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 「ダイヤモンドと火打ち石」 ホセ・マリア・アルゲダス (ペルー)  <彩流社 単行本> 【Amazon】
ペルーの代表的作家ホセ・マリア・アルゲダス(1911年〜1969年)の後期短編集。連作短編「愛の世界」4編を含む11編を収録。
ダイヤモンドと火打ち石/オロビルカ/アランゴ兄弟の死/みなしご/ラス・ニーティの最期/よそ者/下男の夢/古いかまど/果樹園/アイラの舞/ドン・アントニオ
にえ 私たちにとっては初めてのホセ・マリア・アルゲダスです。とはいえ、これは後期に書かれた短編集で、これの前に前期に書かれた短編集「アルゲダス短編集」というのが出ているのだけれど。
すみ 知らなかったけど、「アルゲダス短編集」とこの「ダイヤモンドと火打ち石」は約10年のブランクがあって、アルゲダスはその10年、小説をひとつも書いてないんだってね。
にえ 子供時代に被った精神的な病が発症したという話だから、アルゲダスにとっては辛い10年だったんだろうね。
すみ しかも、この短編集に収録されている連作短編集「愛の世界」が出た2年後の1969年には、自分が終わってしまった作家だと言わんばかりの遺言を残して自殺しているの。
にえ だれか天国でアルゲダスに会ったら、遠い島国、日本で、あなたの作品の数々が、あなたのあとに出てきた多くの若手作家の作品をさしおいて、好んで読まれているんですよと伝えてあげてほしいよね。
すみ 西洋風のモダンなスタイルの小説より、私たちが望むのはこういう、圧倒的な土地の匂いのする小説なのよね。これぞまさしくペルーの小説。濃厚な匂いに圧倒されるほどでした。
<ダイヤモンドと火打ち石>
ウーパ(頭が足りない)のマリアノは、チョウゲンボウ(ハヤブサ科の鳥)を連れてふらりとこの町にやってきた。マリアノを門番として雇うことにした若旦那のドン・アパリーシオは、マリアノの弾くハープがことのほか好きだった。 すでに数人の愛人を持つドン・アパリーシオは、新しく母親と町にやってきた金髪の娘アデライダを手に入れようとしていた。
にえ 好色で身勝手な乱暴者の若旦那、その若旦那がなぜか気に入って大事にしているウーパの男、若旦那に狙われる金髪の娘、金髪娘が現れるまでは若旦那の一番のお気に入りだった娘、若旦那の言いなりになるしかない男たち、といった人々が小さな町で織りなす人間模様が描かれたお話。肯定的にも否定的にも書かれていないアンデスの閉塞的な町の暮らしがありありと伝わってきたな。
すみ 最後のほうのシーンで若旦那が馬にやったことは、単純に私たちの常識をあてはめると、動物虐待ってことになるんだろうけど、それとは違うっていうのは説明を受けるまでもなく、この物語を読むことでわかった。むしろ、私たち以上にアンデスの人々は馬を大事にしていて、その気持ちは強さ弱さで比べられるようなレベルじゃないの。だからこそのってことなのよね。
<オロビルカ>
イーカの学校で、サルセードはずば抜けて頭がよく、教師たちにも一目置かれるような存在だった。学校一の人気者ウィルステルは、なぜかそんなサルセードを憎むようになり、二人はとうとう決闘をすることになってしまった。
にえ 冒頭のチャウカートという鳥についての記述から、学校で起きた出来事へと話が移っていくだけど、最後の1行も鳥で終わるの。その冒頭のこれから起きる出来事への象徴的な感じもいいし、外国人としては、もう知らない鳥の名前から始まり、その特徴を知るってだけで異国の雰囲気にひたれてしまうなあ。
すみ 「ダイヤモンドと火打ち石」の鳥や馬、この作品の鳥、と動物つづきなんだけど、どちらでも感じるのは、そういう鳥や馬に対する考え方の自分たちとの違いかな。私たちなんて、なんでもかわいい、かわいいで済ませちゃうけど、もっと敬愛する気持ちがあふれてて、短い描写にしても、存在感が際だっているのよ。
<アランゴ兄弟の死>
チフスが黒い馬に乗り、川を渡ってやってきた。数日もしないうちに死体の数が膨れあがった。村は無人となり、町は全滅した。農場を経営するアランゴ兄弟の弟ドン・フアンは人望が厚く、祭りで尾催される劇の黒い王様役で人気があったが、やはりチフスから逃れることはできなかった。
にえ アンデスでは、あっけない死すらも力強いのね。そして、馬はときに神と戦う存在にもなりうるの。
<みなしご>
兄弟でありながら袂を分かち、互いに憎み合う兄弟ドン・アンヘルとドン・アダルベルトの農場は隣接していた。ドン・アンヘルの農場の小さな使用人シングチャは、ある日、痩せこけた犬を見つけ、イホソロと名づけて飼うことにした。
すみ 何が原因かわからないけど、憎み合うあまり、相手の農場の牛や犬を殺したりとか、とにかく醜い争いを続けている兄弟。その兄弟の争いに巻き込まれることになる少年シングチャとイホソロ。熱い土地で血さえもが煮えたぎっているようなお話だった。
<ラス・ニーティの最期>
あらゆる祭りの花形、偉大なるラス・ニーティは、死の旅立ちの時を迎えていた。ラス・ニーティに命じられ、二人の娘はルルーチャとドン・パスクアルを呼んできた。
にえ ラス・ニーティが自分の死の時が間近に迫っているのを知ったのは、ワマニという、コンドルの姿をした山の神が教えてくれたからだし、人が死ぬときにはチリリンカ(青蝿)がやってくるの。もうこういう言葉だけでも酔いしれてしまうよね。
<よそ者>
よそ者は故郷の歌をうたっていた。黄色い顔をした女マリアは、鉄道の駅でよそ者と知り合った。マリアはよそ者を連れて自分の子供の様子を見に行き、そのあとで踊りに出掛けた。
すみ 行きずりの人になにを期待してもダメだろうに、それでも想いを寄せる女心が切ないのだなあ。
<下男の夢>
小柄な農奴の男は順番がきて、下男として主人の屋敷で働くことになった。主人は小柄な男を馬鹿にして、客たちの前でいぬの真似をさせたりして虐めていた。ある日、小柄な男は自分の見た夢を主人に話した。その夢とは・・・。
にえ これはちょっと寓話的なお話。主人が虐めまくり、それまで口をきくことさえなかった男は、決して馬鹿ではなかったの。
<愛の世界(古いかまど・果樹園・アイラの舞・ドン・アントニオ)>
少年サンティアゴは夜、若旦那に連れられて、ドニャ・ガブリエラの家に行った。ドニャ・ガブリエラの夫は遠くの町へ出掛けていた。若旦那はサンティアゴの見ている前で、ドニャ・ガブリエラとみだらな行為に及ぼうとしていた。
すみ これは一つ一つが完全に完結しているとは言い難いような連作短編なので、ひとまとめにしました。女性を清らかで美しいものだと信じたい少年サンティアゴと、女性を淫らなメス豚だと教えたい若旦那。その攻防が続くのだけれど、ちょっと私的にはピンとこなかったかなあ。