すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ラヴクラフト全集 7」   H・P・ラヴクラフト (アメリカ)  <東京創元社 文庫本> 【Amazon】
幻想と怪奇の作家H・P・ラヴクラフト(1890〜1937年)の作品集(全7巻)。第7巻は短編小説13編に初期作品5編、中絶した断片作品、ラヴクラフトが見た夢を書き留めた「夢書簡」を収録。
サルナスの滅亡/イラノンの探求/木/北極星/月の湿原/緑の草原/眠りの神/あの男/忌み嫌われる家/霊廟/ファラオとともに幽閉されて/恐ろしい老人/霧の高みの不思議な家/初期作品/夢書簡
にえ はい、とうとうラヴクラフト全集全7巻の7巻め、ラストでございます。
すみ これで終わりなのねえ。なんか淋しい。全集の前半に見られたような暗黒っぷりをもっと堪能したかったな。
にえ この巻はかなり薄味だったよね。ラヴクラフト作品を堪能するというより、資料的な意味あいのほうが強いような。
すみ クトゥルー神話についての知識は深まらなかったね。全集を読む前は、もうちょっとクトゥルー神話についてわかっていくのだと思ってたんだけど、こうして7巻読んでみると、意外とクトゥルーを扱ったものは多くないんだなと思ったりして。
にえ クトゥルー神話ものとは言いがたいかもしれないけど、やっぱり全7巻でダントツ1番素晴らしいなと思ったのは、第4巻の「宇宙からの色」だな。
すみ クトゥルーものや夢の国ものについては、いくつも作品を読んで、その構造とかがわかっていく楽しさがあったけど、単独でどれが一番迫力があったかといったら、「宇宙からの色」だよね。
にえ あとはやっぱりインスマウスとか、アーカムとか、ラヴクラフトの創造した都市の不気味な歴史とか、そのあたりが興味深かった。
すみ やっぱりインマウスの不気味さは残るね〜。第1巻の「インスマウスの影」とか、第3巻の「戸口にあらわれたもの」はホントにゾクゾクとして楽しかった。後半に行くにしたがって味が薄まっていく感があって、それがちょっと寂しかったけど、思ったよりもいろんなテイストを楽しめた全集でした。読んでよかった〜。
<サルナスの滅亡>
世界が若かった遠い昔、サルナスの民がムナールの地に到着する前、イブという灰色の石像都市があった。そこには見るも不快な醜い生物が住んでいた。
にえ これはまあ、きれいにまとめたダンセイニ風の短篇。美しくはあるけど、なんか引っかかるものがなくて、サラッと流れてしまったかなあ。
<イラノンの探求>
蔓の頭飾りを付け、黄色の髪を没薬で輝かせ、紫色のローブを着た若者イラノンは、美しい歌を歌いながら旅をしていた。イラノンはアイラという都市を探していた。そこではイラノンは王子だった。
すみ これは好きだな〜。幻想的な旅の描写からズキッと来るラストまで、すべてが素敵だった。
<木>
遙か昔、アルカディアのマエナルスヤマの斜面に邸宅に、カロースとムーシデスという二人の彫刻家が住んでいた。二人は仲が良かったが、カロースは内向的、ムーシデスは外向的で、性格は正反対だった。
にえ 僭王が運命の女神テュケーの像を造らせるため、仲の良い二人を競わせることにって話。きっちり定番的な神話風で、ああ、こういうのを書きたかったのだなと納得(笑)
<北極星>
北の窓に北極星が輝く部屋で、わたしは奇異な山峰に挟まれた谷間の高原にある、大理石の都市の夢を見た。その都市が頭に刻みこまれた私は、前とは違う自分になったことに気づいた。
すみ これはラヴクラフト得意の夢の都市もの。でも、おどろおどろしさは影を潜め、こざっぱりと、ひんやりとした印象。ちょっと物足らないかな。
<月の湿原>
かつて先祖のものだった、キルデリイの湿原に近い古城を買い戻したデニス・バリイは、青く輝く湿原を干拓することにした。ところが、地元の農夫たちはキルデリイが呪われているといって、湿原を干拓する前に去っていった。
にえ 古い城、呪いの伝説、地元の人々の言うことを聞かずにやってはならないことをする城主・・・とこれはホラーの定番的作品。ラヴクラフト作品に慣れたせいか、ちょっとサッパリしすぎて物足りないと思っちゃうかな。
<緑の草原>
