すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「遠い音」 フランシス・イタニ (カナダ)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
グローニアは5才の時、猩紅熱にかかって聴力を失った。母親はそれを自分の不注意のせいだと自分を赦せず、グローニアに奇跡が起こり、聴力が回復すると信じつづけた。祖母のマモはありのままのグローニアを受けとめ、「サンデー」という絵本で言葉を教え始めた。
にえ カナダの女性作家、フランシス・イタニの初長編小説で初邦訳本です。
すみ 最初に見たとき、イタニって日本人みたいな名前だなあと思ったら、綴りもそのまま”Itani”、しかも献辞にある息子さんの名前はラッセル・サトシ・イタニ。旦那様が日系の方だとか、そんなことはないのかな?
にえ 私たちが見たかぎりでは、どこにも書いてなかったねえ。それはともかく、厚めの本だなと思ったら、ホントにじっくり読ませてくれる小説だったよね。
すみ うん、カナダ文学というと、ゆっくりじっくり読ませる小説ってイメージがこれでますます強まった。書くのにも6年かかってるそうだね。
にえ フランシス・イタニのお祖母さんが耳が聞こえなかったそうで、そのお祖母さんが通った時代のオンタリオ州ベルヴィルの聾学校がそのまま出てくるんだけど、当時の学校風景はもちろん、今では使われなくなってる手話まで、ホントによく調べて書いてあるんだなと読めばわかる。
すみ じっくり腰を据えて書かれた小説というのが伝わってくるね。第一次世界大戦の情景についても、綿密に書かれていたし。
にえ 耳の聞こえない女性、グローニアの生涯を書いた小説だとばかり思っていたから、ちょっと戸惑ったけどね。最初の三分の一がグローニアの成長を描いてあって、残りの三分の二は、担架兵として出征したグローニアの夫ジムが遭遇する戦場と、夫を待つグローニアとその周囲の話で、どちらかというと第一次世界大戦のほうが比重が高いかも。
すみ まあ、切り離してどうのって言う方が変かもしれないけどね。グローニアが生きた時代が第一次世界大戦のまっ最中なんだから。
にえ グローニアは耳が聞こえていた5才までの記憶がないんだよね。それも猩紅熱のせいみたいなんだけど。
すみ グローニアの家はホテルを経営していて、母親はグローニアが熱を出したとき、ホテルの仕事があって、あまり看病してあげられなかったんだよね。そのせいでグローニアの耳が聞こえなくなったんだとずっと自分を責めてるの。
にえ 祖母のマモがグローニアの現状を受けとめて、その上でどう生きればいいか考えてあげようといくら言っても、奇跡が起きると信じて、高名な医者や、奇跡が起こると噂されている場所に連れて行くことを止めないんだよね。
すみ 父親やマモが勧めるベルヴィルの聾学校にも行かせようとしないしね。
にえ でも、母親が嫌がる理由は別として、ベルヴィルの聾学校も現代の基準で考えると、ちょっとキツイ学校だなと思うよね。全寮制で、夏休み以外は、クリスマスの時も家に帰ることを許されないの。家に帰れない子供もいるから、不公平になるって。
すみ 小さな子供をそういうところに入れるのは辛いよね。遅く入ると、二十歳まで卒業できないみたいだし。
にえ 単なる学校というより、職業訓練校みたいな色合いもあるんだよね。それは当時の環境を考えると、それは有益だと思うけど。
すみ ハンデのある人に厳しい社会だもんね。それに、普通に考える力がある人は、当時だってそういうことはないだろうけど、なかには人間的に愚かな人もいて、変な差別めいたことを平気で言ってきたりして。
にえ 戦争が始まってからは、とくに耳の聞こえない男性が辛い思いをさせられるよね。こういうのは読むまで気づかなかった。
すみ グローニアの親友の夫は、耳が聞こえないことを隠して徴兵検査を何度も受けるけどダメで、そんな時、道であった女性に白い羽を付けられてしまうんだよね。
にえ そう、白い羽は、健康な若者なのに兵士に志願していない臆病者って印なのよ。付けた人はもちろん気づかずにやっているんだけど、残酷、あまりにも残酷すぎて、読んでて胸がキリキリ痛くなった。
すみ でもさあ、暗い戦時中の話だし、戦場の描写は克明だし、息子を亡くした人のこととか、辛い話もいっぱい出てくるけど、語り口が温かくて柔らかだから、辛くなりすぎることもなく、じっくり読めたよね。
にえ グローニアの視線がものすごく新鮮だったしね。人の口を見る時の描写とか。あと、マモの愛情もそうだし、仲の良い姉のトレスとの交流とか、夫ジムとの素敵なエピソードとか。
すみ 裏表紙にチャールズ・フレイジャーの推薦文があるから、ああ、そういえばと思ったのだけど、うしろの三分の二は、『コールドマウンテン』の色調やらストーリーの展開などなどをもっとずっと抑えて穏やかに、柔らかくしたような感じ、と想像していただくといいかもしれない。って言っても、淡々としすぎてつまらないってことは決してないですよ。ホントに読み応えのある小説でした。