すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」 ポール・オースター編 (アメリカ)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
アメリカに生きる人々から寄せられた、180の実話。
にえ これはラジオ番組に寄せられたリスナーの投稿をポール・オースターが読むって企画で集まった実話を収録した本なのだそうです。
すみ 180話も入ってるって時点でわかるとは思うけど、ひとつひとつは短いのよね。といっても、べつに長さを決められてるわけじゃないから、1ページ半ぐらいのものから、10ページ弱ぐらいのものまであるんだけど。
にえ それにしたって、ふだん読んでいるような短編小説よりどれも短いよね。読んで受ける印象じたいも、小説を読んでるのとはまた違う感じ。
すみ 違うよね〜。なんか小説とは違う強烈さというか、鮮烈さというか、そういう強く揺さぶられるものがあって。味わい深いかどうかっていうとまた話は別だけど。
にえ なんか、特別におもしろい話を持ってる人ばかりがうまいこと集まったパーティーに参加している、みたいな気分になったよね。こっちの話もおもしろい、あ、あっちで話してることもおもしろいって感じで。
すみ ホントに人の話を聞いてるときと同じ感覚だよね。職場で休憩時間なんかに、「じつはこんなことがあってさ、信じられる?」なんて話をされて、「え〜、すごい、そんなことってあるんだ! それってテレビかラジオにでも投稿した方がいいんじゃないの」ってそういう小説を読むのとはまた違った鮮烈さ。
にえ おもしろいって思うものと、そうでもないかな〜ってものがあって、期待しているほどの結末じゃなかったな、とか、前に読んだのと似たような話じゃないってのもあったりするんだけど、実話ってことの説得力は最後まで衰えなかったね。じつは読む前は、けっこう作り話も混じってるんじゃないの、と思ったんだけど、読んでる間、そういう疑いはまったく持たなかったな。
すみ じつは私は1つだけ、これは小説じゃないの?って思うのがあったんだけどね。でも、作り話と思ったっていうんじゃないの。事実であっていいのだけれど、その書き方とかがもう小説じゃないこれっていうのが。「家族」の章の「別れを告げる」ってお話なんだけど。
にえ ああ、あれはこの人、作家になった方がいいんじゃないの、と思った。
すみ 私はもうちょっと疑り深くて、あれ、これだけポール・オースターが書き直したのかな、なんて思ってしまったんだけど。ちょっと浮いてたよね。
にえ そうそう、それで思い出した、これを言っておかないと。お話はダラダラ並べられてるんじゃなくて、テーマによって章に分けられてるのよね。「動物」「物」「家族」「スラップスティック」「見知らぬ隣人」「戦争」「愛」「死」「夢」「瞑想」って10の章に。あ、1話だけまえがきに入れられているんだけど。
すみ 先にテーマがあって募集されたのか、あとから分けたのかは知らないけど、テーマに沿った創作ってわけではないから、この話は「動物」に入れても良かったんだろうけど、「家族」に入ってるぞ、とか、そういうのも多いよね。なんとなくそういうところを意識して読んだりするのも楽しかったりして。
にえ 爆笑するほどのものはなかったけどクスってなる話、ちょっとアイタタってなる話、ズキッと来る話、ジワンと来る話などなど盛りだくさんで、え〜そんな奇跡ってあるんだって驚く、日常の奇跡みたいなお話が一番多かったかな。
すみ でもさあ、こういうものを読んでいると、いろんな人の頭の中をのぞき見てるような気分にもなるよね。20年なり、70年なり暮らしてきて、もっとも鮮明に覚えていて、今でも繰り返し思い出すって話を送ってきてるんだけど、それが小さな子どもの頃のなんでもないような一日にあった、ちょっとした会話だったりすることも多いの。言った本人は忘れてしまっているのに、この人だけは覚えている、みたいな。人の記憶って不思議だな〜ってあらためて思っちゃう。
にえ たくさん、たくさん会話をしてきても、なにげなく言ったひとことで、あ、この人ってこういう人なんだなって判断することがあるもんね。その相手が親だったりすると、生涯にわたって忘れられない出来事となって記憶されるし。
すみ こういうのってやっぱり読む人によって心に残る話は違うだろうね。
にえ 180話のすべてを完璧に覚えるっていうのは、普通なら無理だよね。でも、きっとそれでいいんだろうな、心に残ったいくつかだけのお話が、きっとその人にとっては重要なのよ。
すみ その話にシンクロするようになにかが起きたりしてね。この本を読むと、そういう奇跡を信じたくなってきちゃう。
にえ 1年で4000通届いたって書いてあったけど、わかるな〜。だれにだって1つぐらいは強く心に残っている出来事ってあるでしょ。でも、自分にとってはものすごく強烈な出来事でも、他人にとってはどうでもいいことかな、なんて思って、なかなかその話をする機会がなかったりして。そういう人たちがラジオでこの本に収録されているような話を聞いたら、私も送ってみようかなって気になるんじゃないかな。
すみ ニュースになるほどドラマティックではなくても、人ひとりの人生を変えるぐらいにドラマティックなことって、常にどこかで起きてるんだろうね。みんな一生懸命生きてるんだよな〜なんて月並みなことをあらためて意識させられたりもして。とにかくまあ、小説とまたちがって、こういうのを読む機会を持つってのもいいんじゃないでしょうか。オススメです。