すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「あるスキャンダルについての覚え書き」 ゾーイ・ヘラー (イギリス)
                            <ランダムハウス講談社 単行本> 【Amazon】

高名な経済学者の娘で、夫も2人の子供もいる40代の陶芸教師シバは、15才の教え子コナリーと不適切な関係を結んでしまった。ふしだらな教師の起こしたスキャンダルに世間が騒然とするなか、たった一人、身を挺してシバを守りつづける元同僚のバーバラ。40年も教師として尊敬されつづけた60代の独身女性であるバーバラは、シバの身に起きたことをすべて書き綴ることにした。
にえ これは、ゾーイ・ヘラーの初邦訳本です。読む前はノンフィクションものかと思ってしまったけど、なんと2003年度のブッカー賞最終候補にもなった小説でした。
すみ 元ネタがあるんだよね、それで勘違いしてしまった。元ネタは1997年から1998年にかけてアメリカで大騒ぎになった、メアリ・ケイ・ルトーノーの事件だとか。
にえ ルトーノーは30代で、有名な政治家の娘、4人の子供がいて、小学校で美術を教えるうちに、生徒と深い関係になり、子供まで出来ちゃったのだそうで。
すみ でも、あくまでもアイデアをもらったって域にとどまるよね。この本はあくまでも小説となっていて。
にえ こちらの本のスキャンダル教師シバは、経済学者の娘で40代、2人の子供のうちの1人がダウン症で、夫はずっと年上。17才の娘は反抗期の真っ盛り。
すみ 美人だけど、年齢による衰えがかなり気になってきているみたいね。世間知らずで、人の悪口を言うのが嫌いで純粋なところがあるけど、わりと本人が気づいていないだけで、自己中心的なところがあるかな。
にえ でも、まだ人としては許せる範囲というか、起こしたスキャンダルの大きさのわりには、まっとうな人間よね。
すみ 不倫相手となる少年は、シバ以前に5人の女性と経験があるし、誘ったのはとりあえず少年のほうだしね。
にえ 少年は学習障害のある生徒で、絵を描くのが好きで、それで最初のうち、シバは少年を助けよう、才能を伸ばしてあげようという気持ちで接近するの。
すみ なんだ、たいしてスキャンダラスな話じゃないし、そんな不倫の話はおもしろくないんじゃないの、と思うかもしれないけど、この小説のおもしろさは、それとはまったく別のところにあったよね。
にえ そうそう、恐怖してしまうのは、この二人じゃなく、語り手のバーバラ。この女性の病的さがなんとも凄まじいの。
すみ 信頼できない語り手ってところに期待して読みはじめたけど、この方は信頼できないどころじゃないよね。まず最初、シバが学校に来て、バーバラが友だちになろうとするところから、もう怪しく不気味で。
にえ バーバラは愛猫と暮らす60代の独身女性で、学校では一目置かれる存在。典型的な荒んだ公立の学校で、非行に走りまくる生徒を相手にしてるから、性的な言葉も戸惑いなく、バシバシ使っちゃうけど、実際のところ、この人にどんな経験があったのかというのはかなり疑問だよね。
すみ なにもなかったっぽいよね。いろいろ恋愛があった末の独身ではなく、本当に何もないままの独身って感じで。
にえ 親友を確保することに異常なほど固執してるよね。前の親友は、なにがあったのか知らないけど、今度近づいてきたら、裁判所に訴えるぞ、なんてバーバラを脅すほどだから、よほどでしょう。
すみ なんかもう、自分の思い通りにして、完全に支配しないときがすまないっぽいよね。
にえ ある意味、愛情たっぷりよね。でも、辛辣で、だれでも見下す性格で、それはシバに対しても容赦なくて。
すみ スキャンダルが暴かれた後、たった一人でシバを守っているんだけど、それにしたって、自分の借りていた部屋を解約し、荷物一つで行く場のないシバと二人で放浪しているというのもちょっとおかしいかも。
にえ それだけだと全身全霊をシバに捧げてるって感じだけど、シバが経済的な窮地に立たされているって心配して、いろいろ手配してあげるけど、自分が40年勤め上げて貯めた金とか、退職金、年金はいっさい出そうとしていないみたいだしね。
すみ んでまあ、シバと二人で暮らすことになったバーバラは、シバの身に起きたことをすべて書いておこうとするんだけど、それを読めば読むほど、気になっていくのはバーバラの異常さだよね。
にえ いやあ、こういう不気味さは好きだな。ぐいぐい引っぱりこまれたよ。
すみ さすがブッカー賞最終候補って感じだよね。ホントにこういう違和感ビシバシの女性心理っておもしろいっ。好きそうな方はどうぞってことで。