1913年8月27日、アメリカのポトワンケットという村のそばの海に巨大な火球が落下した。その塊のなかには尋常ならざる素材でできた手帳が入っていた。そこには、海のそばに広がる緑の草原と、そこで聴こえる不思議な歌声についての記述があった。
すみ これもまた夢の世界の話。小さくまとまりすぎて、印象は弱いかなあ。でも、水しぶきを上げる海、そこに広がる緑の草原っていう情景は妙に余韻が残るかも。
<眠りの神>
鉄道の駅で、わたしは四十に近い年齢と思われる男と出会った。わたしはすぐに男が神秘を教えてくれる者だと見抜き、自宅に招いた。友となった私たちは新種の薬草をいくつか使って夢を旅した。
にえ これもわりとこざっぱりという感じかな。わりと落ち着いた印象で、きちんと締まるラストが好きだったりするけど。
<あの男>
眠れない夜、グリニッジ・ヴィレッジの目立たない中庭で、わたしはあの男に出会った。あの男に招かれた部屋の窓から見えたのは、驚愕すべき光景だった。
すみ これもちょっと読後に不完全燃焼な感じがしちゃうかな。もうちょい突っ込んだところまで話を進めてほしかったような。
<忌み嫌われる家>
プロヴィデンスの街でエドガー・アラン・ポーが散歩をしていたとおりには、ポウに気づかれることはなかったが、近隣の住民から「不吉な家」だと噂されている家があった。そこに住む家族が次々と死んでいくのだ。その秘密を暴き、不吉な連鎖を食い止めたいという伯父とともに、わたしはその家を訪れた。
にえ ラストはそれほど気に入らないにしても、ラヴクラフトが書く、こういう不幸に見舞われる人が縦に繋がっていく話の流れはホントにおもしろい。かってに暗黒家系図ものとでも呼びましょうかね、読んでいて、なにか下に向かってグイと引きこまれるような強い力があるのよね〜。
<霊廟>
年少の頃から同年代の子供と遊ぶより、古書を読んだり、野原や林を一人で散策することを好んでいたジャーヴァス・ダトリイは、はるか昔の途絶えたハイド家の霊廟を見つけ、惹かれていった。
すみ 富裕で歴史のある家に生まれながらも、孤独を好んで、やがておかしなものに惹かれていく青年っていうのは、ラヴクラフトの定番の一つかな。これもちょっと物足りなかったけど。
<ファラオとともに幽閉されて>
エジプトへの船旅を楽しんでいた私は、つい高名なマジシャンであることを漏らしてしまった。そのために私たち夫婦は見ることより見られることの多い旅をすることになってしまった。エジプトでアブドゥルというガイドのせいで怖ろしい目に遭ったのも、このマジシャンという肩書きのためだった。
にえ これは驚くことに、ハリイ・フーディーニ名義で発表された作品なのだとか。そりゃ超がつくほど高名なマジシャンが遭遇した怪奇譚となれば読者は食いつくだろうけど、かってに名をかたって作品を発表するなんてねえ。昔の日本では翻訳した小説を自分の作品として発表する作家もいたそうだし、時代が変われば著作権その他の考え方も、現代とはずいぶんと違うものですね。あんまり目くじら立てるのもなんだけど(笑)
<恐ろしい老人>
アンジェロ・リッチ、ジョウ・チャネク、マヌエル・シルヴァの3人は根っからの強盗だった。3人はウォーター・ストリートの古びた家に住む、並はずれた金持ちで体が衰弱した老人を襲うことにした。
すみ 目新しさも深みもないけど、なんかおもしろいな、こういう話は。見た目と中身の力差が逆転しているって設定に惹かれるのかも。
<霧の高みの不思議な家>
キングスポートの海岸線にそびえ立つ崖の上には、古い家が一軒あった。夜になると灯りがともり、住む人があるのだとわかるが、近づく者はなかった。ある夏にやってきた哲学者トマスは、崖の上のその家に行くことを試みた。
にえ 人が住んでいるようだけど見たことはない、切り立った崖の上にあるから行った人もない、そういう不気味な家の話。という設定が素敵だったな。
<初期作品>
洞窟の獣/錬金術師/フアン・ロメロの変容/通り/詩と神々
すみ どれも書き出しから中盤に入るぐらいまでは、他のラヴクラフト作品と比べて遜色を感じないのだけれど、そこからラストまでの展開がいまひとつかなという感じ。のちに花開く暗黒っぷりがまったく炸裂していないのでした。でもまあ、これはこれでなかなか。