=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「ある秘密」 フィリップ・グランベール (フランス)
<新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
ひとりっ子のぼくは、両親の愛情を一身に受けながらも、兄さんのいる友人が羨ましかった。ぼくは心の中で兄さんを作りだした。ハンサムで、スポーツ万能な兄さん、勉強はできるが、体が弱いぼく。ぼくは兄さんと成長していった。 そして15才になったとき、ぼくはその幻想の裏に隠された真実を知った。高校生が選ぶゴンクール賞、「エル」読者大賞受賞作品。 | |
フランスの作家フィリップ・グランベールの初邦訳本です。 | |
自伝的小説だよね。この小説の語り手である「ぼく」は、そのままフィリップ・グランベールと受けとっていいみたいで。 | |
こういうものを読み慣れてる方だと、出版社の紹介文を読まなくても、タイトルと装丁でわかっちゃうと思うけど、これはホロコーストもの。 | |
でもさあ、翻訳本を読んでいると、どうしてもホロコーストものを読む機会は多くなるけど、これは、う〜ん、新鮮という言い方も変だけど、なにかこう、また違うって感じがしたな。 | |
それは「高校生が選ぶゴンクール賞」に選ばれているってのが、なによりの証明なのかもね。「高校生が選ぶゴンクール賞」って知らなかったから、なんだろうと思ったら、フランスの超有名な文学賞であるゴングール賞の審査を、もしも高校生に委ねてみたらって発想から生まれた賞だそうで、なーんだ、高校生がお遊びで選んだ賞なのね、なんて思ったら、とんでもない、本家ゴングール賞の受賞者を先取りして当ててしまったり、この賞に選ばれた受賞者が、翌年になって本家のゴングール賞を受賞したりしているのだそうな。 | |
邪念なく、本当によいものを選んでるってことと、時代を読む感覚の早さ、鋭さってものがあるのかもね。というか、フランスの高校生は怖ろしい、羨ましい(笑) | |
それにしてもやっぱり、そういう高校生が選ぶ賞で、ホロコーストを扱ったこの作品が選ばれてるっていうのは、なにより、ああ、またホロコーストかと言わせなかった、知っている話をなぞっているという感覚ではなかったってことなんだろうね。 | |
もうホントに、冒頭から引きこまれたよね。なんというか、柔らかく、やさしい語り口なんだけど、なにかがあるって思わせてくれて、そのなにかを知りたいという気持ちで、文章のなかに引きこまれていくような。 | |
表と裏の両面を見せられるような構成だよね。最初は表の明るくきれいな、というか、妙にきれいすぎる面だけを見せられ、そのあとで、クルッと裏返されるの。 | |
表面の明るいところだけのときも、なにか不安な気持ちにさせられるようなところがあって、するっと上滑りになるんじゃなく、じっくり本腰を入れて読みたくなるよね。 | |
とはいえ、凝った作りになってるってわけではないよね。むしろ、きわめてシンプル。それに、あまり長くもないし。でも、読みおわたときの充実感は大きかった。 | |
フィリップ・グランベールは前に同じテーマで一度、小説を書いていて、それをもう一度、この小説を書くにあたってやり直したみたい。削いで、削いで、研ぎ澄ませて。だからこそなんだろうね。 | |
舞台は1950年代、語り手である「ぼく」は病弱で、ひ弱な肉体を持つ少年。勉強はできるけど、病院通いで、子供たちの遊びのなかで花形になるなんて、夢のまた夢って感じの、コンプレックスいっぱいの少年なの。 | |
両親が真逆だからってのが大きいんだろうね。父親はレスリングと器械体操の選手、母親は高飛び込みと体操の選手、そして二人ともテニスとバレーボールを楽しむという、スポーツマン夫婦。 | |
引き締まった筋肉が自慢で、常にトレーニングを怠らないってタイプよね、二人とも。知り合ったのもスポーツジムで、互いの完璧な肉体に惹かれあったんだそうで。 | |
それなのに、なぜか二人のあいだにできた子供である「ぼく」は、弱々しいのよね。だからぼくは、頭の中で、「兄さん」を作りだすの。「兄さん」はスポーツマンで、ハンサムで、って、両親のあいだに生まれるなら、本当はこんな子供だったはずって存在。 | |
両親はパリで、スポーツ用品の卸業を営んでいるのよね。戦争中には、疎開していて、店は閉めていたらしいんだけど、その疎開先は、のどかで美しいところで、戦争なんてやってないみたいで、二人は伸び伸びと、生活を満喫していたらしいのだけれど。 | |
じゃあ、15才になった「ぼく」はなにを知ったのか、というお話なのだけれど、ここからは言えない。 | |
とにかくこれは凄く良かった。淡々としていて、透明感があって、美しくて、しかも緊張感があって、もう最後まで本当に引きこまれっぱなしになってしまう話運びで、そして、胸に突き刺さってくるような内容で。 | |
本当に読む価値のある小説だったね。もちろん、オススメです。 | |