すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
トーベ・ヤンソン・コレクション1「軽い手荷物の旅」 (フィンランド)  <筑摩書房 単行本> 【Amazon】
『トーベ・ヤンソン・コレクション』は、トーベ・ヤンソンが大人のために書いた小説集で、1から 8まであります。コレクション1『軽い手荷物の旅』は、「途上にあること」「根づかないこと」「自由 であること」をテーマにした不思議な<旅>の数々が題材の短編集です。
にえ 作家が亡くなったからって、あわてて著作を読むっていうのも なんですが、前から読みたいと思いつつ読んでなかった作品集なので、この機を逸するとまたいつになる かわからないし、これから一気に1から8まで読んでいきます。
すみ この本は、もちろん子供向けのムーミンとは違って、対象は 大人なんだけど、独特な透明感のある文章の美しさとか、繊細すぎて不安定な印象の登場人物たちなどに 共通するものがあって、一話ずつ、読んだあとしばらく間を置きたくなるような余韻たっぷりの話の数々ですよ。
<往復書簡>
トーベ・ヤンソンのファンの日本人タミコ・アツミから来た手紙、という設定の小編。
にえ 作家にあてたファンレターって、なんか読むのいやだな。 他人事ながら赤面してしまう。小説を読んで作家そのものを理解した気になって、私はあなたのすべてを 理解している、だから、あなたも私のことを理解してくれるでしょう、みたいなこと書いてあると、同じ 本好きとしては恥ずかしくなっちゃうし、あなたに会いに行きます、一緒に暮らしましょう、なんて書いて あると、作家の気持ちになって鳥肌ものの恐怖を感じちゃう。
すみ それにしても、しょっぱなが日本人の手紙って話で、度肝を抜 かれたね(笑)。トーベ・ヤンソンの返事「作家の書いた本の中でこそ作家と出会うべきだ」に深く頷くばかり。
<夏の子ども>
美しい自然に囲まれた田舎に住むバッケン一家のもとに、都会からエリスという少年が訪れた。エリスは 自然破壊や核戦争の恐怖をとうとうと語り、家族を不快にさせてばかりいる。そんなエリスがバッケン一家の 長男トムと二人きり、小さな島に置き去りにされることとなり・・・。
にえ これは楽しい。風変わりな少年エリスと、ひたすら戸惑う家族 たちの触れ合いがワクワクさせられちゃう。
すみ 孤島に二人で置き去りにされたとき、イジワルになっちゃう トムの心の動きの描写がよかったな〜。
<八十歳の誕生日>
同じ公園の樹だけを描きつづけた画家の祖母が、八十歳の誕生日パーティーを開いた。そこに招かれた ヨンネとわたしは、三人の異彩を放つ男たちに出会った。
にえ これはちょっと哲学的で、わかりづらかったな。
すみ でも、自分の信念を貫き通したお祖母ちゃまの存在が光ってた よね。言うことがいちいちかっこいい。
<見知らぬ街>
初老の男は孫夫婦の招待で、旅をすることとなり、見知らぬ街で一夜を過ごすこととなった。 そこで偶然知り合った青年は、親切にも部屋に泊まっていけという。
にえ これは、言葉の通じない街で、泊まるはずのホテルの名前が 思い出せない男の焦燥感が胸に迫ってきたな。
すみ あまり背景を詳しく説明してないのよね。ただ、本が手に入 りにくい世界だったり、街に危険な感じとかが漂ってたりして、近未来を書いたSFみたいな雰囲気がしたね。
<思い出を借りる女>
十五年ぶりに戻ってきたステラは、自分が過去に借りていた部屋に住むヴァンダを訪ねた。 ステラにとって大切な思い出を、ヴァンダは自分のことのように語る。
にえ これも説明は最小限。でも、底知れぬ恐怖がビシビシ、ゾワ ゾワと伝わってきます。
すみ 過去の記憶って、自分では確かだと思っていても、他人に違う よ、それは私の思いでだよって言われちゃうと、急に不安になってくるのね。それにしても、ヴァンダは怖い。 こういう人とはお友達になりたくないわ〜。
<軽い手荷物の旅>
人からやたらと心配事を相談される、ついつい親切に世話を焼いてしまう自分、そんなしがらみから 逃れたくなった男は、定年退職を機に、船旅をはじめたが。
にえ 何処まで行っても、人は人間関係から逃れられないのよね。
すみ でも、このオジサンの気持ちはわかる。時に人間関係って息苦し くて、なによりそれを大切にしようとしすぎる自分が煩わしい。
<エデンの園>
名付け子エリザベトを訪ねた女性教授ヴィクトリアは、エリザベトの不在を知る。しばらくエリザベト の家に滞在することになったが、そこに訪ねてきたジョゼフィーヌに、隣人との諍いを相談される。
にえ ヴィクトリアは『軽い手荷物の旅』のオジサンと正反対、 進んで人間関係のもつれにつっこんでいって、世話を焼きまくるのよね。
すみ でも、いやな人じゃないよ。つきはなすこともできる大人の 女性だしね。それに、推理小説好きで、自分を探偵に見立てたりする楽しい人だし。
<ショッピング>
あれが起きたとき、難を逃れたミリイとクリスチャンは、狭い部屋に身を隠し、人のいない店から 持ち帰った食糧で生活していた。あいつらが襲ってくる恐怖におびえながら。
にえ これはSFだよね? なにが起きたのかとかは説明されて なかったけど。旅といっても、ずっと自分の住んでる場所が、見知らぬ所のようになってしまったって設定。
すみ うん、なんか起こったんだね(笑)。狭い部屋に閉じこめられた 男と女の力関係の微妙なぶれが、緊張感を伴っておもしろいよね。
<森>
父が亡くなり、母と離れて暮らすことになった幼い姉弟。二人の住む小屋のそばには、とてつもなく 大きな森があった。母から送られてきたターザンの本を読み、弟はターザンの息子になったつもりで森に 深く入っていく。
にえ これはすごく短いお話。やさしく弟に接するお姉ちゃんがいいね。
すみ 子どもにとっては近くの森に行くのも、旅であり、冒険だよね。
<体育教師の死>
友人宅に招かれたアンリとフロー夫妻だが、フローはその春に自殺した体育教師のことが頭から離れず、 神経を研ぎらせている。
にえ フローと訪ねた先の妻ニコルの歯に衣着せぬやりとりは、なか なか凄まじかったよね。
すみ 精神的に危うくなっているフローを見放さないアンリは好感が 持てるな。
<鴎>
精神を病み、いったん学校を辞めた教師アルネは、妻エルサの父親が残してくれた孤島の別荘に二人で 滞在することにした。そこは鳥たちの島。エルサには、カシミールという顔見知りの鴎がいて、アルネは 別荘近くに巣を持つ毛綿鴨に親しみを感じはじめた。
にえ ふたりっきりで過ごす若い夫婦の関係が、鳥をあいだに挟み、 少しずつひびが入っていく過程が怖い。
すみ それでなくとも、集団の鳥ってやっぱり怖いよね。アルネに冷 めた感情を持ちだすエルサの気持ちもわかるけど、アルネの精神がますます病んでいくのも無理ない気がした。
<植物園>
植物園に通うことが趣味の老人「おじさん」は、ある日、お気に入りのベンチが別の老人に占拠されて いるのを見て腹を立てる。だが、じょじょにその老人と心を通わせることになっていく。
にえ これは最後にふさわしい、心温まる老人どうしの心の触れ合い。 二人とも気骨があって、なかなかよろしいでしょう。
すみ おじさんの語る秘密の花園が美しいよね。ステキなお話でした。