すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ほとんど記憶のない女」 リディア・デイヴィス (アメリカ)  <白水社 単行本> 【Amazon】
フランス文学の翻訳家として著名なリディア・デイヴィスの奇妙な味のショートショートやスケッチのような短篇など51篇。
にえ フランス文学の翻訳家として著名な、作家でもあるリディア・デイヴィスの初邦訳本だそうです。
すみ リディア・デイヴィスは1947年、マサチューセッツ州ノーサンプトン生まれで、父親は大学教授、母親は作家だとか。
にえ リディア・デイヴィスは大学で教鞭を執りつつ執筆活動、ということは、お父さんからもお母さんからも欠けることなく才能を受け継いだってことなのかしらね。なんとまあ、いいとこ根こそぎ取り(笑)
すみ んで、この短篇集とも言えないから、作品集と呼ぶけど、この作品集、不思議な感じだったよね。
にえ こういうのは人に勧めるのが怖いよね(笑) ピンと来なかったら、最初から最後までピンと来ないまま終わっちゃうような。
すみ うんうん、私はとくに最初の5編になんかゾクゾクッと来るものがあって、6編めの「大学教師」でズキッと来てしまったから、そのまま一気に読んじゃったけど、その6編のどれもわけわかんないだけだったと言われたら、そうだね〜としか応えようがないかも(笑)
にえ 「大学教師」は大学教師である女性が、カウボーイと結婚したいって願望があることを綿々とつづってある短編だよね。
すみ そうなの。父親も大学の英文科の教師で、この女性も同じく大学の英文科の教師、カウボーイと知り合うきっかけもないし、本当に結婚したらうまく行くはずもない、でも、カウボーイと結婚することを夢見て……。
にえ この人にとってのカウボーイは、ほんとうのカウボーイのことじゃなく、知的興味のない男性の象徴みたいなものよね。生きるためだけに生きてるって感じの。
すみ なんかね〜、うまく説明できないけど、自分の心の奥に隠し持ってたことを唐突に指摘されたみたいで、ズキッと来たんだよね。別に私は大学教師でもないし、カウボーイと結婚したい願望があるわけじゃないんだけど。ああ、わかる。というか、ああ、これ私だ、みたいな。
にえ 今の自分から逃げ出したいとか、そういうことでもないんだよね。でも、こういうのって共感できるとうれしいかなあ。
すみ いや、私は、やめて、と思ったよ。こういうのは心の奥底に隠しておくもので、公表しちゃだめって。いやっ、なんで書いてしまうの、やめて、やめてと思っちゃった(笑)
にえ でもけっきょく共感して、そこから一気に読んじゃったんでしょ?(笑)
すみ まあ、そうなんだけどさ。でも、共感したっていうんなら、「二度めのチャンス」みたいな、どうすりゃうまくいくのよ、みたいなことを非現実的な設定で、グルグルと頭の中でこねくり回す、みたいなもののほうが、わかる〜、共感した〜と素直に言えるかな。
にえ 収録された51編は、ほんとにもう3行ぐらいしかないものから、17ページぐらいの短編までいろいろだけど、やっぱりすべて小説なんだよね。あくまでも創作されたもので。
すみ うん、巻末解説によると、著者自身がストーリーがない、というか、物語がないみたいなことを言ってるらしいけど、私はどれもストーリー性を感じて、物語として読んでしまったんだけどなあ。でも、振り返ってみると、私が想像で付け加えただけだったのか。
にえ いや、どうなんだろう、じつは私もストーリーがあるものとして読んでしまったんだけどね。人間模様が見えてくれば、どうしてもこの人たちのあいだには、ああいうことやこういうことがあったんだろうなと自分で補足してしまうじゃない。そうすると、5、6行でも頭のなかでは長い物語になってしまうような。
すみ なんか実験的な感じのするものが結構あって、私は実験的な小説って好きじゃないんだけど、この方のものの場合は、物語が読み込めたから、そんなにつまらないと思わなかったんだけどな。
にえ 「地方に住む妻1」とか例にとるといいかもね。登場人物は「妻1」「妻2」想像上の「妻3」、それに「息子」「夫」「夫の妹」で、たった16行の作品なのだけれど、「妻1」とは別れた前妻で、「息子」はその子供、「妻2」が後妻で、「息子」はその後妻と父親と暮らしている。父親の妹はイヤな電話魔で……という人間関係で、「妻1」が「息子」に電話をかけたら「妻2」から電話魔の義妹に間違えられたってそれだけの話なんだけど、これだけでもうかなりの情報量で、それまでにどういう出来事があったのか、かなり想像できちゃう。
すみ つまり、「妻1」とか「妻2」は斬新なようでも、とてもわかりやすい、メールなんかで自分たちも気安く使っているような表記で、登場人物たちはどこかで見たような人たちで、だいたいのことは書いてなくても定番だからね〜みたいな、そういうわかりやすさがあるんだよね。
にえ おまけにタイトルが「地方に住む妻1」ってことで、もう「妻1」が離れた地方に住んでることはわかっちゃうしね(笑) なんかこうしてみると、実験的というより、シンプルにわかりやすくした結果って感じだよね。だから私もとっつきにくさは感じなかったんだけど。
すみ でもやっぱり、読む人によってはピンと来なくて終わっちゃうパターンもありだな〜、これは。個人的にはかなり好きだったけど、オススメはしづらいですってことで。