私が通っていた中学校は、田舎にある、やたらと大きな修道会が経営する学校だった。閉鎖的なその学校では、生きることではなく、良く死ぬkとおを教えていた。
<修道僧>
司教が亡くなった。司教はその鷹揚さ、優れた政治的手腕で多くの人に愛され、慕われていたが、頑固で横暴な本性を知る修道僧たちには憎まれていた。
<聖寵>
愛する夫の突然の自殺のため、彼女は未亡人になってしまった。夫は自分の書いた作品が認めらないことを嘆き、自殺によって正当な評価を受けるはずだと考えたらしい。未亡人は夫の書き残したものを清書し、世に出す準備を始めた。
<偶像>
ホテルで行われたパーティーに、デジュネ夫人が現れた。輝くような美しさに、だれもが惹き寄せられた。作家ノワンヴィルは、どうして自分たちは愛し合うことができないのかとデジュネ夫人に訊いた。
<瞳を愛す>
テレーズと水夫ヤンは恋におちた。愛を誓い合った二人は、ヤンが船旅から帰ってくる半年後、結婚するつもりだった。しかし、その約束が果たされることはなかった。
<理想>
モンタルドは人の減った9月に、パリで過ごすことを好んだ。街を散策するモンダルドは、比類なきほど美しい栗色の髪をしながらも、ぼろをまとった女性を見かけ、あとをつけた。
<好奇心>
養育院で育ち、15才からは農園で牛乳をパリに運ぶ仕事をしていたロマン・ゲエは養育院の院長の紹介で、公立の葬儀社の遺体運送人の仕事に就くことができた。そのまま働きつづけたゲエは40才になっても、呑気に暮らし、自分が運んでいる遺体を一度も目にすることがなかった。
<肖像の一生>
懐かしいブリュージュの町で幾週間を過ごした私は、音楽家の自宅で、ベギン会修道女の衣装をまとった女性の肖像画に目を奪われた。彼女は音楽家の曾祖母だという。彼女にはクリティという美しい娘がいたが、まだ15才でずっと年上の軍人に恋をして、不幸な結婚をしてしまっていた。

第V部 「ブリュージュ」
栄華の時代は遠い昔となり、死にゆく町となったブリュージュを描写したエッセイ。

第W部 「我が日記」
1891年1月1日から2月2日までの日記と自分の作品の毛髪への固執について書かれた「髪の毛」を収録。